【146話】パナパの国の物語
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「……どこだってぇ?」
「パナパだ。何度も同じこと言わせるなよ」
「何度でも聞いてやる。もう一度言ってみろ」
「だからパナパと言ってるだろうが、聞こえてんだろ」
ガルルと食って掛かったマティスは、イチルの顔を左右両方から舐めるように睨みつけると、ガチガチと三回歯を鳴らしてから「ダメだ」と言った。
「なんでだ、ちゃんとそっちの条件は飲んだろうが。事業計画もウチのチビ二人がきっちりまとめているはずだし、なんなら条件だって満たしているはずだ。これ以上何が不満なんだよ?」
「不満も不満、大不満だね。いいか、耳の穴かっぽじってよーく聞けスカタン」
計画書の一枚をビリっと破り、ナイフ片手に壁にバンと貼り付けたマティスは、そこに書き込まれた一ヶ所に、嫌らしく大袈裟に丸をつけた。
そこにはイチルが何度も口にした『パナパ公国』の名がしっかりと刻まれていた。
「イチル。お前はここがどこだかしっかり理解しているんだろうな?」
「あのパナパだろ? 今となっては『元』だけどな。別にそれ以上でも以下でもない」
「い~や、全然わかってないね。お前はダンジョンのことだけじゃなく、この世の実情すら全くわかってない!」
むしゃくしゃしながら紙を引きちぎり破り捨てたマティスは、肩で息をしながらテーブルにバンと両手をついた。
部屋の入口で立ち尽くしていたマティスの部下がビクッと肩を震わす中、ポリポリと頭を掻いたイチルは、足を組み直し改めて聞いた。
「だったらどうすりゃいいのよ。これだけの好条件、みすみす見逃せと?」
「ああそうだ見逃せ。見逃して別の場所を探せ。ここでなければ再考してやる。しかし、ここだけは絶対に認めん!!」
いじけた子供のような目をしたイチルは、いつまでも平行線で進まない議論に嫌気が差しため息をついた。マティスは一切譲る気なく、ドンと腕組みしたまま足を開き、仁王座りしていた。
「どこがそんなに問題なんだ。ダンジョン一つで滅びたってだけの話だろ。そんな大袈裟に怒鳴り散らすことか?」
「大袈裟、だと? お前は世界の情勢すら興味がないのか。だったら教えてやるよ」
部下を呼び寄せ、これでもかと積まれた紙束を受け取ったマティスは、そこに書かれた見出しだけを順々に読み上げた。
「パナパ公国滅亡、各国ギルドが投資した退魔宝具が無力化。元国王エレファン、未だ所在不明。公国内治安悪化による対外引き締め強化につき、諸外国による干渉不可条約の締結。他にもまだまだいくらでもある、とにかく勝手に手を出していいヤマじゃないんだ、パナパは!」
「なーんだ、そんなことか。別に構わんだろ、国と国とのいざこざくらい。俺たちは一個人だ」
「そんな簡単な話だと思うか。イチル、まさかパナパができた経緯すら忘れちまったなんて言わないだろうな?」
「……それくらい知ってるよ。魔力院のクーデターで、時の権力者を落とし独立した貴族の国だろ。それだってよくある話だ」
「ちーがーう。あれは第三国が後ろで手を引いて起こした政略戦争だ。お前は知らんかもしれんが、後に明らかになった内情は、あまりにも酷いものだった。だからこそ、パナパの独立行為自体を認めていない国も、未だ多く存在している!」
「それがなんだよ。そんなもの、ウチが関わったらダメな理由にはならんだろ」
舌打ちしたマティスは、周辺国に四方を囲まれたパナパの地図を指先でつついた。
「それが大問題なんだ。表向き、パナパは魔力院の軍事クーデターで独立したことになっている。しかし裏では隣国の幾つかの国が、パナパのあるモノを目的に動き、手助けしていたことがわかっている」
「……魔道具、だろ」
「そうだ、パナパはもともと魔道具を生産する能力に長けたギルドや職人を多く抱えた国だった。そいつを目当てにした隣国の権力者たちは、こぞって策略を巡らせ、ついに国を内部から破壊した」
「そんなことは俺だって知ってる。しかし独立後はそれなりに落ち着いて静かなものだったろ」
「ごく最近まではな。しかし潮目は突然変わった。まさか公国の地下に、あんなものができるとは誰も思っていなかったからだ」
「まぁ確かに……、ツイてなかったとしか言いようがないわな」
パナパの中心地である街の断面図を取り出したマティスが、その地下を示しながら苦い顔をした。そこには大きく『ヒデルザ』と書き込まれていた。
「Aランクダンジョン、通称『ヒデルザ』。まさかそんなものがパナパの街の直下に発生するなんて思っていた奴はいなかったろうさ。ある日、突然地下から湧き出したモンスターどもに不意打ちされた国の中枢やギルドは、逃げる間もなくあえなくやられて壊滅。すぐに隣国の冒険者ギルドが手助けという名目で国に入ったが、事態はそれだけで収まらなかった!」
「なんだよ勿体ぶりやがって。当時ならゼピアの冒険者ギルドから強力な奴らを派遣できたはずだろ。Aランクのダンジョンを制圧するくらい楽勝だったはずだ」
しかしマティスは指を横に振った。
「確かに、誰もがそう考えていた。この隙に乗じ、パナパの職人を一手に掌握しようと隣国のギルドが入り込んだのは言うまでもない。が……、そこで想定外のことが起こった。何を隠そう、そいつがこの問題の肝だ」
退魔宝具と書かれた文字に丸をつけ、マティスが眉をしかめた。
「退魔宝具? なんだそれ」
「ここ十数年で開発が進んだ対モンスター用に作られた物だ。強力なモンスターの力を封じることを目的に作られた魔道具で、種類も数々存在している」
「ほう……(それは便利な)。しかしそんな便利な物があるなら、それこそさっさと奪還すべきだろ」
「それほど単純な話なら誰も苦労はしない。退魔宝具ってものはな、諸刃の剣なんだよ」
「諸刃の……?」
「冒険者側が使う分には何も問題ない。しかし事コントロールを相手に握られたとなれば話は別だ」
おいおいと顔を歪ませたイチルは、そこでようやく事態を理解した。
「まさか……、そいつをモンスターに握られちまったと?」