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【130話】それもまた運命


 全身の汗腺を開き、汗に混ぜ、内に溜めていた魔力を一気に放出する。

 恐ろしい速度で放たれた赤色の粒は、まるで弾丸のように全てのものを貫通し削っていく。


 壁や地面も関係なく、無作為に破壊していく赤い弾丸は、逃げ場なく全方向へ飛散した。ならばと右手を掲げたイチルは、分厚い傘のような形をした盾を作り出し、正面からくる全ての弾を弾き飛ばした。



「あ、危なかったッ! いきなりなんて攻撃をしやがるんだ。ザンダーの盾が一瞬遅れてたら、私たち全員蜂の巣だったぞ」


 間一髪で攻撃を躱した後方の三人を横目で見たイチルは、そいつらのことは頼んだぞとザンダーに親指を立ててから、反転し空気の壁を蹴った。しかし続けざま、再び無作為な弾丸を発射させたフロッグは、イチルを絶対に接近させじと、さらに弾の数を増やして撃ち込んだ。


「なんて数なんだよ。これだけ離れているのに、僕じゃあ防ぐだけで精一杯だ!」


 ガリガリと削られていく盾を必死で押さえたザンダーを尻目に、ひらひらと傘を片手に距離を詰めていくイチルは、いよいよゼロ距離に到達し、ぬるつくフロッグの肌に斬りかかった。

 右手手刀で皮膚の一部を(えぐ)ったイチルは、それをまた別の小瓶に詰めて封をした。


 鼻の頭に立ったイチルを狙って、フロッグが巨大な口を開いた。地面が揺れ、おっととバランスを崩すイチルへ向け、触手のような数百の舌が全方向から襲いかかった。しかしイチルは上目遣いに全ての動きを読み切ると、迫りくる全攻撃を見事に払い、避けてみせた。


「バカな……、あの至近距離で、あれだけの攻撃を(さば)けるわけが……」

「でも、……あれがイチル・イチベの真骨頂さ。誰が相手でも、スピードで負けることは絶対にない。どんな攻撃も、当たらなければ意味がない。……師匠の口癖だよ」


 最後に一本伸びていた触手の先端を切り取り、同じように小瓶に詰めたイチルは、採取はこれくらいでいいかと後方回転し、口内から脱出した。


「さて、あとはどう倒すかだが……。ところでコイツ、味の方はどうなんだろうか?」


 フロッグの唇を指先で抉ったイチルは、攻撃を躱しながら匂いを嗅ぎ、「うぇぇ」とえずいた。

 アンモニアや硫黄化合物のような腐った強烈な匂いの肉など食えたものかと、すぐに頭を切り替え、ほんの(わず)かに残っていた穴底の足場に着地した。


 怒りに震えるフロッグは、大口を開け、全身を痙攣させながら奇声上げた。

 耳を折り曲げて顔をしかめたイチルは、そろそろ頃合いかと腕組みした。


「これだけの年代モノだからな、色々使いみちも考えてみた。……が、どうにも思いつかん。ということでもう結構。これ以上は時間の無駄だ」


 粘液、汗腺、舌と、持てる全てを使って攻撃を仕掛けたフロッグは、執拗にイチルを強襲し続けた。

 しかしまるで緊迫感なく全てを捌き切ったイチルは、絶対的な実力差を魅せつけるように少しずつ距離を詰めると、最後に巨大な口の下に身体を捩じ込んだ。そして思い切り握り込んだ右の拳をアッパーカットの要領で振り抜き、フロッグの首元へ叩き込んだ。


