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【175話】アチラ側のコンタクト


 撒き餌のように漂わせていた低級の使い魔を瓶へと戻し、ようやく生き物の気配が周囲から消えたダンジョンの全容を見渡した。


「新たな領域の開拓を進めるに際して、本物の案内人(アライバル)が最も気にかけるもの。生まれてこの方、こっちの世界のクソジジイに耳にタコができるほど聞かされてきたっけな」


 スマホのような四角に設えた小さな魔道具を取り出すと、そこには入口から迷路のように張り巡らされた全ての通路が記されていた。


 自分のいる位置を一目で確認したイチルは、《追跡》で当たりをつけていた大まかな場所と自分との位置関係を確認しながら、全てを理解し「さて」と呟いた。


「重要なのは"詰まり"を起こさないこと。詰まりは対象者から限りなく選択肢を奪う。だからこそ、常に十、二十の道から選択できるように行動しとけってな。……ったくよぉ、毎度ぶん殴られながら嫌んなるほど叩き込まれてきた教訓が、俺の進むべき道を制限してるっつーんだから、おかしな話だけどな」


 愚痴をこぼしながら目的地であるはずの場所から少し離れた位置で足を止めたイチルは、そこに転がっていた妙な岩の造形物を覗き込んだ。


 おおよそ似つかわしくないその造形物こそが目的地だとでも言わんばかり、微動だにせず凝視する男を警戒する人の形を成した物体は、ギョロリと目玉だけをイチルへ向け、静かに息を飲んだ。


「ほほぉう、奴らが感知することもできなかった俺の姿が見えるのか。元はそれなりの冒険者か、それとも高ランクの魔物か。どちらにしても、もはやそれすら関係ない……か」


 岩の腹あたりに軽く触れたイチルは、相手の反応も見ず数秒考えを巡らせてから、小さく二度頷いた。そして無言のまま指先を押し込んだ。すると人の形をした塊が、パラパラと静かに砕け始めた。


 身体の中心から頭と足先へ向かって崩れ落ちていく最中、顔を覆っていた皮膚のような分厚い皮がベリベリと剥がれて落ちた。


 変色して黄土色になってしまった口のようなものが奥から姿を現し、その刹那、人の形を成したものが消え入りそうな声で呟いた。



「あ……りが、……とう」



 その言葉を最後に、岩の塊はパラパラと砂のようになり散っていった。イチルは軽く目を瞑ると、静かに両の手を合わせた。


 そうしていると、胸元でキーンという高周波が鳴った。


 イチルにだけ聞こえる周波数にセッティングされた耳障りの悪い音を鳴らす魔道具に触れ、耳に当てると、酷く慌てた男の声が聞こえてきた。



「――えるか、き――こ、るか、いち――。イチル、聞こえるか!」



 慌て声の主は、換金所のマティスだった。

 あからさまに嫌そうな顔で返事したイチルは、また面倒事かよと頭をかきながら話を促した。


「また小言か。こちとら危険な危険なダンジョン様を探索中だっつぅの」


「そんなこと言ってる場合か! ……って、なんでお前がダンジョンにいるんだ。いつでも動けるように待機してるって約束だったろ、もう破りやがって!」


「まぁまぁ落ち着け。で、なんだって?」


「そ、そうだった、イチルよ、よく聞け。いいか、すぐにこの件から手を引け。いいな、仲間を回収して、さっさと戻ってこい!」


「流れが読めねぇって。もう少しわかりやすく頼む」


 受話器の向こうですら苛つきを隠せないマティスは、文字通り頭を掻きむしってから、わざと聞こえるように深呼吸をしてから話を切り出した。


「どこのどいつかは知らない。しかし確実に"アチラ側"の人物からコンタクトがあった」


「ふーん。で、……なんて?」


「すぐに今回の件から手を引け。さもなくば――」


「なくば?」


「ゼピアを終わらせる、と」


「終わらせる、ね。大きく出たな」


「もうお前たちが動いていることは奴らに知れてしまった。……どうするつもりなんだ」


「どうもこうも。作戦続行だろ」


「ふざけるな。地の底まで落ちたゼピアが、あんなヤバい国の奴らに手を出されてみろ。どれだけ死者が出ると思ってる?! お前たちのわがままで、罪もない多くの民を巻き添えにするつもりか!」


「っせぇなぁ。……言ったろ、ウチのも、ゼピアも、全部俺がどうにかするってよ。お前は大船に乗った気持ちでドンと構えとけ」


 しかし彼の言葉よりもマティスの苛立ちが上回り、ガシャンという音に余裕の宣言は掻き消されてしまった。


 受話器から耳を遠ざけて「あー、うるせぇったらない」と顔を顰めたイチルは、何も聞かず「はいはい」と相槌を打った。


「街のことはジジイどもに任せてある。そんじょそこらの代物じゃ、街がどうにもならないことくらい、お前も知ってんだろ。そうだ、ついでにウチで油うってる腑抜けメイドも貸してやる。あんなヘタレでも、街の奴らを守るくらいのことはできるだろ。自由に使ってやってくれ。

 ってことで、心配はいらんから、お前はコンタクトを取ってきた野郎のことだけ調べといてくれ。話はそれだけだ」


「そんなこと関係あるか、だいたいお前は――」


 酸っぱすぎる梅干しでも食べたかのように中心に顔のパーツを集めたイチルは、「奴らを信じろ」と伝えて通信を切ってしまった。


「ホント、俺の周りは石橋を叩き割る心配性か、躊躇もなく突っ込んでく両極端な奴しかいねぇのかよ。ま、全部が全部、真ん中ばっかじゃつまらないのも事実だが。ククッ」


 しかしことのほか想定外の様相を呈している状況には苦笑いを隠すことができず、イチルは一人、ボリボリと頭を掻くのだった。


「にしても、俺の《追跡》が途切れたまま戻らないってのは妙だな。既に死んじまったか、それとも相手方に"それなりの奴"でもいるのか。どちらにしろ、もし死んでたらいきなりお先真っ暗だな。マティスにドヤされるじゃ済まされん……」


 ストンと肩を落とした男は、もう一度深いため息をつきながら、目星をつけたダンジョンの外へと向かって再び歩き始めるのだった。



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