【137話】いよいよ最後だ
口内の空気を全て飲みつくし、エミーネが微かに笑みを浮かべながら言った。
「ウチの魔術院はね、彼らよりずっと小さな子供からウィルより少し若い子まで、多種多様な地域から集められたエリートたちが、日々切磋琢磨しながら魔法を学んでいるの。卒業していった中には、世界的に有名になった冒険者も沢山いるわ。だけど私が知る限り……」
「知る限り?」
「…………別格。これまで見てきたどの子より、あの子たちは別次元のところにいる」
「ははは、やっぱりそうかい? ……でも良かったよ、僕はあの二人の働きを見せつけられるたび、自分が本当にちっぽけに思えていつも凹んでいたからね。プロのキミから見てもそうなら少し安心したよ」
「幾つから魔法を学べば、あれほどの錬成技術が身につくというの。末恐ろしいわよ本当に」
「え? いつからって、彼女らはここ最近魔法を覚えたばかりだよ」
「最近? そんな、嘘でしょ?!」
「僕が知る限り、少なくとも数日前まで魔法の魔の字も知らなかったはずだよ。だけど、たった数日でここまで進化した。信じられるかい、僕は今にも目を回して倒れてしまいそうだよ」
ゴルドフの怒号飛び交う作業場で、誰もが息を飲み二人の姿を見つめていた。
声を掛けるでもなく、手伝うわけでもなく、ただ眺めることしかできない自分たちの無力さを感じながら――
「フレア! 表面の魔力が落ちてるぞ、もっと薄く強く保てよ!」
「簡単に言わないで! ペトラちゃんこそ、軸受け部分の形状、もっと丁寧に作ってよ!」
「うるせぇ、こっちも必死にやってらぁ!」
「私だってやってるよ!」
パンッと飛散した魔力が散り、夥しい光を放っていた一角に静けさが戻った。
頭に手を置きふぅと一息ついたゴルドフは、言い争いの絶えない二人に呆れながら、いよいよこぶし大にまでまとまり始めたフローメタルに視線を落とした。
「ようやく形状は見えてきたが……、ここからが正念場だな。こっからの作業は、ただただ膨大な魔力が必要になる。それをお前らが操れるかどうかが――」
ゴルドフが説教する間も口論を続けていたフレアとペトラは、周りの言葉も視線も一切受け付けず、極限まで集中しているようだった。
パンと大きく手を叩いたゴルドフは、強引に二人を振り向かせ、後ろで見守る面々の存在を知らせながら言った。
「と、まぁ正念場ではあるものの、盛り上がってるとこ悪いが少しばかり休憩だ」
「なんでだよ、今一番いいとこだろうがよッ!」
「そうですよ、もう少しでコツが掴めそうなんです!」
「ったくよぉ……。ガキども、お前ら少しは周りのことも考えろ」
ゴルドフが疲労困憊で横になった面々を指さした。あれだけ無駄口の多かった者たちも、今や誰一人口を開こうとはせず、無尽蔵に湧き出すような二人のエネルギーに圧倒されているようだった。
「肝心の魔力を分配する姉ちゃんがあの様子じゃあ、どちらにしろ作業は一旦ストップだ。お前らも少し安め、もう丸数日ぶっ通しだろうが」
ウィルの顔が露骨に引きつり、ほとんど休憩もとらず作業してきたと自慢するつもりだった自負心がボロボロと崩れた。そんなことなどお構いなしに、ブンブン腕を回したペトラは、有り余るやる気と向上心を誰にも発散することができず、恨めしそうに貧乏ゆすりをするばかりだった。
「あー、もうジッとしてられねぇよ。よしフレア、俺たちだけでも完成させられるように進めようぜ」
「そうだね、やろう!」
聞く耳も持たず作業を再開しようとする二人を止めようと、ゴルドフが手を伸ばした。しかしその腕を、また別の誰かがスックと止めた。
「ここで止める奴があるかよ。なんならもっと速度あげろ、だよなぁお前ら?」
ゴルドフを止めたのはイチルだった。
満身創痍のムザイやロディア、そしてザンダーを連れて戻ったイチルは、持ち帰った沢山の荷物を作業場の端へ放り投げ、部屋の隅で目を回し倒れていたミアを強引に叩き起こした。
「フエッ?! お、オーナー!!?」
「ボーッと寝てる場合か。こいつらよりお前が先にヘバッてどうする。シャキッとしろシャキッと」
回復術で回復した子供たちとモリシンを集め、いよいよ全員集合した面々の一人ひとりを流して見渡したイチルは、不敵に数度頷いた。
目の前の獣人の異常さをようやく肌で理解した全員は、恐れなのか、それとも心の奥底から湧き出すような衝動なのか、自然と息を止めて男の言葉に注視していた。
「いよいよラストだ。気合い入れろよ、野郎ども」
イチルがザンダーの肩に手を置いた。
「ザンダー、悪いがお前にも最後まで付き合ってもらうぜ」
「ええ、ええ。もうなんでもやりますよ。どうせもう、ウチの職場もなくなっちゃいましたし!」
頷いたザンダーは、ロディアを背負ったムザイの肩に手を置いた。そしてムザイはウィルの肩に手を回し、ウィルはエミーネの手を握った。
そうして各々が一つの輪になり、中央に陣取ったミアがふぅぅと息を吸い込んだ。目線でタイミングを取りながら一斉に魔力を開放した面々から、ミアが搾取を使い一気に吸い上げていく。
「全部出しきれよ、これで最後だ!」
雷に撃たれた白骨死体のように毛羽立ったミアの身体が恐ろしいほどの魔力に覆われて浮き上がった。
どうやらもう意識を失っているのか、それはそれは恐ろしい目にあったような顔で涎を垂らし白目を剥いたミアは、全員分の魔力を蓄えたまま作業場の中央で神々しく光り輝いた。
真横に並んだフレアとペトラは、互いに唇を噛み締めながら一歩踏み出すと、浮かび上がったミアへ手を伸ばした。神が力を分け与えるように、手袋に魔力が伝達し、バチバチと唸りを上げながら全ての光が二人の元へと渡った。
二人がメタルの前に立った。
ゴルドフは精根尽き果てて座り込んだ面々に親指を立ててから、周囲へ被害が及ばぬよう、二人と自分だけを囲う結界を張り、盛り盛りにバフをかけ準備した。
「加減はいらん。思うまま、全部をそいつにぶつけろ。ケツは俺が拭いてやる」
腕組みしたゴルドフが呟いた。
頷いた二人は、メタルを挟んで対面に向き直り、いよいよ互いの腕を同時に掲げた。
「―― いくよ!」
「―― 腕が鳴るぜ!」