【134話】誰かとの約束
「……出るじゃない」
「……出たね」
「……出ないんじゃなかったの?」
「……いや、そのはずなんだけどね、ハハハ」
背後からウィルの腕をグッと掴んだエミーネは、耳元へ顔を寄せた。
「どういうことなのかしら。事と返答によっては、本当に殴るわよ」
「ヒィィ、い、今のはじょ、冗談でもなんでもなくて……」
「もう一度やってみなさい。早く!」
背筋を伸ばしたウィルは、今度は怯えながら魔力を動かした。しかし心が揺れて安定せず、また指先へ到達することなく掻き消された。
「今度は出ない。さっきとの差は何……?」
一旦ウィルから離れ、研究動物でも窺うように凝視したエミーネは、続いて自分の荷物の中から専用の魔道具を取り出し、右目に取り付けた。
「もう一度、同じように火弾を使ってみて」
言われるまま火弾を使うが、適当に放った魔力は簡単に掻き消された。
「流れが突然分断されてる。今度はさっきみたいにもっとゆっくり試してみて」
最大限に丁寧に、ゆっくりと魔力を動かしたウィルは、より確実に火弾を唱えた。すると今度は分断されることなく、最後は排便でもするかのようにボトリと炎が落下した。
「今度は出た。……あれ?」
そうして繰り返し魔法を唱えさせたエミーネは、ある一つの仮説に辿り着いた。
どうやら魔力が腕を通過する辺りでウィルの中で異変が生じ、なんらかの問題が発生しているのではないかというものだった。
「魔力を分断するスキルがあったとして、それほどピンポイントに長時間制御し続けるのは無理がある。かといって魔法が使えないわけでもなく、使うことができるスキルや魔法も存在している。どういうことなの、意味がわからない」
背を向け苦心するエミーネと一緒に首を捻って悩むフリをしたウィルは、少し暑くなってきたねと冒険者用のアームカバーを外した。わざとらしく悩むウィルの顔を見て、ミアがプッと吹き出した。
「な、何が可笑しいんだいミアくん?!」
「だってウィルさんが真面目に考えてるなんて面白いじゃありませんか」
「僕だって、たまには真面目に考えるさ!」
ビシッと指をさしさし忠告するウィルをハハハと軽く笑い飛ばしたミアは、そこで気付いた疑問をウィルにぶつけた。
「あらら? ウィルさん、それ格好いい腕輪ですね。また無駄遣いして買ったんですかぁ?」
「お、気付いたかい。なかなか格好いいだろう? 僕もお気に入りなのさ~」
「良いですねぇ、女の子でも似合いそうだし羨ましいですぅ♪」
「なんなら少し付けてみるかい。貸してあげるよ」
へらへら腕輪をミアの腕に付けたウィルは、嬉しそうにはしゃぐミアを横目に、それにしてもと項垂れた。このままでは魔道具の開発どころか、他の仕事にも支障が出てしまいかねない。魔法やスキルの使えない冒険者など使いみちがなく、最悪の場合、解雇という結論にもなりかねなかった。
「このままでは本当にクビになってしまうよ。僕はどうしたらいいんだい、ロディア。簡単な火弾すら出せないなんて、僕は――」
ガクッと肩を落とし、項垂れながら何気なく火弾の魔法を唱えたウィルは、がっかりした気分を振り払うように、少しだけ踏ん張って強めに炎を放った。するとこれまでとはまるで違う勢いで流れた魔力が具現化し、巨大な炎の塊となって放出され、保管庫の壁を突き破り、さらに地下の壁を貫通した。
耳を劈くようなけたたましい音に驚いたエミーネとミアが首をすくませた。
ウィルの火弾を見ていなかった二人は、また何か変なことが起こったのではないかと、目の前に開いた大穴を前に身構えた。
「また敵ッ?! 今度は一体何!!?」
エミーネが距離を取り、慌てて杖を構えた。しかし目の前で起きたことが信じられないウィルは、自分の手のひらを見つめたまま、開けっ放しの口のことすら忘れて呟いた。
「いや、多分だけど、敵じゃないと思う……」
「だったら今の衝撃は何?!」
「いや、ちょっと待って。僕も混乱してるんだ。ちょっとだけ待ってくれないか」
ウィルは止まらない動悸をどうにか沈め、三度深呼吸してから、今度は少しだけ弱めに冷気を唱えた。するとこれまでとは比較にならない勢いで指先から氷の柱が放出され、穴の開いた保管庫の壁を絶対零度の氷が覆い尽くした。
「どういうこと? 今の、冷気の魔法よね」
エミーネの質問に答えることなく自分の両手を見たウィルは、身体の底から湧き上がるような魔力の胎動に困惑し、何度も自問自答を繰り返した。今のは本当に自分がやったのかと何度も目の前の氷を見直してから、くるりと振り返り何気なく言った。
「なんだか知らないけど凄いんだ。身体の奥底から、これまで感じたことのない力が湧いてくるんだよ。なんだろうコレ?!」
驚いて腰を抜かしガタガタ震えていたミアのことなど忘れてエミーネの手を握ったウィルは、魔力が戻ったと喜んだ。しかし目の前の事実が理解できないエミーネは、新たに浮かんだ仮説のもと、今度はミアの腕をガシッと掴んだ。
「な、なんですかぁ?! 痛いことはやめてぇ!」
「いいからその腕輪を貸して。早く外しなさい!」
ミアの腕から腕輪を剥ぎ取ったエミーネは、それを自分の腕に付け、火弾を唱えた。すると、か細い炎がポンと出ただけで、またすぐに線香花火のように消えてしまった。
「……ウィル。アナタ、この腕輪をどこで手に入れたの?」
「その腕輪かい? ええと、どこだったかな……。ええと……」
指を折り曲げながら過去の記憶を辿ったウィルは、ダンジョンに落とされたところまで記憶をバックさせ、その直前にしたイチルとの会話を思い出した。
『 お前はこれからコイツを常に腕に付けておけ。何があっても絶対外すなよ(※45話参照) 』
ウィルが「あああ!」と叫んだ。