表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

150/206

【149話】それぞれの覚悟


「おっさんはさぁ、……そもそも俺たちのことがわかってないんだよね」

「わかっていない? 私はキミらの身を案じて」

「だったらさ、俺がもし今もゼピアの孤児街で暮らしてて、もし飢えて死にかけてたとしたら、おっさんは俺のことを助けてくれた?」


 マティスが目を見開き口ごもる。


「いや、それは……」

「俺なんかはさ、その程度のもんなんだよ。ただ俺はちょっとだけツイてて、今こうしてフレアたちと一緒にいる。……そもそも奇跡なんだよ、こんなのは」

「しかしそれは結果論であって、今は状況が違う。今ならば、キミ自身でこの先の人生を選択することだってできるはずだ!」


 ちっちっと舌を鳴らしたペトラは、大袈裟に指を振りながら言った。


「俺ぁ自分の運命なんて信じてねぇんだけど、昔っから自分ルールってやつがあってさ、もらった運は倍にして誰かに返すことにしてんだよね。もちろんそれはフレアたちにだけじゃねぇぜ。俺にも、バカウィルとはケタ違いの目標があんのさ」


「……目標?」


「そうさ、だけどまだ今の俺じゃどうにもなんねぇ。だから俺は、ここで自分が思うままに生きていけるだけの力を手に入れる。そうでなけりゃ、これから先、生きてる意味がないんだよ。ってことで、それまでは自分のことなんざ二の次よ。いちいち気にしてらんねぇって」


 へへんと鼻を鳴らしたペトラに対し、フレアもひとりマティスの前に立ち、男の問いに答えた。


「私もこれまでずっと、誰かを頼って、誰かに助けられて生きてきました。だけどお父さんがいなくなってからは、お金もなくて、ランドのことも立ち行かなくなって……。それからはずっと、どうして私だけ、なんで私だけこんな目に合うのって、そう思いながら生きてきました。私一人の力だけじゃ何もできませんでした」


「……子供一人の力で生きていくには辛い世の中さ。仕方がないことだ」


「でもそんな時に、私を助けてくれる人が現れました。()()()は、私に言いました。この世の中は、やるか、やらないか、どちらかしかないって。お前は本当に、死物狂いに生きているのかって……。私、ずっとどこかで甘えてて、自分では何もしようとしませんでした。私なんかじゃどうにもならないって、心のどこかで諦めてきました。本当はランドのことだって……」


「しかしキミが全てを背負う必要はない。嫌ならば、全てを放棄し諦めることも人生だ。そんな人間は世の中にいくらだっている」


 しかしフレアはブルブルと首を横に振った。


「だけど私、やっぱり諦めたくないんです。本当はずっと、お父さんの、()()ランドを、世界一のADにしたかった。誰にも、どんなダンジョンにも負けない最高のダンジョンにしてやるって……。だから決めたんです」


「決めた? 一体何を」


「私、もう絶対に諦めません。何があっても、私の体が動く限り、最後まで頑張ろうって」


「キミがそこまでの覚悟をもつ必要が本当にあるのかい。何かに縛られているだけなら、もう一度よく考えた方がいい。命を賭してまで進めることなのか、よーく考えるんだ!」


 両肩に触れながら迫るマティスの指先に触れたフレアは、もう一度大きく横に首を振った。


「マティスさん。私ね、初めてだったんです。アイツにお尻を叩かれて、でもそれで少し、ほんの少しだけど、初めて前へ進めた気がしたんです。これまで何もできなかった私にも、少しだけ自信が持てたんです。それに、今はお金だけの繋がりかもしれないけど……。こんな私にも、やっと私のことを助けてくれる仲間ができたんです!」


「その仲間を危険に晒すことが、果たして正しいことだろうか。キミは若いなりにも、その仲間の安全を保証することだって仕事だ。しかしキミにその力があるとは到底思えない。残念ながら、私は断固反対させてもらうよ」


 マティスにはっきりと口にされ、フレアの表情が暗く沈んだ。

 しかし今度はミアがフレアの背後に立ち、そんなことありませんと呟いた。


「安心してください、フレアさんは本当に立派ですよ。こんなに若くったって、みんなをしっかり引っ張っています。それに……、お金だけの繋がりなんて、そんな悲しいこと言わないでください。私はね、本当に尊敬しているんです。いつも必死に頑張ってるフレアさんのことを」


