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【129話】いつしかぶりの運動をば


 イチルの言葉にピンときたザンダーは、ブルッと身体を震わせてから、「ハイッ!」と返事をした。しかしムザイは腑に落ちず質問した。


「内緒って……、どうして黙ってなきゃいけないんだよ」

「できるかって聞いてんの」

「そんな怖い顔するなよ。ちっ……、いいよ、黙っててやる」


 仕方なくムザイが了承し、背中のロディアも黙って頷いた。

 交渉成立だなと出っ張った岩に片手でぶら下がったイチルは、ふぅぅと肺の中の空気を吐き出し、グッと息を止めた。


「しゃーねぇ、久々に少し運動するか」


 犬歯を剥き出しに歯を食いしばったイチルは、手を離し、重力に引かれるまま自由落下を始めた。自ら近付いてくる魔力の塊を餌と認識したフロッグは、再び無数に伸びる舌を口から発射させ、イチルを飲み込むため行動を開始した。


 一挙手一投足を見逃さぬよう、ムザイとロディアを背中に隠したザンダーが息を飲む。

 一体何が始まるんだと不思議そうな顔をしたロディアの疑問をよそに、いよいよ戦闘のゴングが鳴らされた。


 超スピードで迫る舌先を身体の回転だけで巧みに躱したイチルは、体操選手の横ひねりのような美しい挙動でフロッグの鼻先へと迫った。しかしそれを簡単に許さないフロッグは、イノシシのように鼻を鳴らし、膨らませた鼻提灯(はなちょうちん)を爆発させ、粘着性のある粘液を放った。


 焦ることなく液の一つひとつを見定めたイチルは、全てを皮一枚のところで躱しながらスピードを上げると、難なくフロッグの鼻先に着地した。それが意外だったのか、フロッグは巨大な目玉をこれまで以上に丸くし、驚いているようだった。


「なんだ今の動き……。野獣(ビースト)を使ってる私の目でも、ついていくのがやっとだった。なんなんだよアレは?!」


 イチルの過去を知らないロディアがムザイの耳元で騒いだ。しかし同じように絶句したザンダーとムザイが答えられるはずもなく、状況はロディアの疑問を置き去りに進んでいく。


 余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)でフロッグの様子を窺うイチルに苛つき、フロッグがフンと鼻息を吐き、地面から身体を持ち上げた。顔半分だけ出ていた身体が(わず)かに浮き上がると、埋もれていた岩場がガギガギと崩れ、フロッグの体液に紛れた小さな岩が溶けてドロドロの液体に変わった。

 鼻息を避けて空中へ飛び上がったイチルは、恐ろしい速度で壁を蹴り、縦横無尽にフロッグを翻弄する。目玉だけでイチルの影を追いかけたフロッグは、狙いを定め、口から無数の液体をバラ撒いた。


「速い! さっきの舌の比じゃない!」


 ムザイやロディアでは端を捉えるだけで精一杯な攻撃の数々を、イチルは容易く躱し、一つひとつを(つぶさ)に観察していた。改めてゴクリと唾を飲み込んだザンダーは、自分が師匠と呼ぶ人物の実力のほどを思い出していた。


「やっぱり師匠は凄いっす。少しは近付けたかと思ってたけど、やっぱ僕なんかじゃまだまだ遠く及ばないや……」


 同じように初めてイチルの動きを目の当たりにしたムザイも、そのあまりに段違いなレベル差に驚嘆するしかなかった。背中で騒ぐロディアの声すら耳に入らず、見た動きの全てを目に焼き付けていた。


 相手の力量を測りながら攻撃を躱したイチルは、遠距離攻撃はこれくらいかと目算し、エンジンが掛かってきたフロッグの動きに笑みを浮かべた。どうせ戦うならば、絶対的なスピードでぶつかるのがイチルの信条であり、ポリシーでもあった。


「数千年モノの蛙だが、攻撃の手段は通常の種類とさほど変わらないとみた。モンスター図鑑にもそう付け加えとかないとな」


 空中を飛んでいた粘液を一摘み指先で掴んだイチルは、それを持参した小瓶の中に入れて封をした。そして改めて曲芸師のように距離を詰めると、いよいよ攻撃に転じる。


「これだけデカいと、なかなか倒すのも面倒臭そうだ。……と、普通(なみ)の冒険者なら諦めるところだが、巨大頭蛙ジャイアントヘッドフロッグの弱点は至極単純。奴はその弱点を悟らせないため、頭と比較してそれほど大きくない下半身を常に地下に隠している。そいつを引っ張りだしてしまえばこちらのもの。なんら問題はない」


 両手で空中に魔法陣を作り出したイチルは、自分の周囲に漂っている重力を無効化した。

 重力を反転され、浮き上がりかけたフロッグは、短い前脚で地面を掴むと、まんまるな両目を見開きながら踏ん張って耐えた。


「おっ、力技だねぇ。ならばコイツはどうかな?」


 ポンポンと四つの光る球を作り出したイチルは、ドッジボールでもするかのようにフロッグを囲む地面へ向けて投げつけた。破裂した衝撃で激しく地面が割れ、慌てたフロッグがゆっくり移動すると、また別の岩肌を掴んで耐えた。


「おいおい、デカいくせに可愛らしい動きをするな。しかしそれだけじゃ芸がないよな?」


 同じように球で地面を割ったイチルに対し、明らかに苛立ったフロッグは、これまで乳白色だった目玉を紅潮させ、周囲の重力を一気に引き上げた。重力は領域内全てに行き渡り、天井付近で戦況を見守っていた三人にも襲いかかった。


「ウグッ、身体が重いッ。後ろの二人! アイツに引き込まれないよう、必死でしがみついてるんだね。悪いけど、落ちたら僕なんかじゃキミらを救えないよ、覚悟しておいて!」


 ザンダーが忠告するように言った。

 いよいよ動き出した超高レベルの攻防に口を噤んだロディアは、脳をフル回転させ、イチルの動きに集中し始めていた。これまで散々自分を馬鹿にしてきた男の正体を初めて目の当たりにして、今までの言動が全て冗談でなかったことを身を以て悟っていた。


「いよいよ師匠も、相手の蛙も、互いに品定めが終わったようだね。これからは一瞬たりとも油断しちゃダメだよ。一瞬の判断が、自分の命に直結するからね!」


 ザンダーの言葉を裏付けるように、背後に隠れていた二人の体温がグンと上がった。

 ムザイの頬を伝う一筋の汗がぽたりと落下した直後、いよいよフロッグが先手を取って動き始めた。


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