【135話】オバさんくさくて何が悪い
「犬男だー、犬男の奴が格好いい腕輪をやると僕にくれたんだぁー!」
これ以上なく大口を開けて呆れたエミーネは、額を押さえ、ふらつく頭をもたげて息を吐いた。
「そんな初歩的なこと、もっと早く気付きなさいよ……。どれだけヌケてるのよ、まったく!」
「ムグググ、犬男の奴め、よくもこの僕を騙してくれたな。二度、いや、三度、いや四度? いや、五度? 六度ならず七度までも!」
怒りに湧く頭をメラメラ滾らせたウィルは、この苛立ちをどこにぶつけようと足踏みした。しかしエミーネは、ウィルの腕を掴んで言った。
「これ以上、無駄な魔力を使わないで。……言っておくけど、これからが本番よ。その溜まった鬱憤、これからいくらでも吐き出させてあげる」
腕輪を付けたまま、ひとしきり魔力の動きを確かめたエミーネは、自分でその効果を確かめながら、外しては魔法を唱え、また取り付けては魔法を唱えた。そして心配そうに見つめるミアに礼を言い、一つの結論を述べた。
「どうやらこれは魔力矯正用の魔道具みたいね。正しい魔力の使い方をした時にだけ、正しくスキルや魔法を使うことができるみたい。もともと適度に使い慣れていた凝視は問題なく使うことができて、日頃使うことのなかった魔法が出せなかったのも頷けるわ」
「うぐぐ、そういう理由か。犬男め、またこの僕を騙してくれたな!」
「だけど裏を返せば、スキルや魔法を正しく使う癖を付けるために、わざわざ矯正させようとしてくれていたのかもしれない。私が見たところ、アナタは行動の全てが無駄だらけだし、そう思われても仕方ないかもね」
ハッキリ言葉にされズドーンと落ち込んだウィルは、膝を付き涙を流して項垂れた。
そんなに凹まないでよと肩をたたいたエミーネは、「でも……」と言葉を付け加えた。
「そのおかげで、ちょっと面白いことが起きてるみたい。ミアさんに聞きたいんだけど、ミアさんから見て、ウィルのことをFランクの冒険者としてどう感じていました?」
抽象的で漠然とした質問を受け、ミアの頭上に八メートル大のはてなマークが浮かんだ。慌てたエミーネは、さらに噛み砕き、簡単に聞き直した。
「み、ミアさんはウィルの強さをどれくらいだと思っていますか?」
「ウィルさんの強さですかぁ? う~ん、以前聞いた時は、単独でスピットキャットを狩れるくらいと言ってましたから、やっぱりFくらいでちょうどかなぁと」
冒険者教本に書かれた一頁の目安を思い浮かべて言ったミアは、やっぱりFランクで正しいと思いますと付け加えた。シュンとさらに肩を落としたウィルの背中に手を置いたエミーネは、少しだけ苦笑いを浮かべながら言った。
「そう、確かにほんの少し前までは、Fランクに毛が生えた程度だったんだと思う。だけど私の見立てでは、ウィルはC……、いえ、Bランク程度の実力があるはず。あくまで私の見立てだけどね」
ウィルの作り出した氷に触れたエミーネは、少しも溶けることなく強固に保たれている様に驚きながら、自分の中で揺らいでいたウィルの認識を180度改めた。
「ウィルの言葉に嘘はなかった。だとしたら、私の頭の中にあるものは必ず実現できる。……だけどここから先、もう冗談はいらないわ。これ以上、無駄な力を使っている余裕はないよ。準備はいい?」
エミーネの言葉にゾクッと背中を震わせたウィルは、大丈夫と頷いた。時を同じくして、作業場からいなくなっていたミアを探しにきたロイが、保管庫の中を覗き込んだ。
「おーい、ミア姉ちゃん。そろそろ飯の用意……、うわ、なんかスゲェな。壁ボロボロだし、全部凍ってんじゃん。おっさんに怒られても知らねぇぞ」
ハハハと苦笑いを浮かべるウィルの顔に頬を寄せたエミーネは、「あとで一緒に謝ってあげる」と不敵に笑い、首根っこを掴まれロイに連れられていくミアに手を振った。
