【015話】ダンジョンオタクと切れ者の小間使い
そうと決まれば即行動。
イチルは街で集めたゼピアとギルドの情報を踏まえ、組まれるであろう討伐隊の予測を立てた。
「今のギルドは、エターナル攻略を目指す高ランクの冒険者が去り、街の護衛を食い扶持にする雇われ冒険者と、周辺の小規模ダンジョン討伐を目指す者が残るだけ。言い換えれば、君らと同じ低ランク冒険者がほとんどだ」
言い返す言葉なく渋々受け入れた五人は、一箇所をポンポンと弾いたイチルの指先を見つめた。
「噂によれば、ウチは人心掌握系スキルを使うモンスターが牛耳るダンジョンと見られてるそうだ。そこから予測するに、おおよそＥ～Ｆランクのダンジョンと見立て、討伐隊が組まれることだろう。となると、直接戦って相手できるのはウィルひとりってことになるが、こいつ一人では少々心許ない。それどころか、こいつら兄妹は二人一組でなければ力も発揮できない半人前ときた。これでは多人数相手の対処など不可能だ」
「い、Ｅランクの討伐隊?! アンタな、そもそもＦとＥでは、とてつもなく大きな差があるのを知っているのかい。俺らなんかじゃ、二人いても足止めすら……」
「しかもフレアとミア、そしてペトラの三人は戦闘員としては見込めない。しかしこのたった五人の力だけで、どうにか討伐隊を返り討ちにしなきゃならん。さぁどうする？」
「どうって……。そ、そうだ、だったらアンタが相手と交渉するなりすれば」
「人をアテにするのは勝手だが、残念ながら俺はノータッチだ。君ら五人で討伐隊をどうにかしろ。当たり前じゃないの」
またポカーンと口を開けた五人は、驚きのあまり絶句した。しかしたまらず、この獣人は何を言っているんだと喉の奥に刺さっていた言葉を吐き出した。
「馬鹿言え、なんで俺たちがそんなことを。そもそもどうやってＥランクの相手を倒せなんて言うんだよ！」
「そうよ、それにもし失敗してこんな悪巧みがギルドにバレてみなさい。私たち全員打ち首になるわよ！」
「あわわわ、わ、私たち、打ち首になっちゃうんですか?! お仕事見つかったばかりなのにぃ！」
ウィル、ロディア、そしてミアが頭を抱えてイチルに詰め寄る中、フレアとペトラは互いに顔を見合わせ、不敵に笑みを浮かべるイチルを一瞥した。
何も知らない三人に対し、この二人だけは違う。
イチルがなぜ全ての能力を並べ、全てのギミックを書き出したのか。
二人はいち早くその意味に気付いていた――
「面白そうじゃん。俺さ、昔っからこんなゲームをしてみたかったんだよね」
「それにさ、犬男は私たちの意見なんか聞いてくれる人じゃないし。泣いたって叫んだって、どーせやらせるつもりなんでしょ？」
無様に抵抗する大人三人に対し、既に腹が決まった様子の子供二人は、広げた紙面上に各々が持つ能力を施設のギミックへと落とし込んでいった。
ああだこうだと進められていく二人の議論を前に、イチルに詰め寄っていた三人が「本気かよ」と冷たく聞いた。
「当たり前だろ。こんな面白そうなこと、やらない方がどうかしてるぜ。そっちの兄ちゃんに、そっちの姉ちゃんも、冒険者だかなんだか知んねぇけど、そんな度胸でよくこれまでやってこれたな」
見事な煽りにやられ、ウィルがペトラの首元を掴んだ。
しかしペトラは男の手を簡単に躱し、見事に着地してスネをカツンと蹴った。
「いってぇ、何しやがる、このガキ！」
「それでもＦラン冒険者かよ。それによぉ、俺が睨んだところ、この勝負、意外とわかんないぜ。だよな、おっさん？」
イチルがニヤリと笑った。
五人のスキルとギミックをきっちりと落とし込んで戦えば、たかだかＥランクの冒険者十人程度は簡単に返り討ちにできるに違いない。当然そこまでを期待して話を進めていたのだったが、むしろイチルは全く別の部分が気になり始めていた。それは言うまでもなく、このペトラというエルフの子供についてだった。
器用かつ多芸であると見込んでイチルがスカウトした子は、何よりもまず、とんでもなく頭が切れた。
イチルの意図を一瞬で読み取り、格上の冒険者にも尻込みする様子はない。それどころか、スキルも持たず、何の魔法も会得せず、たかだか十歳にしてこれほどの裁量を持っているのは、もはやそれだけで才能である。
イチルは願ってもいない拾い物だと込み上げる感情を抑えるのに必死だった。
「ならばそうだな。……指揮はフレアとペトラ、お前ら二人がとれ。俺は直接参加しないまでも、準備くらいは手伝ってやる。お前らの思うように遊んでみな」
子供らしく「おー！」と手を挙げた二人は、すぐさま必要な情報を紙に書き足していく。
《ダンジョンオタク》と《切れ者の小間使い》
結構良いコンビじゃないかと頷いたイチルは、その隣で立ち尽くすロディアの肩を叩いた。
「な、なんですか、……オーナー」
「ガキどもに一本とられてテンション下がってるとこ悪いんだが、ちぃと一緒にきてもらうぜ」
理由も告げぬまま、有無を言わさずロディアを抱きかかえたイチルは、他の全員を残し、街のタワーに繋げたままになっていたワイヤーに引かれ、大空へと飛び上がった。
「なッ?! き、貴様、一体何を、ろ、ロディアー！」
「お、お兄様、助けッ！」
布でロディアの口を塞いだイチルは、悪代官のような笑い声を残し、ラビーランドを去った。
それからしばらく、娘を誘拐されたように嘆くウィルの声が、遠くゼピアの街にまで聞こえていたとか、いないとか――
