【160話】動き始めるパナパ
「今も、だと!?」
マリヤーラの手元から浮かび上がったのは、小さな石のようなアイテムだった。
手を離れた石は、広間の天井でピタリと動きを止めると、全員を照らすように光を放った。
片やジャワバの兵は力を蓄え、片や二人は力を吸われた対照的な姿がそこにはあった。
「パナパが主君エレファンと、我ら五国が共に生み出したこの宝具は、漠然とした《物》ではない。ある条件下で効果を発揮する手段、とでも言えばよかろうか」
ムザイは歯を食いしばり、改めて腕に力を込めた。しかし半分も魔力は溜まらず無駄にエネルギーを消費するだけで、困惑の色は隠せなかった。
「アリストラが滅びた頃は、隣国の情勢も今とはまるで違っていた。パナパと我々五国は、それぞれを尊重する形で力を分け合い、アリストラと同じ轍を踏まぬよう、絶対の約束事を作った」
「約束事だと?!」
「そう、隣国が我が国を攻め落とせぬ理由はそこにある」
ニヤリと笑ったマリヤーラが宝具の効力を解いた。
再び身体に力が戻った二人は、雲行きが怪しくなり始めたパワーバランスを読めないはずもなく、仕方なく状況を受け入れるしかなかった。
「宝具を持つもの同士が互いに力を奪い合うことがないよう、宝具の効力に一定の条件を付け加えたのだ。一つは互いに宝具の効力が及ばないこと。そしてもう一つは、五国が継続する場合にのみ、宝具の力が発揮されるということ」
「……ちっ、そういうことか」
「ゆえに、我らが滅びることは、宝具の無力化と等しい意味を持つ。たとえ相手がクープだとしても、簡単に手を出すことはできんということだ」
しかしマリヤーラの言葉を聞いていたロディアは、納得がいかず反論した。
「少々話がおかしくはなかろうか。互いに宝具の効力が及ばぬのならば、パナパを除く五国なら宝具の力を無効化しダンジョンを制圧できたはず。道理が通らない」
「確かに貴女様の言うとおりだ。我々も同じことを考えていた。しかし実際は違っていた」
「違っていた、とは……?」
「パナパの主君エレファンは、一つ、宝具に我々の知らない制約をかけていた」
「……制約?」
「そうだ。唯一パナパだけが、他国に対し宝具を使用できるという制約だった」
「欺かれた、ということか」
「万が一のことを考え、エレファンが策を講じていたのであろう。しかし当のエレファンは騒動以来行方不明となり、今やダンジョンの主にのみ有利な条件に成り下がってしまった。あなた方、第三国の戦士相手には有効なれど、そうでなければまるで意味のない力だ」
石を部下に手渡したマリヤーラは、前提を理解していただけただろうかと確認した。
その上で、改めて二人に質問した。
「ゆえに我ら五国は、あらゆる手段を用いてでもパナパのダンジョンを攻略し、宝具を奪還せねばならない。もし第三国に宝具のコントロールを奪われるようなことがあれば、それは国家的存亡に直結する。絶対に阻止せねばならぬ事態なのだ。どうか、我らに手を貸してほしい」
「解せないな。なぜそのことを私たちのような第三国の者に話す。危機的状況をさらに加速させるだけだではないか」
「それは簡単なこと。宝具の力は、掛け合わせることでさらに威力が増す。我らと敵対すれば、あなた方はさらなる不利を被ることとなる。なんのために我々がパナパ内で身を潜めているとお思いですか?」
「……敵対するくらいなら、味方に入った方がマシだとわからせるため、か。しかしどちらにしても、他の四国から妨害を受けるのは同じこと。厄介なことに変わりはない」
しかしマリヤーラは首を横に振った。
「その点は心配なく。我らに協力いただけるのならば、色々と方法がありますゆえ」
ちっとムザイが舌打ちをした。
その間にも、ジャワバの兵が二人との距離を一歩詰めた。
兵の態度からは威圧にも似た態度が滲み出ており、選択を迫っているのは明らかだった。
相手の懐に踏み込みすぎたのは事実で、既に主導権は握られてしまった。物腰柔らかく語るマリヤーラからは読み取りづらいものの、その実、追い込まれている状況なのは火を見るより明らかだった。
「少々時間がほしい。私たちにも事情がある」
「構いません。しかし一点、今後あなた方にはプフラを同行させていただきます。おかしな動きがあれば、我々は瞬時に行動を起こしあなた方を排除する。それだけは覚えておいてほしい」
体のいい脅しだなとロディアがつま先を地面に当てた。
プフラが二人の間に立ち、改めてペコリと会釈をした。しかしその時だった――
地下空間のどこかで、誰かが叫び声を上げた。
新たに何か仕掛けてきたかと勘繰った二人は、すぐに反転して身構えた。しかし間に立っていたプフラまでもが二人と同じように動いたことで、事態がジャワバの想定していない何かだと悟る。
「何の騒ぎだ……?」