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【158話】氷の空間


「なんのつもりだ。どんな目的で私たちに近づいた?」

「それはお互い様ですよ。あなた方といるほうが、退屈よりずっとマシだと思ったからです」

「退屈ねぇ。どこの手のものだ?」

「探り合いはなしにしませんか。今は誰もが情報を欲しがっている段階です。そちらがそれなりのものをご提示いただけるならば話は別ですが」


 舌打ちしたロディアが次の屋根を踏み切ったところで、今度は女が質問をした。


「目的はお金、ですか?」

「探り合いはなしと言った直後に聞くことか。ふざけているのか」

「いえいえ、金が目的ならば話が早いと思っただけですよ。違うのならば構いません、カマをかけようとも思っていません」


 もうひと蹴り飛び上がったところで、建物が途切れて人気(ひとけ)のない一角が眼下に広がった。親指で下を指さしたロディアは、街外れの広場に降りるなり、殺風景な資材置き場の死角へと女を誘った。

 二人が煤けた建築用資材に囲まれた寂れた一角に身を寄せると、身を隠していたムザイが闇に紛れて姿を現した。「アサシン、ですか」と独り言のように呟いた女は、自分の身を僅かながら明かすためか、頭に撒いていた布を解きながら軽く会釈をした。

 短髪の赤毛をしたヒューマンの女は、撚れてくしゃくしゃになっていた髪を解かしながら頭を振り、「どうも」と言った。腕組みし壁に背中を付けたムザイは、据わった眼で女を睨みながら「で?」と抑揚なく質問した。


「そう不機嫌にしないでください。喧嘩を売るために誘ったんじゃありませんから」

「力ずくで情報を聞き出すつもりじゃないのか。それならそれで構わないが」

「滅相もない。どちらかと言えば、協力者を探している、という方が正しいかもしれません」

「協力者だと?」


 ムザイが目線で『どうだ?』と質問した。しかし女の意図が読み取れず、ロディアは黙殺した。


「自己紹介が遅れました。わたくし、ジャワバ国のシングというギルドに所属するプフラと申します」

「ジャワバといえば、五国のうちの一つの」

「ええ、そうです」

「そんな国のヒューマンが私らに何の用だ」

「簡単です。我々も彼らと同じように、強い冒険者を探しています」


 モリシンから得た事前情報によれば、ジャワバの国力はナダンより僅かに上程度で、他三国に比べれば少数精鋭の部隊と聞いていた。やはりナダンと同じように戦力が足りないのは事実らしく、プフラの態度からも実情が見え隠れしていた。


「他国の冒険者募集に便乗し、目ぼしい者を横取りか。賢いと言えば賢いが、小賢しいと言えばそれまでだな」

「我々には我々のやり方があります。彼らのように闇雲に動くばかりが手段ではありません」

詭弁(きべん)だな。しかしどちらにしても関係ない。我らは国家間の諍いになど興味はないのでね」

「……詳しくはお聞きしませんが、あなた方も情報を必要としているはず。我々は少数精鋭ゆえ、それなりの戦士のみが行動を共にしています。賢いお二人でしたら、その意味がわかっていただけるかと」


 女の言葉に苛つき、突き放そうとしたムザイを止め、ロディアが軽く頷いた。


「おい、なんで止める」

「面白いじゃないか。話くらいは聞いてもよかろう」


 先程と反対にロディアが案内しろと提案した。数度細かく頷いたプフラは、着いてきてくださいと、ギルドキャンプとは真逆の方向へと歩み始めた。


 スクカラの街の風景を通り過ぎ、モンスターがうろつく荒野へと出た三人は、周囲を警戒しながら何の変哲もない岩場へと向かって歩いていた。


「どこへ行くつもりだ」

「言ったでしょう。我々は少数精鋭、そもそも他国とつるむ気はありません」


 そう口にして目線で二人を先導したプフラは、切り立った岩だけが並んだ全面薄茶色な一角で立ち止まると、胸元から徐に取り出した少量の粉を地面に振りかけた。


「何をしている?」

「警戒には警戒を、と。我らとて、まだ覇権を諦めたわけではありませんので」


 不意に笑いかけたプフラの足元が揺れ、かと思えば、今度は二人の足を何者かが掴んだ。

 抵抗する間もなく地の底に引っ張り込まれた三人は、気付けば何もない真っ暗な地下の空間に立ち尽くしていた。


「……隠し砦か。周到だな」

「他国に詮索されるのは面倒ですから。それに、ここならば周囲の目を気にせず動くことができる」


 怪しく光る鋭い目を向けたプフラは、「こちらです」と二人を案内した。僅かに警戒したムザイに対し、ロディアは臆することなく後に続いた。


「突然襲いかかるような真似はしませんのでご安心を。我々も貴重な戦力を無駄にするつもりはありません」

「貴重な戦力、ねぇ……」

「そういえばまだ二人の呼び名を聞いていませんでした。どうお呼びすればよろしいですか?」

「ロディアで構わない。そっちはム――」

「ムメイだ」

「ロディアさんに、……ムメイさんと。それではこれから、お二人に我らの長とお会いしていただきます」

「長だと?」

「話は早い方がいい。また逃げられてしまってはたまりませんから」


 プフラが薄暗く何もない突き当たりで足を止めた。

 すると突然周囲に色がやどり、暗かった空間が薄い水色で彩られた氷の空間へと成り代わった。


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