【159話】宝具の力
三人の前にはプフラと同じ装束を着た性別不明の数名が、それぞれに頭を垂れ、跪いていた。
「只今戻りました、マリヤーラ殿下」
殿下という単語にロディアの額がピクリと反応した。ナダンの時とは百八十度かけ離れた主軸への急接近具合に、多少の緊張の色も浮かべるなというのは難しかった。
マリヤーラと呼ばれた人物は、出会った頃のプフラよりも分厚い布で全身を覆い隠したまま振り返ると、同じように跪いたプフラに帰還の労いを述べた。そして隣で立ち尽くした二人に手を差し出した。
「シングのギルド長であり、ジャワバ国の当主であるマリヤーラだ。以後お見知り置きを」
半ば放心気味に握手したロディアは、「まさかトップのお出ましとは」と呟いた。しかしムザイは表情を変えぬまま、何事もなく挨拶を終えた。
「驚くのも無理はありますまい。突然ジャワバの当主と言われたとて、信じろという方が無理というもの。しかし事態は急を要するものでね」
顔を覆った布地の袖から覗いた鋭い眼光に、ロディアの緊張はさらに高まった。
マリヤーラの声色は老齢の男のようで、ムザイは布下に映る本来の姿を遠目に想像しながら、男の存在価値を値踏みしているようだった。
「ここへおいでなさったということは、お二人共々、我々にご協力いただける、ということでよろしいかな」
男の質問に、初めてムザイが眉をひそめた。
「それはどうだろう。我々は連れられるままここへ立ち寄っただけのこと。目的が違えば、去るのもまた道理だ」
「なるほど。あなた方の目的は、我々とは異なると?」
「さぁね。どちらにしても、国家間の諍いに首を突っ込むつもりはない。私らの興味は、パナパの地下に眠るダンジョンのみ」
「……目的は、退魔宝具ではないと?」
「想像に任せるさ。それに――」
ムザイは徐に左の拳を固め、禍々しい魔力を開放させた。ざわつく面々を制したマリヤーラは、一つの動揺も見せずに続けた。
「弱小国が相手ならば、いざとなれば実力行使でどうにでもなると?」
「そうは言わん。しかし交渉は対等の立場でなければ意味がない。互いに時間は惜しかろう。まどろっこしい前置きは無しだ、さっさと話を進めようじゃないか」
二人の態度に憤慨し、取り囲んでいた兵が一斉に武器を構えた。しかし引く様子がないムザイは、視線で周囲を牽制しながら不敵に笑みを浮かべた。
「なるほど、さすがはプフラが連れてきた御方だ、話が早くて助かる」
マリヤーラはイラつく面々を諌めつつ、部下の一人に何かを耳打ちした。慌ただしく準備し小さな備品を手に戻った部下は、膝を付きながらそれを献上した。
「ご存知のとおり、我々はパナパを巡る権力闘争に巻き込まれている。しかしご覧のように、ジャワバの戦力は他国と比較しても、それほど優れているとは言えない。残念ながらそれは事実だ」
「らしいな。むしろナダンやジャワバは、未だ握り潰されず残っているのが不思議なくらいだ。クープなどが、みすみす放置しているのも理由が知れん」
「確かに、貴女の言うとおりだ。しかしそれには少々事情がありましてな」
「事情、だと?」
その言葉をきっかけに、マリヤーラが手にしたアイテムを強く握った。
すると地下の空間が一瞬にして重い空気に覆われ、ロディアとムザイが警戒心を強めた。
「……なんのつもりだ?」
「危害を加えるつもりはありません。しかし知っておいてほしいのだ。あなた方も、トゥルシロも、クープも、その他第三国も、我らを簡単に抑え込むことは不可能だということを」
違和感は秒ごとに増し、ロディアが顔を曇らせた。
ただの違和感でしかないはずだった感覚は、そのうち現実のものとなって表れた。
「なんなのだ、これは?」
「退魔宝具、と言えばよろしいかな」
「なん、だと……? まさか、宝具は奪われたのでは」
現実に全身から魔力が滲み出ていく様は異様というほかなく、ロディアとムザイは互いに背中を預けながら周囲を威圧した。しかしマリヤーラは態度を変えることなく右腕を掲げて立ち上がると、そのまま警戒心なく二人の前に立った。
「あなた方は勘違いしている……。宝具の力は、なにも完全に消えたわけではないのだよ。トゥルシロ、ナダン、クープ、ルカウ、そしてジャワバの五国は、今も宝具の力によって護られている」