【152話】セルギイの動乱
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―― 翌々日、トゥルシロ国近くの第三国
子供を連れ歩く冒険者の姿は少なく、その上それが十歳、しかも異種族の子供となれば、否応なしに人々の視線を集めてしまう。
イチルに連れられるまま、どこかバツの悪そうな顔をしたフレアとペトラは、そそくさと皆の視線から逸れるように身を屈め、一足早く拠点として借りていた古びた小屋の扉を開けた。
お金を使いたくないからと一番安価な部屋を借りたせいで、待機していたウィルなどはどこか不機嫌で細目になっていた。しかし戻るなりすぐに準備を整えたフレアは、いよいよ動き出す作戦を前に、気を引き締めるべく三度頬を叩いた。
「いよいよです、いよいよ始まるんです、ダンジョン移設大作戦が!」
ふぁ~と欠伸をしたペトラの背中を叩きながら鼓舞するように言った。
部屋で待機していた、ウィル、ロディア、ムザイ、モリシンの四名は、どこか歯切れの悪そうな表情を浮かべながらフレアの言葉を聞いていた。
「ほらほら皆さんも、もう少しシャンとしてください、シャンと」
「ですがフレアさん、……それはまぁ、そうなのですが」
ムグっと口元をすぼめたフレアも、どうにも勢いがのらない原因はわかっていた。
それは出発前に明らかになったミアの事情を、初めて聞かされたからに他ならなかった。
「落ち込んでいたって先へは進めません。今回はミアさん抜きで進めていくしかないんですから、皆さんには元気を出していただかないと困ります!」
「まぁそうなんだけどよ、……実際あのほんわかした声がないと癒やしがねぇって言うか、緊張感が和らがねぇって言うか、……なぁ?」
ペトラの言葉に皆が微かに頷くも、ふぅと息を吐いたイチルが前後の脈絡もなく沈んだ空気をぶった切った。
「働く気のない奴のことなどどうでもいい。そんなことよりお前ら、まさか自分の仕事を忘れたわけじゃあるまいな?」
あまりに辛辣な言葉に怒りを滲ませるフレアを押さえながら、ムザイが冷静に「当然だ」と答えた。ウィルとモリシン、そしてロディアとムザイの二組に分けられた四人は、共に出発の準備を整え、フレアの号令を今か今かと待ちわびていた。
「それでは皆さん、まずは手筈通り、パナパ国内の内情を探ってきていただきます。ロディアさんとムザイさんは地下ダンジョンの情報を、ウィルさんとモリシンはどこかに生き残っているはずの職人さんの情報を集めてきてください。私とペトラちゃんは、この本部に残って他国から入った情報を集めたいと思います」
「おいおい……、なんで俺だけ呼び捨てなんだよ。まぁそれは一旦置いておくとして、やい嬢ちゃん、どうしてあんたらのボスは出てこねぇんだ?」
「前にも言いましたが、犬男は私の管理下にはありません。ですから犬男のことは犬男に聞いてください」
モリシンが無言で傍らの男を一瞥した。しかしイチルは、口を開けっぱなしで呆然と窓の外を眺めながらダラダラしているだけだった。
「ったく、……どれだけいい加減なんだよ。なら俺から言わせてもらうが、今回の仕事は当然遊びじゃねぇ。対象となるダンジョンのランクもA以上である可能性が高いし、なんなら危険度だって普通のクエストの比じゃねぇ。各自それなりの覚悟を持ってもらわないといけねぇ。わかってるな?」
全員がふんと鼻で吹き払った。揃いも揃って生意気な集団だと顔を歪めたモリシンは、壁に立て掛けていた荷物と大剣を背中に担いだ。
「まずはパナパに入り、各組二日をかけ状況を探ってもらう。連絡方法は各自マティス殿から受け取った通信用魔道具を経由し、逐一本部へ伝えること。しかし、いつどこで通信を聞かれているかはわからん。内容は最低限のものに留めること。いいな?」
無言で頷いた面々を一通り見届け、モリシンが暇そうにつま先を遊ばせている男を指先で呼び寄せた。フフンと不敵に笑ったウィルは、フレアやペトラににこやかに挨拶し、本部を出ていった。
「ではムザイ、私たちも参りましょう。フレアさんにペトラも、今回ばかりは危険が伴いますので勝手な行動は慎むようお願いしますね」
お前は俺たちの保護者かよと呆れるペトラに念押しし、ムザイとロディアも本部を後にした。残されたフレア、ペトラ、イチルの三名は、トゥルシロ側にもたらされる情報を元に、全員の動き方を決定する役割を担っていた。
「しっかし驚きだったよなぁ。まさかパナパがミア姉ちゃんの昔住んでた国だったなんてよ。にしてもさぁ、あんなムキになって拒否しなくてもいいのにな」
「きっと何か事情があるんだよ。犬男は何か知らないの?」
「……フレアは奴の経歴を知ってるだろ。パナパ公国が独立する前の名前を知ってるか?」
ペトラとフレアは首を横に振った。
「パナパ公国、もとはパナパという一貴族が王に反旗を翻し生まれた国だ。当時の王の名はアリストラ二世。ここまで言えばピンとくるか?」
アリストラという単語を聞き、フレアの表情がハッと曇った。
「パナパの旧名はアリストラ王国。奴は二世の親であるアリストラ上皇の小間使いとして、あの動乱の中を生き抜いた残党の一人だ。お前らも『セルギイの動乱』のことくらい聞いたことがあるんじゃないのか」
「あ、俺それ知ってるぜ。なんだかスゲェ魔法やら魔道具やらで国が一つ吹っ飛んだって伝説のアレだろ!」
興奮するペトラと対照的に、事の大枠を理解したフレアは、落ち込んだように視線を落とした。自分が何も知らず無意識でぶつけていた言葉の一つひとつが、どれだけミアを傷つけていたかを想像すればなおさらだった。
「クーデターの結果、アリストラ二世を始めとする国の代表は根こそぎ処刑され、関連する人物もほとんどが虐殺されたと聞いている。奴がどれほど内部に近い存在だったかは知らんが、恐らくは末端の末端で偶然助かったんだろう」
「え……、でも、だったら、それって……」
「仲間のほとんどは既に殺され、この世にはいないということだ。わざわざそんな場所へ戻りたいと思う変わり者はいないだろう。……が、仕事は仕事。奴のわがままであることは一つも変わらん。よってこの期間の給料はなし!」
「どうして犬男はいつもそういう言い方をするんですか。そこまで知っていたなら、もう少し優しくとか、気を使ってあげられたはずです!」
「そんな優しさなど虚しくなるだけだ。いつまでも過去に囚われていては何も始まらん」
右腕を振り上げて怒るフレアを押さえながら、ペトラがイチルのスネを蹴った。