【140話】Sランク
場がシンと静まり返った。
昨日の今日ですぐ次の話かよと苦い顔をする子供たちをよそに、従業員であるウィル、ムザイ、ペトラの三名は当然のように頷いた。
「そんなことはわかっている。しかし幾つか問題が残っていたはずだ。貴様こそ、まさか忘れていないとは言わせんぞ?」
ムザイが反論するように口を挟んだ。
ピラピラと舞わせた紙をイチルに見せつけながら、未だ絶賛激おこ中のマティスからの伝言書を読み上げた。
「貴殿の申し出にありました当該ダンジョン購入におきまして、当行協議の結果、この度は融資を見送らせていただくことと相成りました。つきましては、早急にご相談の時間を頂戴いたしたく存じます。……だとさ」
フレアと同じように引きつった顔でアゴを引いたイチルが、ムググと口ごもった。
「それに、まだ他にも問題はある。まずはロディアのことだ」
泡を吹いて倒れていたミアを起こしながら、ムザイは未だ不在なままでいたロディアの名前を出した。
治療のため一時的に施設を離れているロディアは、もうしばらく時間がかかると連絡を受けており、ただでさえ少ない施設の戦力ダウンは明らか。新たな仕事に取り掛かるには、どう考えたところで人手が足りなかった。
「奴が戻るまで数日はかかる上、マティスのゴタゴタは、元はと言えば貴様の説明不足が蒔いた種だ。いつも全てをフレアさんに任せきりにするのは勝手だが、事この件に関しては、貴様が話をつけるのがスジだと思うが。違うか?」
ぐうの音も出ないほどに言いくるめられ、とにかく一度ドス=エルドラドの換金所へ行けと命令されたイチルは、仕方なくそれを了承した。
「ふん……、生意気な従業員どもめ。しかし忘れるなよ、三日だ、三日だけ特別に猶予をくれてやる。その間に全ての問題をクリアし、次へ進めるように準備しておけ。……ったく、またマティスに説教されんのか、面倒臭ぇなぁ」
ポリポリと頭を掻きながらイチルが地下を出ていった。ふぅと息を吐いた面々は、つかの間の平和なひとときに安堵しながら、一斉にドサリと座り込んだ。しかし――
「はいはい、皆さん聞いてください!」
今度はフレアが手を叩き、皆の注目を集めた。
「確かに数日の時間はできましたが、お仕事が止まったわけではありません。この時間で、これまで止まってた仕事を片付けてしまいましょう。ミアさんにウィルさん、それにリールの街の皆さんも、働かざる者食うべからずです。食べた分は、きっちり働いていただきますからね」
施設従業員(※バイト)として新たに雇われた子供たち30名を含む面々が「ハイ!」と返事をした。
すっかり経営者面だなと呆れ顔のペトラをよそに、残作業をパパッと書き出したフレアは、それらを各自に割り当て、「ではお仕事開始!」と手を打った。
フレアを残し、わーっと出ていく面々と入れ替わりで、また別の誰かが地下へ降りてきた。やぁと挨拶したのはザンダーで、出入りする人の波を見回しながら「イチルさんは?」と質問した。
「犬男はマティスさんのところへ行ってます」
「(い、犬男……?)そ、そっか、なら仕方ないね」
ザンダーの顔を見るなり、何かを思い出したかのように一つ手を叩いたフレアは、嬉しそうに言った。
「そういえば聞きましたよ、ザンダーさん。今回のことでSランクの冒険者認定を受けたって。本当におめでとうございます!」
ペコリとお辞儀し手を握る嬉しそうなフレアに恐縮し、頭を掻いたザンダーは、ハハハと苦笑いした。
「あ、ありがとう。そんな大したことではないんだけどね……」
「そんなことありません! 正式にギルドからSランクに認定された冒険者なんて、本当に数えるほどしかいませんし、犬男と違ってザンダーさんは礼儀も正しいですし、しっかりしてますし、それに、それに!」
興奮の色が隠せないフレアは、すっかりザンダーのファンになっているようだった。『イチル下げ』と『ザンダー上げ』を交互に被せながら、嫌味に皆を煽るイチルのモノマネをして笑いを誘った。
「ホント、犬男も少しはザンダーさんを見習ってほしいものです。今回のことだって、主の討伐も、モンスターの後処理も、ダンジョンの後処理だって、全部全部ぜ~んぶザンダーさんにしていただいたって話ですし、本当にご迷惑をおかけしました!」
改めてペコリとお辞儀したフレアに苦笑いで礼を言ったザンダーは、周りに誰もいないのを今一度見回してから、ふぅと息を吐いた。
ダンジョン内で起きたことは絶対に秘密というイチルとの約束を反故にすることができず、仕方なく自分が瓦礫深淵の攻略者であると報告することになってしまったザンダーは、誰にも本当のことを話せぬまま現在に至っていた。