【147話】輝く街
「……そのまさかだ。しかも最悪なことに、ダンジョンの主ってのが知能のある部類のモンスターらしくてね。宝具を対人用に使いこなし、侵入してくる外的を排除しまくってるらしい。たかだかAランクのダンジョンだとたかをくくっていたら、自分たちで作り出した宝具のおかげで、実質的なダンジョンランクが跳ね上がるっていう間抜けな寸法だ」
額に手を当てて戯けてみせたイチルは、どうりでおかしな話になってるわけだと納得したようだった。
モリシンから受け取った交渉の条件は、どれもがクエストを受諾する冒険者側に有利すぎる内容となっており、違和感の多すぎるものだった。
「ちっ、そんなことになってたか。確かに少々面倒だね……」
「しかも現在進行系で、各国が裏でダンジョン攻略を急ぎ暗躍しているとも聞く。さっきも言ったが、表向きはモンスターを封じ込めるという名目で国を封鎖してはいるが、その実、裏で幾つものギルドや団体、国が動いてる。今そんなものに絡めば、お前だけでなく施設そのものの今後にも関わる。場合によっては……、ヤバい奴らに目をつけられるぞ」
隣国の目ぼしい国の名を指でなぞったマティスは、イチルの目を正面に見つめ、首を横に振った。
移設用の手頃なダンジョンを探しているイチルたちにとって破格の条件であるパナパ地下のダンジョンは、いわゆる曰く付きの物件として異世界に君臨していた。
「早い話、必要なものさえ回収してくれりゃあ、残りはそっちのご勝手にってか。欲しいのはどこかに生き残っている職人の身柄と、開発中の退魔宝具のみ、と。……んなこと、どこにも書いてねぇじゃんよ」
モリシンから受け取った依頼書を指で弾いたイチルは、破格すぎるクエストの内情を知り、ため息をついた。
ようやく理解してくれたなと安堵したマティスは、散らばっていた紙を一つに集め、全てなかったことだと話を閉めようとした。しかし――
「だからといって、俺たちがやめる理由にはならないよな。条件さえクリアできれば、金の心配もなくダンジョンが手に入るっていう破格の条件に変化はない。だよなぁ、マティス?」
重ねた紙を束ね、テーブルにバウンドさせていたマティスの動きがピタリと止まった。
そして下から舐めるように視線を上げ、そのままゆっくりとイチルに顔を近付け、血走った目をこれでもかとひん剥きながら言った。
「だーかーら、お前は俺の話を聞いてたのか。そもそもAランクダンジョンのはずが、S、……いや特Sランクになっているかもと言ったんだぞ。しかもだ、お前がどこから依頼を受けたか知らないが、裏で暗躍してる国は他に幾つもある。たとえお前がダンジョンを落とし全てを解決したとしても、必ずどこかで角が立つ。お前の知らないところで、必ずどこかに喧嘩を売っちまうってことだ。政治の世界を舐めるのもいい加減にしろよ!」
「しかしどうせ誰かがやらなきゃならん。遅かれ早かれ、誰かが恨みを買うもんさ。何より、俺たちは職人や宝具になど興味はない。後のことは丸投げして、当事者が勝手に決めればいい」
「そんな詭弁が通じるものか。誰かも知れん軍事国家に命を狙われるんだぞ?! お前だけならまだしも、たかだか10歳の子供たちも一緒にだ。その意味がわかってるのか!!?」
不意に顔を伏せたイチルは、軽く肩を震わせていた。
いよいよ現実を受け入れてくれたかとマティスが安堵しかけるも、今度は身を仰け反らし、大声で笑い始めた。
「最高じゃんそれ、最高だよ。一国のギルド相手に本気のドンパチ起こせる機会なんぞ、望んでもなかなか得られるもんじゃねぇ。これは楽しみになってきたな。早いとこガキどもに教えてやらねぇと……」
「お前……、正気かよ。どうかしてるんじゃないのか」
「正気も正気、大正気だね。クク、面白くなってきた」
両手をバンッとテーブルに付いたマティスは、顔を伏せたまま荒く呼吸を繰り返し、「ふざけるな!」と叫んだ。
慌てた部下が手を差し伸べようと近寄るも、怒りはいよいよピークに達し、無意識にイチルの襟元をたくし上げていた。
「お前は仲間の命をどう考えているんだ?! 確かに、お前は超一流のアライバルだよ。その横に並び立つ者がいないほどのな。しかしお前の周りにいる人間はそうじゃない。たかだかCランクに毛が生えた程度の冒険者の集まりだ。そんな未熟な者たちを、そんな無謀な争いに巻き込んでみろ、どれだけの犠牲が生まれるかわかったものか!」
「それはそれ、これはこれだ。危険の伴わない仕事などないことくらい、アイツらだって心得てるさ」
「いいや違うな。何より今回のことで、お前はゼピアが標的になったときのことを考えてみたのか。……強ギルドの一つもなくなった今のゼピアなど、ものの数日で滅ぼされるぞ。お前には、それがわかっているのか?」
シンと静まり返った室内の空気に耐えられず、部下が「あの……」と声をかけた。
たまらずドンと腰を下ろしたマティスは、腕組みしたまま首を振り、「どちらにしても金は出せない」と断固拒否した。
どうやらこの男が首を縦に振ることはないと理解したイチルは、本当にお前はナイスガイだなと頷いた。
最後のストッパーとしての役割をきっちり果たしてくれていると両手の先を結び、ならばと条件を突きつけた。
「わかった、ならこんな条件はどうだ。もしウチの従業員が一人でも死んだら、ここに預けている全ての物、金、なんなら施設そのものを、そっくりそのまま換金所に寄付しよう。またゼピアの街を含めた身の安全は、俺が全責任を持つ。それでどうだ?」
「ぜ、全責任って、お前……」
「どんな手を使ってでも約束は守る。どうだ、破格な条件だろ?」
グッと目を瞑ったマティスは、「そういうことじゃないんだよ」と呟いた。
しかしイチルは、全てを理解した上で身を乗り出し言った。
「……俺はな、もう一度、ゼピアを輝かせたいんだよ」