 グチャンと避けた肉が弾け、初めてフロッグの身体がよろめいた。しかしフロッグもすぐに頭を落とし込んで反撃を試みた。しかし……



「 我にひれ伏せ、愚か者め♪ 」



 いつかの誰かを真似し、魔力で作り出した緑色の短刀を逆手に握ったイチルは、目の前に迫ったフロッグのパーツ全てを細切れに刻んでいく。


 相手がどれだけ巨大でも、刻んでしまえば大きさのアドバンテージは消えてなくなる。

 目につく全てを刻みながら、まとめてアゴの骨を一刀両断したイチルは、魔力を溜めていた左の拳を巨大化させ、ちぎれかけていた下アゴをむんずと掴むと、ゴキゴキと握り潰しながら壁へと放り投げた。


 (おびただ)しい紫色の血が吹き上げ、フロッグが悲鳴を上げた。その凄惨すぎる光景に、ザンダーを始めとする三名も、言葉なく呆然と見つめていた。


 アゴがなくなったことで、ぽっかりと下半身への導線が露わとなり、左手を通常サイズに戻し腰に体重をのせグッと肘を引いたイチルは、ふぅぅと息を吸い込みピタリと止めた。

 そして空手の正拳突きを思わせる所作で(たい)を捻り、頭と身体のバランスが悪いフロッグの中心へと撃ち込んだ。



 ―― 一瞬の空白があってから、何かが弾けるようなパンッという音が轟いた。


 バックステップ一足で壁まで戻ったイチルは、「一本」と呟いてから、十字を切りながら押忍と礼をした。


「え、何が起こった――」


 ロディアの言葉を追うように、再び音が散った。

 爆発するように弾けたフロッグの身体が飛び散り、肉片が四方八方へこびりついた。

 まるで爆ぜた風船のように破片がちぎれ飛ぶ光景は目を疑うばかりで、肉を避けることもせず正面から受け止めた後方の三人は、あまりにも現実離れした男の実力と所業に息を吸うことすら忘れていた。


「一丁上がり。……にしても、やっぱコイツの肉、臭いな」


 服にこびりついた腐臭をクンクンと嗅ぎ、「うぇぇ」とえずいたイチルは、下半身だけを残し、少しずつ消えていくフロッグの上でザンダーに合図を出した。もう降りても大丈夫という意図を汲み取り、恐る恐るイチルと少し離れた場所に着地したザンダーは、首を横に振りながら、脱帽ですよと天を仰いだ。


「あれから少しは近付けたかなと思ってましたけど、どうやらまだまだみたいっすね。はぁ~あ、ちょっと凹んじゃうな」


 ザンダーの言葉に謙遜したイチルは、何かを思い出したかのように、消えてしまいそうなフロッグの喉奥へと手を突っ込んだ。グチュという嫌な音に顔が歪んだが、それも仕方ないとさらに腕を突っ込み、何かを掴んだ。


「ムザイ、それにロディア」


 イチルがザンダーの後ろで静かにしていた二人に話しかけた。

 一連の戦いを目撃し、どんな言葉をかけて良いかわからなかった二人は、返事もできず立ち尽くしていた。


「コレ、ちゃんとしまっとけ」


 不意にイチルが何かを投げつけた。ムザイがキャッチした緑色の液体に(まみ)れた小さな何かは、異臭を放ちながらも、禍々しいほどの魔力を放出し、存在感を否応なく知らしめていた。


「これは、……まさか?」

「ドラゴンがドロップした魔石だな。そいつはお前たちが自らの力で手に入れたものだ。取っとけ」

「し、しかし……」

「俺が止めなければ、お前らはドラゴンにとどめを刺せていたよ。ってことは、そいつを受け取る正当な権利がある。だよな、ザンダー?」


 口を結びながらザンダーが二度頷いた。

 手についた緑色の液体を嫌そうに払ったイチルは、さてと頭上を見つめながら、結界の消えたダンジョン内の様子を見回した。


 微かに壁や地面が光を帯びていた。

 揺れ始めた周囲の光景に、数ヶ月前を思い出しながら、イチルはドロップしたアイテムを回収しつつ呟いた。



「ま~た一つ歴史が終わっちまったな。でもまぁ、それもまた運命か」



――――――

――――

――


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