【131話】喋りすぎだ
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「おいおい、そんなへっぴり腰でカンカンやってて、いつになったら完成するんだ。えぇ?」
嫌味を言うため戻ってきたゴルドフが、頭の大きさほどありそうな骨付き肉にかじりつきながら言った。山のまま積み重なったフローメタルの塊は、一つの変化もなく、ただありありと存在感を見せつけ佇んでいた。
「んなこと言ったってよぉ。このツルツルのやつ、叩いても殴っても、うんともすんとも言わねぇじゃん!」
ハンマーを放り投げたペトラは、もう無理と大の字に転がり目を瞑った。その隣で息も絶え絶えなフレアは、白んだ目を擦りながら、なんの進展もない状況を憂うしかなかった。
イチルが工房を出てから丸一日が経過し、残す時間はついに一日を切っていた。片やウィルやエミーネは順調に作業を進めており、個々のスキルによって差が生じるのは仕方のないことだった。
「ガキの玩具作ってんじゃねぇんだぞ。お前らは歴戦の職人ですら困難な課題に取り組んでることを忘れるな。ほれ、休憩してる暇があるなら動け!」
横になっていたペトラを強引に引き起こし、尻をバンと叩いた。痛みで飛び上がったペトラは、「この馬鹿力!」と充血した目を近付けてゴルドフを睨んだ。
お昼寝タイムに突入した子供たちがグースカ寝息を立てる中、仕方なくハンマーを握ったペトラは、手袋に魔力をまとわせハンマーを打ち下ろした。ガツンという衝撃の割に手応えのない見た目は変わらず、どうしても目標の大きさまで縮めるのは難しそうだった。
「なぁフレア、やっぱこのまま闇雲に叩いても無理だぜ。このメタルの山を小指一個分まで小さくしろなんて、不可能に決まってんだろ」
チラッとゴルドフの様子を確認するも、サッと明後日の方を向いて誤魔化すゴルドフに苛つきながらペトラが言った。
「うん。……あの、ゴルドフさん。一つだけ教えてください」
「内容によるな」
「フローメタルの錬成は、本当にこのハンマー一つでできるのですか?」
「さぁね、だが少なくとも俺は使うね」
また意地悪く答えたゴルドフは、それじゃあせいぜい頑張れとゴロンと横になってしまった。
どうすることもできず、ただ魔力を込めて叩くしか方法のない二人は、自分たちより背の高いメタルの山を見上げ項垂れるしかなかった。
シンと静まり返った場の空気に耐えられず、ずっと腕組みしたまま二人を眺めていたモリシンが、わざとらしく咳払いをした。そして前置きするように、背を向けて横になったゴルドフに質問した。
「おいおっさん、俺が横から口を出すのはご法度かい?」
背を向けたまま「好きにしな」とだけ答えたゴルドフは、ものの数秒でいびきをかき始めた。どんな特殊能力だよと呆れるペトラをよそに、立ち上がったモリシンは、初めてフローメタルの山に触れた。
「お前ら、このフローメタルって物質の特性を知ってるか?」
二人は顔を合わせてから、首を横に振った。
「フローメタルってやつは面白い金属でな。加える魔力やスキルによって、様々な機能を付与できる代物なのさ。扱う者の腕が良けりゃ、普通じゃ想像もつかねぇもんができあがることもある」
背中から外した自分の剣を山の縁に立て掛けたモリシンは、二人を前に立たせ、明らかに性質の違う二つを比べてみろとアゴで指示した。
「比べるって……、メタルと、この剣をですか?」
「ああ。信じられないかもしれねぇが、コイツもフローメタルを使って打たれたものだ」
「え、嘘でしょ?! こんなに色が違うのに!」
鞘から抜いてみていいかと尋ねたフレアは、改めて剣を取り出し、メタルの横に並べた。以前にも見たモリシンの剣は、ブレードはフローメタルが放つシルバーとはかけ離れた青紫色に近い光沢を放ち、とても同じ素材で作られているとは思えなかった。
指先でコンコンと弾いてみたペトラは、まるで異質な二つの感触に眉をひそめた。ただ固く冷たいだけのメタルに対し、モリシンの剣はどこか弾力があり、柔らかさすら感じさせた。
「いーや、これはぜってぇ違うね。同じ素材なはずがねぇって!」
「そう言われてもな。コイツは間違いなく同じ素材でできてる。この目で打つところを見ていたんでね」
しかし未だ信じられないフレアは、許可も取らずハンマーで剣の一部を叩いた。無許可で叩くなよと目を見開くモリシンをよそに、反響するブレードに耳をつけたフレアは、あまりに違う性質の違いにどうしても納得いかなかった。
「ですが、素材の柔らかさや密度まで違うなんて信じられません。お父さんが書いた素材の加工表にも、メタルの柔らかさを変えられるなんて書いてませんでした!」
「それは一般的な職人がやる通常加工の話だろうよ。そんなことは俺も知ってる」
フローメタルの質量とは明らかに異なる重い剣を持ち上げたモリシンは、わざとゴルドフに聞こえるように独り言を言った。
「お前らは、どうしてここまで冒険者と職人の分業化が進んでると思う。一般的な話をすれば、強い冒険者ほど、扱う魔力、魔法、スキルの精度も比例して上がっていく。言い換えりゃ、一撃の威力も比例して上がるってことだ。……なのに冒険者は魔道具開発を自分でやらねぇ。おかしいと思わねぇか?」
モリシンの言葉を聞き、フレアがハッと何かに気付いた。そして自分が握っているハンマーに視線を落とし、自分たちがしようとしていた矛盾に気付いた。
「ホントだ、おかしいよペトラちゃん」
「おかしい? 何がだよ」
「だってそうでしょ、今まで私たち、叩いてメタルを小さくしようとしてたよね?」
「そりゃそうだろ。こんなデカいの、叩いて潰すしかねぇじゃん」
「だから、それがおかしいの!」
そこにきてようやく気付いたペトラも、「あっ」と言葉を漏らした。
ふぅと息を吐いたモリシンは、喋りすぎだとウズウズするゴルドフの後ろ姿を一瞥し、へいへいと再び定位置に腰掛けた。