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【173話】情けのない話


 倒れたまま頭上を見上げるペトラに追いついたフレアは、驚きのままに佇む人物を見つめ、思わず声を上げた。


「え、ま、マママさん!?」


 聞き覚えのあった妙なフレーズを呟きながら、ペトラも同じように声を上げた。手を引かれるまま立ち上がった小さな弟子の尻の砂を払ったマママは、「こんな偶然があるものなのですね」と素っ気なくいった。


「て、テメェ、なんでテメェがこんなとこにいんだよ!」


 罪もない人物に当たり散らす子供を軽くいなし、マママは口元だけが覗いた白頭巾の狭間から、微笑みを浮かべながら答えた。


「以前にもお伝えしたとおり、私はもともとフリーの傭兵として使えております身の故。望まれるのであれば、何処へでも馳せ参じるのが本分というもの」


 マママの言葉も聞き終わらぬまま、自分の魔法の師でもある彼女の手を取りブンブンと振ったフレアは、鼻息荒く興奮した様子で言葉を付け足した。


「ということは、マママさんも今回のことで傭兵のお仕事を!?」


 一呼吸の間をおき、マママは自分自身で返答を噛み砕きながら、口数少なに頷いた。


「ええ。……と、いいたいところなのですが、傭兵だった、というのが正確な答えでしょうか」


「だったぁ? なんだよ、それ」


「職を解かれた、ということです」


「クビってことか。あ、やっぱアレか。その格好と、アレな言動のせいだろ」


「アレ?」と不思議そうに首を傾けたマママは、遠く煙が燻っている方向を指さしながら補足した。


「数刻前、私が所属しておりましたナダンの本拠地が襲撃されたようでして。私は別の場所に待機しておりましたため直接の影響はありませんでしたが、どうやら戦況に変化があったらしく、我々のような者は一旦職を解くとお達しが」


「え、それ、どういうことですか。詳しく聞かせてください!?」


 イチルから話を聞かされぬままトゥルシロに足止めされていた二人は、ナダンとジャワバの簡単な現状をマママから伝え聞き、ゴクリと息を飲んだ。


「なんでそんな……。聞いてた話と全然違うじゃねぇか!」


「私も詳しくは聞き及んではおりませんが、諍いの類があったことは否定できません。実際に、この街へと続く道中も、パナパ国内から退避する者たちの列ができておりました。戦況に変化があったのは否めません」


 フレアとペトラは、改めて街の様子を眺め見た。すると、これまでとはまるで相反する人の流れができており、パナパから逃げ出してくるような風貌の者たちの姿がちらほらと窺えた。自分ももう少し戦況を確かめたのち、新たな仕事を模索するというマママの現況を聞きながら、どうにも不可思議な状況を噛み砕きながら想像を巡らせるしかない。


「なにが起こってんだよ、パナパで……」


「少なくともいえることは、我々のような一見者が、気安く入り込む空間ではなくなりつつあるということでしょう。私もあなた方と分かれてより、人伝に今回のことを聞き及び五国の争いに関わることとなりましたが、それでも所詮は、たかだかなる新参者。中枢に踏み込むには時間が足りず、このような現状に甘んじてしまったのが現実です。本当に情けのないこと」


 その怪しさではどっちにしても無理だろと眉間にシワを寄せたまま口を噤んだペトラだったが、胸をドンと一つ叩き、すぐに頭を切り替え、マママの尻をパンとはった。


「だったらちょうどよかったぜ。なぁマママ、俺たちと一緒にこねぇか。俺たちもこれからパナパに入ろうと思ってたんだ。なんだかんだいっても、マママは色々と便利がききそうだし、いいだろ?」


 しかし女は一瞬面食らったように硬直したのち、すぐに向き直ったかと思えば、小さく首を横に振った。


「それは……、不可能です」


「不可能? なんでだよ!」


「なにもございません。それはできないというだけのこと」


「だから、どうしてだよ!」


「……冒険者に最も必要な力。ペトラさんは、それが何かご存知ですか?」


 思わぬ質問に、ペトラは口ごもった。隣で聞いていたフレアが、代わって返答した。


「どんな境遇に陥っても対処することができる力を持つこと、ですか?」


 しかしマママは首を振り、端的に答えた。


「己が力量を知り、あらゆる物事に対し、比し対処できること。私はこれが冒険者にとって最も重要な能力だと考えています。其の上で改めて結論を述べます。不可能です、あなた方をパナパへ連れていくことはできません」


 両目を見開き激昂したペトラが白装束をたくし上げながら「んだと!?」と声を荒らげた。その声に周囲の目が一点に集中するも、マママは落ち着き払ったままその手を払い除け、消え入るほどの声量で言い捨てた。



「必ず死ぬ者を招き入れる。私にはそんな趣味を持ち合わせていない、というだけのこと。なによりも、あなた方がそれすら理解できぬ愚か者なのだとしたら、私の目もまた節穴だったというだけのこと。情けのない話です」



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