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【174話】脳のミソ


 額に血管を浮かせて殴りかかろうとしたペトラをフレアが止めた。殴らせろと騒ぐ親友を押さえて唇を噛んだフレアは、マママに尋ねた。


「それならそれで構いません。でも私たちだって、このまま何もできずに黙っているなんてできません。……お願いがあります!」


「……?」


「私たちを、パナパに入れるくらい、強くしてください。無茶なことをいっているのはわかってます。だけど、どうしても行きたいんです。……どんな努力だってします、だから私たちを――」


 しかしマママは言い終わらぬうちに、布の隙間から覗く眼光鋭い視線を二人に向けて呟いた。


「どれだけの才があろうと、それを伸ばすには途方もない労と時を要します。功を焦り、身の丈に合わぬことをしたところで、結果が伴うことはありません。それどころか、勝手な行動は自身の身だけでなく関わる者たちにまで及び、最終的には大切な仲間たちの身まで滅ぼすでしょう。それほどに非情なのです、冒険者というものは」


 はっきりと口にされ、二人は何も言い返せなかった。自分自身がどれだけ未熟で、力が足りていないかなど、嫌になるほど理解していたからだった。

 非情かつストレートな言葉はあまりにも重く、ペトラは怒りのあまり、地面に拳を叩きつけていた。


「お二人がそこまでこだわる理由を私は知りません。きっと大きな意味があるのでしょう。しかしどれだけ大義があったとしても、力なき者は踏み込む権利すらない……。それがわからぬのなら、止めはしません。仲間諸共、朽ちて果てるまでのこと」


 寄れた服を正し、落胆する二人を残したまま去ろうとした"冒険者"を、フレアが呼び止めた。


 まだなにか、と目線の端だけを残して足を止めたマママは、涙を流し、懇願するように絞り出した言葉に耳を傾けた。


「なんでもいいんです。皆さんを助けるために、私たちにできることはありませんか。……私たちも、……私だって、みんなの役に立ちたい!」


 純白に身を包んだ妖しい人物は、背を向けたまま、「それがわからないほど、お二人が愚かでないことを、私は知っています」と言い残し、マママは行き交う人の流れの中へと姿を消した。




◆ ◆ ◆ ◆




 パナパ公国の西 某所――



 薄暗く湿った空間は人の出入りを拒絶しつつも、爪弾き者ほど優しく迎え入れるものである。高レベルのダンジョンなどは特徴的で、それはよりわかりやすい結果となって表れる。


 冒険者を阻む手合いの数は秒ごとに増し、気づいた頃にはなす術なく終わりを迎える。とりわけ未熟な冒険者であればあるほど、より顕著に、より確実に、死地へと誘われるままに進み、最期の時を迎えるものだ。



「―― だからこそ、冒険者は案内人(アライバル)の存在を絶対に蔑ろにしてはならない。たとえ確実に間違っていると自覚しても、彼らの言葉を決して疑ってはならない、とな」



 元案内人(アライバル)、現AD経営者の男は、足元に流れる粘度の高い液体を指先で触れながら独り言のように呟いた。


 妙なほど続く静寂に包まれた闇に佇みながら、男はポチャンと垂れる雫の音に耳を傾けた。


「静かすぎる。このダンジョン(ここ)は何かがおかしい。……と、普通の冒険者や案内人(アライバル)は考える。しかしそれは早計、圧倒的に経験値が足りていない証拠だ」


 腰元に手をやったイチルは、小瓶を取り出し、ポンと蓋を開けた。同時に溢れ出た煙が広がったかと思う間もなく、すぐに何事もなかったかのように反応は消えた。


「不自然には理由が存在する。必要なのは、"何が"、ではなく、"どうする"を選択できること。この場合、取るべき手段は決まっている」


 指先を立てるとすぐに、腹の部分に微かな光が灯り、ゆっくりと離れて浮かび上がった。光の筋はイチルを導くように漂うと、はしゃぐ子供のように先導を始めた。


「未熟な冒険者ほど、案内人(アライバル)の価値を理解していない。いや、理解しようとしないというのが正しいか。なにより案内人(アライバル)の本分は、"開拓"と"到達"。間違っても冒険者のコマ遣いではない」


 ゆらゆらと漂う光は、躊躇なく順路を選択し、正しい行路へと導いた。周囲に目を配りながら歩みを進めたイチルは、次第に狭くなっていく通路の様子に眉をひそめる。


「……あのバカども、こんなあからさまなモノにみすみす引っかかったのか。まるで目の前に菓子をぶら下げられた子供だな、脳のミソが足りん」


 呆れながら小さくパチンと指を鳴らすと、後方で何者かの声が響いた。


 バカな、と呟いた何者かは、これまで前方に見えていた犬型の獣人の姿を見失い、イチルのものとは比べようもないシワを額に浮かせ慌てふためいた。


「こんな場所で姿など隠せるものか。探せ、まだ近くにいるはずだ!」


 不用意に姿を現したのは、闇に紛れるように黒く設えた衣装に身を包んだ怪しげな人物だった。慌てて駆けていく姿を一歩も動かず腕組みしたまま見送ったイチルは、嫌になると呟きながら息を吐いた。


「怪しさの裏には、人の謀略か、それと同等の知識を持つ何かの姿が十中八九隠れている。ダンジョンに偶然はない。それは事高ランクとなれば尚更だ。しかし異常の裏に隠した間抜けな策も、簡単に悟られてしまう時点で程度が知れている」


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