【136話】可愛らしいバケモノ
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プハァと息を吐いたウィルが、大の字になって倒れた。
同じように性も根も尽き果て壁にもたれて座ったエミーネも、呼吸することすら辛そうに、薄目を開けたまま項垂れていた。
「随分と無茶したようだな。ほれ、ウチで作った純水だ。飲むといい」
ありがとうと礼を言ってコップを受け取ったエミーネに対し、品の欠片もなくコップを奪い去りガブガブと飲み干したウィルは、サウナに入ったジジイのように唸り声を上げた。
「そろそろタイムリミットだが、……どうやら目処はたったようだな」
モルドフがエミーネに聞いた。少しだけ微笑んで頷いたエミーネは、できあがった魔道具の欠片をモルドフに手渡した。
「ふむ。俺ぁ魔道具のことなどこれっぽっちも知りはしないが――、コイツが良いデキだってことくらいはわからぁ。いわゆる会心のデキってやつだな」
「当たり前さ!」と口を挟んだウィルが指を立てた。
「迷惑かとは思いましたが、ミアさんが担当されていた一部機能もこちらで補填させていただきました。何か問題ありますか?」
エミーネの質問に、モルドフが俺は知らないと答えた。しかし、
「あの様子じゃあ、ミアとかいう嬢ちゃんはそれどころじゃあなさそうだからな。それくらい気を回したところで、文句言う奴ぁどこにもいねぇよ」と付け加えた。
力を使い果たし、動かない身体をどうにか持ち上げた二人は、モルドフとともに保管庫を出た。そして未だ音が続いているゴルドフの作業場に入った。
「おぉらペトラ、テメェ、また左手の形成が疎かになってんぞ、集中力切れてんじぇねぇのか、えぇ?!」
すぐに聞こえてきたゴルドフの激に、ウィルの背筋が自然と伸びた。
物々しい雰囲気の室内は、ゴルドフ以外誰の声もなく、作業するフレアとペトラの発する音だけが響いていた。
あれだけうるさかった子供たちの声も、愚痴をこぼすミアの泣き言も、文句を言うモリシンの小言も、何一つ聞こえてはこなかった。
「おかしいね、もう彼らは帰ってしまったのかい?」
無造作に作業場へ踏み込んだウィルは、すぐに自分の言動が間違いだったことに気付く。
その証拠に、作業場でウィルが目撃した惨状は、あまりにも鮮烈なものだったからだ。
「ヒィィ、死体が転がってるぅ?!」
ウィルが死体と勘違いしたのは、全ての魔力を吸い尽くされ、力なく横たわる子供たちの姿だった。
食べては吸われ、食べては吸われを繰り返し、無限だと自負した子供たちの胃力も呆気なく限界を迎え、あえなく返り討ちの目にあっていた。
隣では精力まで吸いつくされたようにモリシンも項垂れ座っていて、あまりの異常さにウィルは言葉を失った。
「ちょっと、これどうなってるんですか。子供たちにミアさんも、みんな大丈夫なんですか?!」
目は開いているものの、動くことすらしない子供たちに駆け寄ったエミーネが口を挟んだ。しかし獣のような眼で睨みつけたゴルドフが、「黙ってろ」と一喝した。
「よぉやく掴んできてんだ、この最高の時間を邪魔してくれんなよ。あんたも、どこそかの研究者ならわかんだろ?」
激しい光に覆われる中、作業を続ける子供たち二人の後ろ姿を目撃し、エミーネは思わず口を噤むが、その生命すら燃やしてしまいそうな神々しい輝きに黙っていられず、無言で手を伸ばしていた。しかしその手を掴んだウィルは、首を横に振り、エミーネを抱えて壁際に腰掛けた。
「ちょっと、何するのよウィル?!」
「多分だけど、今僕らが口を挟めば、一生彼女らに恨まれることになると思うんだ。僕はまっぴらごめんだよ。ペトラちゃんだけならまだしも、フレアさんは本当に恐いからね」
軽口のように言うウィルに反論しようと横顔を窺ったエミーネは、男のあまりに真剣な表情に驚き、自然と言葉を飲み込んだ。どうやら倒れている子供やモリシンたちも同じで、二人がずっと必死に足掻いている前で、自分だけが弱音など吐いていられるものかという意地のようなものが部屋中を覆っていた。
「……わかったわよ。だけどみんなを回復させるくらいは許してよ。私、倒れて苦しんでる人を見捨てられるほど落ちてないの」
乏しい魔力ながら、子供たちに回復術を唱えて回ったエミーネは、その間も恐ろしいほどの魔力を扱って作業し続ける異質な存在を目尻の端に見つめていた。
見た目からして10歳やそこらの子供が放つ魔力量などは遥かに越え、エミーネ自身ですら尻込みするレベルの熱量に息を飲む。所属する魔術院にも若く有望な生徒は腐るほどいたが、その誰もが目の前の二人の足元にも及ばないことを肌で感じていた。
「ねぇ、ウィル……。あの子たちは何者なの」
抑揚のない沈んだようなトーンでエミーネが聞いた。
ウィルはフフと少しだけ笑ってから、額の汗を拭いながら答えた。
「……ウチの可愛らしいバケモノ、かな」