【171話】無力で無策
「どうしましょう、どうしましょう?!」
文字どおり慌てるフレアは、顔をムニムニいじくりながら、足をバタつかせて同じ言葉を繰り返す。対照的に落ち着き払ったペトラは、旧型の通信魔道具をポンと叩き、小さく舌打ちした。
「通信は切れちまった。でもあいつらに何かあったとは限らねぇ。あのバカも、筋肉ジジイだって、それなりに修羅場はくぐってるはずだろ」
「だけど、だからって、わざわざ通信を切っちゃう理由なんてないよ!」
「そうなんだけどさ。……おっさんはどう思うよ」
ペトラが袖で居眠りを決め込んでいる男に珍しく意見を求めた。しばし視線をそらして考えを巡らせたイチルは、思いつく中で可能性の高い二つを提示した。
「敵にぶっ殺されたか、何者かに捕まったか。そんなとこだろ」
「簡単にぶっ殺されたなんて言うなよ」
「しかし可能性として最も高いのがそれだ。冒険者なんてものは常に死と隣り合わせにいる。いつ死んでもおかしかないさ」
「でもよ、わざわざモンスターが通信用の魔道具を壊したりするか?」
「身体ごと潰されてりゃ当然壊れる。ごく普通のことだ」
苦々しい顔で黙りこくる二人は、他人事で口笛を吹きつつ耳をほじる男の両脇に並び、手にした魔道具に向かって話しかけた。
「マティスさん……、聴こえますか?」
不意の言葉に飛び起きたイチルは、すぐに二人から道具を拝借し、通信を切った。
「余計なことをするな。いちいちマティスに連絡してたら話がこじれる」
「……そんなこと言って、告げ口されるのが嫌なだけのくせに」
「うぐっ、それはそれ、これはこれだ。なにより、まだ奴らがやられたと決まったわけじゃねぇ。動くのはもう少ししてからでも遅くはねぇ」
悠長に話していると、徐にペトラの袖で音が鳴った。クレイルから預かった新型の魔道具を握り、慌ててすぐにボタンを押した。
「ペトラだ。どうした、何かあったのかよ、おっさん?!」
『今しがた、ロディア様とムザイ様と合流いたしましてね。それよりも、そのように慌ててどうしました。これから残りの御二方を探しにいくところでしたが』
「いや、それがよ……。肝心なその二人と連絡が途切れちまって。どうすべきか迷ってたとこなんだよ」
『ほう……。ちなみに、お二人がどちらへ向かったかはわかりますか?』
「ええと、スクカラから北へ街を辿ってみると仰っていましたから、おそらくそれほど遠くではないかと」
『北ですか。ふむ、それは少々面倒ですね』
「なにかあるんですか?」
『実は少々前に、我々も小規模な戦闘に巻き込まれましてね。早速ではありますが、ナダンとジャワバの二国が覇権争いから離脱をしました』
「え……。どうして、そんな」
『少々状況が変わりまして。ところでイチル殿はおいででしょうか。可能であれば、お代わりいただきたく』
ペトラとフレアは、これまで以上に苦々しい顔で道具を突きつけた。嫌々受け取ったイチルは、二人に背を向けて耳に押し当てた。
「わざわざなんの用だい?」
『端的に。今回の騒動、少々事情が変わりつつあり』
「というと?」
『既に均衡が崩れた、ということです』
「へぇ……。で、どうしろと?」
『察しが早くて助かります。まずは、そうですね――』
二人に聞こえぬようクレイルの言葉に相槌を打ち、不服な表情を浮かべつつ仕方なくわかったと承諾した。訝しげに足元で見つめた子供たちは、蚊帳の外にされ腹を立てながら、男のズボンにしがみついた。
「クレイルのおっさんは何て言ってたんだよ!?」
「……出てくる。お前たちはここで待機だ」
「納得できるはずないでしょ、私たちも行くんだから!」
「駄目だ。お前らはここで待機、連絡に備えろ」
「うるせぇ、駄目だって言われても俺たちは行くからな!」
聞き分けのない二人を前に、右手を掲げたイチルは、クレイルから支給されたモンスター転送装置に魔力でロックを掛けた。すぐに二人が解除を試みるも、未熟な子供の力ではどうにもならなかった。
「他人の力がなければ進めない奴らなど足手まといだ。どうしてもついてくるというのなら、それも構わん。しかしお前らに力を貸す者はいない。意味がわかるな?」
悲壮感に塗れた表情でペトラが組み付いた。
「また置いてけぼりかよ。いつもいつも、俺たちは蚊帳の外じゃねぇか、もう嫌なんだよ、そんなのは!」
「人はそれぞれに成すべき役割がある。ロディアにはロディアの、ムザイにはムザイの、バカにはバカにしかできんことがある。当然、お前らも、だ」
二人の足元に凝固の魔法をかけ、イチルは気怠く一つ息を吐いてから、後ろ手を振り振り本部を出ていった。
「待て、待ってくれよ、頼むから連れてってくれよ。必ず役に立つ、だから頼む!!」
虚しく響く叫びを背中に受けつつ、イチルはゼピアの本拠地へと戻った。すぐに応援をと依頼されていたものの、欠伸をしながら事務所の扉を開けるなり、たったひとりポツンと佇んでいた人物に声をかけた。
「よぉ……、タダ飯食らい。ま~だいじけてやがんのか」