【145話】ワクワクしちゃうんです
互いに目を向けあった二人は、しばし考える素振りをみせてから、首を振ってエミーネの申し出を断った。
「どうして?! 自分で言うのもおかしいけど、ウチは魔法を一から学ぶにはこれ以上ない環境よ。それなりの施設も、設備だって揃ってる。貴女たち二人の才能を伸ばすにはもってこいの環境じゃない!」
難しそうな顔をするフレアに対し、う~んと顔を歪めながらペトラが言った。
「色々見てみたんだけどさ、やっぱ俺に学校は向いてねぇわ。集団行動苦手だし、なんなら俺、魔法覚えたいだけだしさ。なんなら勉強はからっきしだしよ」
「そんなことないわ。貴女は自分の才能がわかっていないだけよ。それに勉強なんて、それなりでもいいの。重要なのは中身、中身なのよ!」
「う~ん、でもさぁ。俺にはもう……、先生がいるしな」
ムザイの顔を思い浮かべ晴れやかに言ったペトラとは対照的に、フレアは少しだけ困ったように話し始めた。
「私は、……本当は学校で勉強してみたいです」
「え? だったら絶好の機会じゃない。ここで一緒に学びましょうよ」
「でも……。確かに勉強はしてみたいです。読めない文字を読めるようになったり、私の知らない難しい歴史を学んだり、新しい魔法を覚えたり、やってみたいことは沢山あります」
「そうよ、ここでしか、今しか学べないことが、貴女たちには沢山あるの!」
「だけどね、エミーネさん。私はそのどれよりも、私の、私たちのランドを、もっと、もっと、もーっと立派なものにしたいんです」
「それはそうかもしれないけど……。施設の運営は、貴女たちがもう少し大きくなってからでもできるはずよ。それに身体が成熟しきる前の今のうちに、正しい魔力の使い方を学んでおくことはとても重要なの。貴女たちなら、それがわかるわよね?」
エミーネの言葉の意味は、二人とも互いに痛いほど身にしみていた。
いい加減に魔力を使いすぎた後の疲労は凄まじく、AM仮想の魔道具を作り終えてからの数日は、二人ともに、まともに身体が動かせず苦労していた。それでも――
「だけど、私は一分一秒でも早く、私の理想のダンジョンを作りたいんです」
「それは……、もしかしてお父さんのため? だとしたら考え直した方がいい。貴女には、貴女の人生がある。誰かに引っ張られて進むべきじゃないわ」
しかしフレアは首を横に振った。
「違うんです。これはお父さんのためでも、みんなのためでも、ましてや犬男のためなんかじゃありません。私は私のために、私の理想のダンジョンを作ってみたいんです」
「私の……理想?」
「私ね、昔っからそうなんです。お父さんのせいもあるかもしれないけど、ダンジョンがね、大好きなんです。あんなモンスターがいたらどうだろうとか、あんなギミックがあったらどうだろうとか、あんな場所を作ってみたらどうなるだろうとか、そんなことを考えてるだけで、いつもワクワクしちゃうんです。魔法やお勉強もそうだけど、やっぱりダンジョンは私にとって特別なんです!」
目を輝かせて語るフレアに、ニヤリと笑みを浮かべたペトラが肩を回し頬を寄せた。
「ま、コイツはそーゆー奴なんで、俺もそれに付き合うのが性に合ってるかなって。なんだかんだ言ってさ、俺も面白ぇのよ、あそこでの生活が」
ケラケラ笑う二人にふぅと息を吐いたエミーネは、どうやら最初から心が決まっていた様子の頑固な子供たちの芯の強さには舌を巻くしかなかった。
「―― ま、そうでなければ、こっちも困るがね」
不意に三人の背後から何者かが話しかけた。
三人が振り返ると、そこには素知らぬ顔して頭を掻くイチルが立っていた。
「ゲッ、なんで犬男がここにいるのよ!」
「だって、一応貴女たちを誘うなら、誰かさんの許可が必要でしょう。私が誘っておいたの。いけなかった?」
露骨に不満そうな顔をした子供二人に代わって挨拶をしたエミーネは、やっぱり引き抜きはダメみたいと自分も同じように不服な顔をした。
再びギチギチと口を鳴らすウーゲルを持ち出して遊ぶイチルは、大袈裟に反応するフレアへウーゲルの脚を向けながら最終確認をした。
「それで本当に良いんだな。俺はお前らがここで学びたいと言うのなら、それでも構わん(それなりの金もいただけるって話だし)」
「うるせぇな、良いったら良いんだよ」
「そうよ、私は自分自身で考えて、自分自身でそう決断したの。……って、いや、ソレこっちに向けないでよ、イヤー!」
イチルの手からウーゲルを奪い取ったペトラは、逃亡を図るフレアの背中越しにイチルを一瞥し、ニヤリと不敵に笑った。心底よくできた子供だとため息をついたイチルは、そういうことなのでと走り回る二人に背を向け、エミーネに詫びを入れた。
「やっぱりこうなっちゃうかぁ。最初からわかってはいたけど、やっぱり惜しいよね、あの才能は。それでイチルさんはどうするつもりなんです、あの二人を?」
「なるようにしかならんでしょう。あいつらは俺の言うことなど聞きはしないんでね」
「そ。でもなぁ……。あ~あ、どちらか一人でもウチへきてくれたら、私の査定や立場だって少しは良くなるのにさ。はぁ、そう上手くはいかないか!」
走り回る二人を遠目に見ながら伸びをしたエミーネは、時間をくれてありがとうとイチルに礼を言った。
「それで、これからはやっぱり移転作業を?」
「ああ、そのつもりだ」
「そっか。そういえば、例のモノは見つかったの?」
「ひとまず目処はたったという感じかな。それもこれも、手を貸していただいた貴女のおかげだ」
「それはお互い様よ。私も研究費がかさんでいたから、援助してもらって助かっちゃった。これでまたしばらくフィールドワークに出られそうだもの。次はどこにしようかしら?」
「なんなら紹介しましょうか。貴女にお誂え向きな、とっておきの場所があるんですがね」
イチルがエミーネに耳打ちした。
「嘘?」と聞き返したエミーネは、腕組みし、少しだけ考えさせてと返事を保留した。
「それじゃあ、そろそろお暇するかな。おいお前ら、用が済んだなら戻るぞ。明日からまた地獄の作業が待っているからな」
ピタリと動きを止めた二人が嫌そうに振り返った。
ペトラはやっぱり学校に通おうかなと何食わぬ顔で態度を変えていたが、今度はフレアが肩を回し頬を寄せて言った。
「望むところよ。どんな地獄だろうと、真正面から跳ね返してあげるんだから。覚えてなさいよ、犬男!」
ペトラの肩を抱き寄せ中指をおっ立てたフレアが、ベーと舌を出して悪びれた。
品が悪いですよフレアさんとなだめながら、ペトラも同じように舌を出して中指を立てた。
「本当にコイツらときたら……。まぁいいさ、あとで泣こうが喚こうが、そいつは全部自己責任ってことで覚悟しとけよ」
額に手を置き、エミーネがふるふると首を振り天を仰いだ。
こうしてつかの間の休みの時間は、静かに過ぎていった――