 そうそうとペトラが肩を組んだ。


「俺たち一緒に働き始めてから、まだ日は浅いかもしんねぇけどさ。なんだかよ、ずっと一緒に過ごしてきた仲間みたいな気がすんだよな。つまんねぇこと言わせんなよ、親友」


 ペトラとともにウィルがウンウン頷きながら三人の輪に加わった。

 そしてそれらをまとめるように、ムザイがひとつ言葉を添えた。


「皆が皆、それぞれの信念を持って生きているということだ。犬男や金だけのために動いていると思われるのは心外だ、とな」


 しかし皆の言葉にもマティスは一つも表情を変えず、とっておきのラストピースをフレアに突きつけるのだった――



「しかし口でなんと言おうと、結果は結果でしかない。現に今も、キミらの仲間は一人欠けているじゃないか。キミの無茶な指示によって傷ついた仲間のことを棚に上げて、まだキミはそんな言葉を重ねられるのかい?」


 この場にいないロディアのことを挙げられ、フレアは真っ直ぐに顔を伏せてしまった。ムザイは一つ舌打ちし、ウィルはどこか憎らしげにマティスのことを睨みつけていた。


 しかし沈黙を壊すように、今度はドンッと派手に扉が開いた。

「お待ち下さい!」という換金所の担当者の静止も聞かず部屋に押し入ったその人物は、全身に大袈裟なほど包帯を巻いた異様な見た目をしていた。


 包帯の人物は、スルスルと頭の端から包帯を解いていった。

 次第に露わになっていく美しい肉体を魅せつけるように、一糸まとわぬ姿を全員に晒しながら、女はマティスの目の前で首を傾けながら傲慢な態度で言った。


()()()が傷ついているですって? どこかどう傷ついているのか、ハッキリ答えていただきましょうか。なんなら()()()までご覧になられます?」


 堂々と腰に手を添え宣言したのはロディアだった。

 おいおいと手のひらで顔を隠したイチルは、美しい髪をなびかせながら、傷一つない生まれたままの姿で自らを晒す女の背中を見つめていた。


「な、何をバカなことをッ?! 何を考えているんだキミは!」


「私はただ、舐めていただいては困ると仰っているのです。我々は確かに、それぞれの立場も、生い立ちも、境遇も、信念も、目指すべき場所すら違っているのかもしれません。しかしそこへ至る道筋だけは、どれも等しく変わらないのですよ」


「そんなもの、口ではどうとでも……」


「確かにそうかもしれませんね。しかしだからこそ、我々はここに留まり続けているのです。ここがただ苦痛なだけの場所ならば、すぐにでも出ていってしまえば良いだけの話。それでも留まり続けているのは、我々の目指すべき(いただき)が、形として見えているからこそ。残念ながら、私がここを出ていくという選択肢はありえません」


 その迫力にマティスが言葉を失う最中、慌てたフレアは、差し入れを包んでいた布を解き、ロディアの体へ押し当てた。布を受け取りニコリと微笑んだロディアは、器用に胸元と下腹部が隠れるように身体の後ろで結んでから、ダメ押しするように言った。


「今さらやめるなんてさらさら。遠い昔に消えてしまったはずの私の中の野獣(ビースト)は、もう目を覚ましてしまった。留まることはできないの、悪いけど」


「し、しかし、だからといって、キミらの一存で事を進めて良いわけでは……。第一、ゼピアの安全を保証するなんて、そんな簡単に――」


 そこまで言ったところで、また部屋の外から(にぎ)やかな声が聞こえてきた。

 野太い笑い声とともに入ってきたのはモルドフ・ゴルドフの兄弟で、ゴルドフが久々に再開したマティスに「よぉ」と一方的に挨拶をした。


「なッ?! なぜご、ゴルドフ氏がここにッ!」


「ちぃと野暮用を頼まれての。ま、街のことはこっちに任せとけ。そのへんのボンクラ相手なら、手も足も出せねぇようなのを用意しといてやる。それで満足か?」


 袖で歯を見せニィと笑うイチルと目を合わせてから、ゴルドフは喜ぶフレアに親指を立てた。

 呆れ果てて椅子に深く腰掛けたマティスは、頭を抱え、ハァと息を吐いた。そのうえで、「どうなっても知らんからな」と精根尽き果てたように呟いた。


「……ということで、ようやく話がまとまったということでよろしいかな。お前らも、これだけの啖呵を切ったんだ。()()()()()()()はあるんだろうな?」


 意地悪くイチルが聞いた。

 フレア以下仲間の全員は、各々に頷き、真横に口を結んだ。



「よぉし、それじゃあ次のフェーズへ移りましょうか。面白くなってきたじゃないの野郎ども」


 ――――――――

 ――――――

 ――――

 ――


いつもお読みいただきありがとうございます!


続きが読みたいと思っていただけましたら、

ブクマか★評価をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