【138話】祭りの後に…
二人の間の空間が、あまりの魔力量にねじ曲がり、畝り始めた。
魔力を真円にまとめたフレアは、小さな両手足を踏ん張り、浮かび上がった魔道具を空中で完全に静止させた。
待ち構えていたペトラは、真円にまとめられた魔力にさらに圧力を加え、魔道具を覆うエネルギーを少しずつ擦り込むように吸わせていく。すると魔力によって反作用を起こした魔道具は、数ミリごとに縮み、さらにその形状を小さく変化させていった。
頃合いをみて、フレアが腰にかけていたハンマーを握った。そしてヘッドの部分を残していた魔力で固め、真円だった魔力の壁を叩いていく。
叩かれた壁は次第にその色を変え、黄色から緑色、そして橙色へと移り、最後には光沢を放つ漆黒へと姿を変えた。
「形はこれでいい。あとは全部を圧縮して押し込むぞ、フレア!」
「うん、ペトラちゃん、手を貸して!」
フレアの腕を外側から覆い、二人の手が魔道具を円状に囲んだ。
七色の光が周囲へ飛び散り、あまりの眩しさに全員が目を背ける中、二人はひとときも目を離さず、全てを吸着させんと小さな塊に力を込めた。
光すら巻き込むように、圧縮された魔力が渦を巻き二人の手の中で蠢き唸りを上げた。傍らで息を飲んだゴルドフは、いざという時のため、すぐ動けるよう腕組みしたまま力を溜めていた。
圧力に押された魔力が吹き出し、結界内に暴風が吹き荒れた。しかし足の裏に吸盤でも付いているかのように身動ぎ一つしない二人は、いよいよ暴走寸前の魔力を子供の手のひらサイズにまで押え込んだ。
「グギギギ、やべぇ、腕が捩じ切れちまいそうだぜ、ハハッ!」
「うん! 私も身体が弾けちゃいそう!」
風に煽られ、初めて二人の身体が揺らいだ。
結界に手をつき、かじりついて見つめていた子供たちが「ああ!」と声を上げた。
しかし今一度腰を落とし「フン」と踏ん張った二人は、苦悶の表情どころか、自然と溢れ出る笑みを隠すことができなかった。
「……笑ってやがる。どうかしてんぜ、こいつら」
モリシンが頬を伝う汗を拭った。
一歩間違えば、暴走した魔力が弾け、諸共暴発し消失しかねない状況にも関わらず、二人は抑えきれない胸の高鳴りを動力に変え、最後の力を手袋に込めた。
黒に染まった魔道具が再び光を放ち、かと思えば、周囲の空気や重力すら吸い込み始めた。
いよいよここまでかとゴルドフの指先が動きかけるも、ひとり結界内に足を踏み入れたイチルが、指を横に振って止めた。
「ウギギギ、踏ん張れフレア、俺たちの全部、ここにのっけろ!」
「言われなくてもわかってる! ペトラちゃん、それじゃあ一気にいくよ!」
阿吽の呼吸で合図もなく、寸分違わぬタイミングで踏み込んだ二人は、まるで遊戯を楽しむ子供のように、無邪気に、そして力強く押し込んだ。
ギュンと音を立てた魔道具は、そのまま全てを飲み込んでしまいそうな禍々しい闇を発した。しかし飲み込まれそうな漆黒の闇を抱えた二人の両手は、漂う魔力の一粒一粒を掻き集めるように、いよいよ全てを小さな点に鎮めた。
「―― お見事 」
我慢できず、イチルが犬歯を覗かせながら呟いた。
これまで周囲を覆っていた暴風や雷光が嘘だったかのように、全ての動きがパンと消え果て、完全なる静寂が訪れた。
ハァハァと肩で息をしながら、互いに足を踏ん張り押し合っていた二人は、同時にバランスを崩し、抱き合うように膝を付いた。
「はぁ、はぁ、……ペトラちゃん?」
「あ゛あ゛あ゛、……フレア?」
最愛の誰かと抱き合うように、互いの指先の中に包まれた物を握りしめた二人は、声もなくそれを高く掲げた。その瞬間、ドッと沸いた子供たちが、一斉に駆け寄り二人に抱きついた。
結界を解除し大きく息を吐いたゴルドフは、何度も瞬きしながら、イチルの耳元で「ギリギリだったな」と囁いた。満足気に頷いたイチルは、「そうでもないだろ」と笑い飛ばし、ゴルドフ、続いてモルドフとガッチリ腕を組んだ。
「さ~て、ひとまずこれでミッションコンプリートだな。にしても腹が減った、ミア、それじゃあ盛大に飯の準備だ!」
「ええええ、これからまた準備するんですかぁ?!」
喜びに浸っていたミアが口から泡を吹いてひっくり返った。
ハハハと笑った一行は、しばしの余韻に浸りながら、祭りの後の一時を、和やかに、そして静かに過ごすのだった。
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