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【143話】不穏な空気


「なんです、これは?」

「実は折り入って頼みがあってね。また仕事を手伝っちゃくれねぇかってな。今度はちゃんと謝礼も払うぜ」

「残念ですが間に合ってます。こうみえて忙しいの、私たち」

「そう邪険にするなよ。結構いいギャラ払うんだぜ、ウチの仕事は」


 フンと鼻で笑ったフレアは、胸元から先程手に入れた札束を出し、ピラピラと扇いで見せた。

 やめなさいフレアさん、はしたないですよと札束を隠したペトラは、朗らかな顔でモリシンの依頼を断った。


「随分とまぁ品がねぇことで……。しかしお前らだって、金はいくらあっても困らんだろう。話くらい聞けよ、悪い話じゃないと思うぜ」


 死んだ魚のような目で仕方なくモリシンの提案を聞くことにした二人は、椅子に深く腰掛け、ダラダラ背伸びしながら「でぇ?」と質問した。


「なんという不躾(ぶしつけ)な態度なんだテメェら……。まぁいい、とにかく聞け。実は今回の依頼は破格だ。悪いがお前が持ってるソレよりも、もっと何倍もいただけるかもしれねぇって代物だ」

「このお金よりもぉ?」

「ああ。なにせウチのお抱え貴族たっての依頼だからな。成功度合いによっちゃあ、それの10倍、いや、20倍はいただけるかもしれねぇな」

「20倍、ですって……?」


 フレアの目がキランと光った。

 釣れたと確信したモリシンは、さらにフレアが食いつくように畳み掛けた。


「しかも今回は、お前ら二人への直接的な依頼じゃねぇ。簡単に言えば、苦労せず金が手に入るって寸法よ」


 グッと前のめりになったフレアは、瞳を$マークに輝かせながら「条件は?」と聞いた。


「のってくると思ったぜ。こっちが要求する条件はただ一つ。……あの獣人のおっさんを貸してくれ。それだけだ」


 爛々(らんらん)と輝かせていたフレアとペトラの瞳が、腐りきった魚のような目に戻っていく。

 ケッと舌打ちしたフレアは、モリシンが置いた冊子をポーイと投げ捨て、シッシッと手払いした。ペトラもペトラで、長い耳に小指を突っ込みながら、ふぁ~と大きな欠伸をした。


「な、なんだよ、その反応は。良い条件だろうがよ」

「良い条件ですってぇ? むしろ逆、最悪よ、サ・イ・ア・ク。最低すぎる条件だわ」

「なんでだよ。あのおっさん、ここの従業員なんだろ?」


 不貞腐れて天を仰いだペトラは、「教えてやれよ」とフレアの肩を叩き、仕事へ戻っていった。

 意味もわからず難しい顔をしたモリシンは、もう一度同じ質問をした。


「残念な報告ですけど、アイツ、ほんっとに不服なんですが、ウチの()()()()なんですよね。残念ながら、犬男は私の管理下にはありませんので、直接本人にあたってください。ではわたくしは忙しいので、これで」


 数度だけ頭を傾け挨拶したフレアは、腰を叩きながら立ち上がった。

 しかし諦めがつかないモリシンは、フレアの腕を掴まえた。


「いや、ちょっと待て。オーナーだかなんだか知らないが、ちょっと頼むくらいいいだろ。なぁ、頼むって!」

「ムリよ。そもそもアイツが、アナタなんかの依頼を受けると思います? ……二秒で断られて終わりよ。()()()()()()って」


 なんだよそれと頭を掻くモリシンをよそに、ちょうどいいタイミングでイチルが事務所に戻ってきた。「おっ」と目を輝かせたモリシンは、ダメもとでイチルに仕事の依頼をした。しかし――



「二兆ルクス払うなら受けてやるぞ~。そうでないならクソめんどい。却下!」


 腹を掻きながらフレアの椅子に腰掛けたイチルは、少し眠るとモリシンの冊子を日よけのため顔の上に置き、居眠りを始めた。ほ~らと冷めた顔で手を振ったフレアは、仕事の工程表を確認するなり、道具片手に事務所を出ていった。


「んだよ……、話くらい聞いてくれたっていいだろうが、どいつもこいつもよ」


 舌打ちしてイチルの顔の上から冊子を取ろうとモリシンが手を伸ばした。

 しかし冊子はイチルの手によってガッチリと握られており、モリシンが「おい」と声を掛けた。


「放せよ」

「……お前、コイツはどこの国の話だ?」

「はぁ? 仕事を受ける気がない奴に説明する意味があるかよ」

「いいから言え、どこの国の話だ?」

「ちっ、……()()()()()だよ。んなこと聞いてどうすんだ、いいからさっさと放せ!」


 しかしガバっと起き上がったイチルは、冊子の隙間から覗く歯をにや~と怪しく光らせ、開口一番、意外な言葉を口にした。


「いいぜ、この仕事、()()()()()


「なにッ?! 本当か?」と声を上げるモリシンに背を向け、消え入りそうな笑みを噛み殺し、イチルは不敵に呟いた。


「俺ぁ本当にツイてるね。まぁさか、あちらさんから勝手に話を振ってくれるとはな。クックック、まーた面白くなりそうじゃねぇかよ」


 スックと立ち上がったイチルが大笑いしながら事務所を出ていった。

 なんなんだよと怪訝な顔をしたモリシンは、捨て置かれた冊子を拾いながら、途端に漂い始めた不穏な空気を察し、クシュンとひとつくしゃみをするのだった――


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