【170話】計画の変更
「……なんだってんだ、意味がわからねぇ」
倒れたまま動かない人型の何かは、ピクピクと痙攣したように動いており、どうやらまだ生きていた。
何より主の間にも変化はなく、二人はどう動くべきかを決めあぐねていた。
「わけがわからん。どういう状況なんだ」
「こっちが聞きたいさ。なにより、僕はあんなモンスターを見たことがないしね」
少し近付いて見えてきたのは、通路で見たのと同じような、岩人に近い何者かが倒れている光景だった。
震えて地面に触れた身体がガチガチ音を鳴らし、動きにくそうに上半身を起こそうともがいているようだったが、どうにも要領を得なかった。
「自分で立つこともできん主、ね。どうする、とどめを刺すか?」
辺りを覆っていた靄も晴れ、楕円形の空間に岩が転がっているだけの空間へと変わり、ようやく二人は警戒心を解いた。
うつ伏せに倒れた主らしき者の袖に立った二人は、顔を上げることすらできずガタガタと動いている岩人形を見下ろしながら苦い顔をした。
相手が主とはいえ、これだけ張り合いのない相手はいない。
何より立つことすらできない相手に躊躇なくトドメを刺せるほど性根が腐っていない二人は、様子のおかしい岩人形を仰向けにひっくり返した。
見た目は通路で見た人形と似ていたが、まだ少しだけ人の体を成していた。
微かに開いた瞳で二人を順繰りに見た岩人形は、何かを覚悟したよう、ゆっくり目を瞑った。
その様子からさらに表情を崩したウィルは、両の眉を吊り下げながら聞いた。
「彼、覚悟して目を瞑ったよね、見間違いじゃないよね?」
「……お前にもそう見えたか」
「こんなの普通じゃないよ、モンスターが死を覚悟するなんて。よっぽど頭のいい高ランク個体なら聞いたことはあるけれど、低ランクモンスターが人並みの知性を有しているなんてないはずじゃないかい?!」
「……う、ううむ」
動くことを諦め倒れたままいる岩人形を前に腕組みした二人は、対処に困っていた。
どうやらこれ以上進展はなく、目の前の人形を倒せば、ダンジョンは終わりを迎えるに違いない。
しかし経験上、それでは納得できない二人の冒険者がそこにいた。
「やっぱりおかしい。普通じゃないよ」
「確かにな。しかし今はコイツにトドメを刺し、ここから出るほか方法がない」
「こんな無防備な相手を無慈悲に殺すのかい?! キミはアレかい、悪魔の類なのかい?!」
「雑魚だろうが無慈悲だろうが主は主だ。出られない以上、やるしかないだろ」
人形の頭上で大剣を構えたモリシンは、精神を統一し、ふぅと息を吐いた。
しかしウィルは納得せず、わざわざ間に割って入り、人形の手を取って起き上がらせた。
「お、おい、何を勝手な」
「黙れムサヒュー。こう見えて僕は紳士なのさ。無抵抗の相手を殺すほど落ちぶれちゃいないよ」
不意に立ち上がらされ、目を閉じていた人形が驚き、両目を見開いた。
そしてポンポンと肩を叩くおかしな冒険者を目玉だけを動かし見つめてから、僅かに数度、首を動かした。
「殺してしまうのは簡単だ。しかし僕は知りたい。キミは一体何者なんだい?」
「モンスターに話しかける奴がいるか。奴らが返事などするはずが――」
しかしその時、不意に岩人形の口元が動いた。
そして隣に立っていたウィルにだけ聞こえる声で何かを呟いた。
「……え? どういうことだい?」
しかしウィルの質問が届くよりも早く、背後でドゴンとけたたましい音が鳴った。
突然壁に開けられた大穴からは、これでもかと武装した兵がフロアへなだれ込み、二人を一斉に取り囲んだ。
「……ここは主の間、だよな?」
「そのはずだね」
「主の間ってのは、何事もなく外から侵入することができるんだっけか」
「僕が知るはずないじゃないか。それよりどうしようね、完全に囲まれてしまったけど」
地上の倍近い数の敵が360度を囲み、二人に武器を突きつけていた。
どうやら多勢に無勢と観念した二人は、武器を手放して両手を挙げた。
「さぁて、僕らはこれからどうなっちゃうのかな?」
「さぁな、せいぜい死なないように祈ってろ間抜け」
から笑いを浮かべた二人との通信が途切れたのは、その数分後だった。
こうしてイチルたちは、早くも計画の変更を余儀なくされることとなるのだった――