【168話】おかしな空間
「この穴、一体どこまで続いているんだい?!」
「まさか地下にこんな空洞があるとはな。ちぃ、面倒だ」
空中で剣を構えたモリシンは、掴んでいたウィルの襟を手繰り寄せてから、次第に細くなっていた穴の側面へ剣先を突き刺した。
ガリガリと壁を削りながら落下のスピードが落ちていく。
急激にブレーキがかかり、襟が首に絡まり、ウィルが「グェぇぇ」と唸り声を上げた。
首吊り状態で宙ぶらりんになり、ゲホゲホと咳き込んだ。
「きゅ、急にブレーキをかけるんじゃないよ。僕じゃなかったら首が千切れて死んでいたところだよ?!」
「死んでねぇんだから文句を言うな。それより見ろよ、穴の底だ」
地上から届けられた光が微かに穴底を照らしていた。
割れた岩盤が落下しきったところで剣を壁から抜いたモリシンは、ウィルを投げ捨ててから、自分だけ器用に壁を滑るようにして穴底に着地した。捨てられたウィルは空中でバタバタ手足を動かすも、飛ぶことは叶わず落下したが、なんとか両足を踏ん張って着地した。
「最後まで責任持って落としたまえ、足がジーンと痺れてしまったじゃないか!」
「いちいちうるせぇな。しっかしまぁ、随分と落とされちまったようだ」
「そんなことはどうでもいいさ。そんなことより、君のせいで愛しの彼女とのやりとりが途切れてしまった方が問題さ。僕はもう少し彼女たちと楽しくお喋りしたかったんだ」
緊張感なくプンプンと怒るウィルに呆れながら指先に炎を灯したモリシンは、落下した岩が突き刺さったいびつな形状をした穴底を見回した。底は明らかに不自然で、男二人は眉をひそめた。
「おいおい、この空間って……?」
「またつまらない能書きでもたれるのかい。もう聞き飽きたよ、ムサヒューの素朴な疑問の数々」
「黙れ無能」と頭上に抜けた穴の形状を簡単に確認したモリシンは、改めて側面の壁に触れた。
水脈が削って生まれた空洞ならば、側壁には水が滴り、水が溜まっている場合がほとんどだが、底には不自然なほどに何もなかった。それどころか乾ききった壁は、人為的なほど凹凸のない仕上がりで、どうにも違和感を拭えなかった。
「まさか街の地下に火山があるわけもなく、こんなおかしな空間が存在する道理がねぇ。水もなく、こんな地形が生まれるとすれば……」
男の言葉を遮り、ちっちっと舌打ちしたウィルが先に結論を口にした。
「ダンジョンだね。地下にダンジョンが存在していたと考えるのが妥当さ。どうだい、僕って賢いだろう?」
さも自分が思いついたように語ったウィルの後頭部を剣の柄でドンと小突いたモリシンは、剣を鞘に収めながら、あるはずの場所を探した。もしここがダンジョンならば、そこには必ずあるものが存在している。
瓦礫の隙間を縫って穴底を見回ると、すぐに空気の流れを感じた。
上空から流れてくる温かい空気を吸い寄せ、その場所へ押し込んでいるようだった。
「やっぱりあったね、横穴が。どうやらダンジョンで確定かい?」
穴底から繋がった横穴は奥深く闇へと続いており、二人は目を合わせ天を仰いだ。
まさか先入した国でダンジョンに入るなどとは想定しておらず、本来の目的と180度違っている。
だからといって敵が待ち構えている上穴から這い出すわけにいかず、進む先は一つしか残されていなかった。
「どうするつもりだい?」
「別の出口を探すっきゃないだろ。そこで待ち伏せされていたら、どちらにしろ手詰まりだがな」
得体も知れないダンジョンへと踏み込むことになった二人は、警戒しつつ横穴を覗き込んだ。
あれだけの騒ぎがあったにも関わらず、穴の先は静まり返っており、どうやらモンスターの姿もない。ダンジョンではあるものの、もしかするとまた異質な場所なのかもしれないと、二人はすぐに覚悟を決めた。
「しゃーねぇ、行くぜ」
「まさかビビっているんじゃないだろうね。ほら、さっさと行きたまえよ」
及び腰にモリシンの背中を押し、恐る恐る横穴に入った二人は、長々と続く細い通路を歩いた。
モンスターが現れる気配はなく、二人の息遣いのほかは音一つなかった。
あまりの静寂さに、砂粒が落ちる音で驚いたウィルは、そのたびに背中をビクッと伸ばし、前行くモリシンの服を掴んだ。
「いちいち大袈裟に反応するな。それでも本当に冒険者か」
「こ、この僕がビビるわけないだろう?! そんなことより、もっと速く歩かないか。こんなペースじゃ日が暮れてしまうよ」
「だったらお前が先行け、ほれ、ほれ!」
怯える男を強引に前へ立たせ、モリシンが嫌らしく剣の先で背中を押した。
露骨に嫌がったウィルは、進行方向へ背を向けながら顔を強張らせ、両目を見開きながら、「やめないか!」と顔を寄せた。しかしその直後、後ろ歩きしている彼の背中に、モリシンではない別のなにかが触れた。
「アヒャアッ?!」
振り返ってビクッと跳ねたウィルの腕に何かがあたった。
石のように硬い何かは、触れた衝撃で軽く跳ね、ガチガチと音を鳴らしながら、まるで無機物のように佇んでいた。
「いよいよおいでなすったか?」
怯えてひっくり返っているウィルを、同じくらいの背丈をした何者かが見下ろしていた。
微動だにしないその人物は、岩のようなゴツゴツとした顔に申し訳程度についている、奥まった作りをした吸い込まれそうな目玉をギョロリと動かした。
ひっくり返ったゴキブリのように慌てて後退ったウィルは、目を離さぬように距離を取りながら、「なんだ貴様!」と叫んだ。しかし岩のような人物は、返事もせず、さらには動きもせず、二人のことを見つめていた。
「……モンスター、じゃねぇのか?」