ゴルドフに借りた道具の数々を並べ、氷のせいで冷える部屋の中央に巨大な陣を描いたエミーネは、あらかじめ調合しておいた材料を並べ、自らのスキルと魔力でそれらを一つの化合物に混ぜ合わせていく。
七色に混ざり合い、真円となって宙に浮いた玉は、エミーネの魔力によって外圧を受け、規定のサイズへと変貌を遂げていった。
「す、凄いよエミーネ。やっぱり僕が見込んだ女性なだけのことはあるよ」
「話しかけないで……。今は魔力のコントロールに全てを集中させたいの」
空中でうねうねと姿を変えながら小さくなっていく玉は、次第に角張り、光沢を帯びた箱のような形に変わった。そして最後に熱を帯びた箱は、ジュウと熱を上げる真っ赤な塊となり、冷えていた部屋全体を暖かく照らした。
「ウィル、私が合図したら、この部品を全力の冷気で覆って!」
「え……? でもそんなことをしたら部品が壊れて――」
「大丈夫。私だって、そんなヤワな女じゃないんだから。いいわね、全力でやるのよ!」
ゴクリと息を飲んだウィルが不格好に両腕を突き出し、「いつでもいいよ」と合図を出した。熱で壁の氷が溶け落ちるほど気温が上がったタイミングを見計らって、エミーネが「今よ!」と叫んだ。
「どうなっても知らないからね。冷気!」
ウィルですら想像がつかないサイズの巨大な氷柱が部品を包み、急激に発生した寒暖差によって保管庫内に突風が立ち昇った。それでも気が狂ったように腰を据えて魔力を加え続けるエミーネに対抗し、ウィルも負けずに冷気を詠唱し続けた。
二重、三重に重なった氷が、恐ろしい熱を放つ小さな部品を冷やしていく。しかし熱も負けじと氷を溶かし、一進一退の攻防を繰り返した。
いよいよ魔力が尽きかけ、ガクンと左膝を地面に付いたエミーネは、歯を食いしばりながら、「あ゛あ゛あ゛!」と叫んだ。心配したウィルが声をかけるが、「いいから手を抜かないで!」と一喝され、さらに魔力を強めた。
そうして数分が経過した時だった。
プスンと音を立てたように魔力が途切れ、気絶するようにエミーネが前のめりに倒れ込んだ。
慌てたウィルが駆け寄ろうとするも、どうにか顔だけを起こしたエミーネが息も絶え絶えに言った。
「今よ、最大まで魔力を強めて、一気に冷やしなさい!」
足を止めたウィルはコクンと頷き、持ち得る全てを込めて冷気を唱えた。
保管庫の天井を突き破り、絶対零度を思わせる氷の柱が魔道具を覆い尽くし上昇していく。すると魔道具は、全てを蒸発させるほどだった熱を一気に発散させ、巨大な氷の冷気をみるみるうちに吸収し飲み込んだ。
パンッという乾いた音が保管庫内に響き、これまで周囲を覆っていた熱や冷気が一瞬にして消えた。浄化されたように軽い空気がパァッと広がり、重苦しかった室内の雰囲気を変えていく。
細糸で吊り下げられたように空中を漂っていた小さな魔道具は、何もなかったかのように全ての外力を失い、コロンと地面に転がった。シンと静まり返った魔法陣の中央で膝立ちになったエミーネは、ウィルに目で合図し、小さな魔道具を拾わせた。
「……これは?」
「いわゆるウィルの代わりに働いてくれる道具の原型よ。今できる最大限の力を込めてあるから、リミットは私たちに出せる力の限界まで。だけど、その範囲で様々な機能を持たせることができるわ」
「こんな小さな魔道具でかい? ……とても信じられないよ」
「と言っても、まだ箱が完成しただけよ。これからそこにウィルの能力をコピーして、自動で制御できるように調整していくんだから。これから丸一日、一秒たりとも遊んでいる暇はないよ。私だって忙しいんですからね」
パンとウィルの尻を叩いたエミーネは、それじゃあ再開しましょうかと腰を叩きながら立ち上がった。「オバさんくさいねぇ」と呟いたウィルの腰横を肘でぐいと突いたエミーネは、回復薬をこれでもかと振りかけてから、「よっしゃっ!」とらしくもなく、自分を鼓舞して叫ぶのだった。