【125話】詰めが甘い!
「こんな時、どこに隠れているかは二パターンしかない。既に見えないところへ逃げてしまったか、それとも見ることができない状態、もしくは場所に隠れたか。今回は一つしか可能性がないけどな」
イチルの独り言と同時に、ドラゴンの背後で小さな音が鳴った。
丸い両の眼を見開いたドラゴンは、やられたとそこでようやく気付いた。
「このドラゴンはね、自分の弱点を狙われた時、一瞬だけど全ての集中が疎かになるの。その瞬間を狙えば、こちらはありとあらゆる行動が可能よ。凝視を使われることもないし、飛び上がって回り込むことだってできる ――」
背筋が凍るような誰かの呟きが聞こえ、ドラゴンの動きが完全に止まる。
それから少しして、首をひねり、左右の眼で自身の背後を見つめたドラゴンが見たものは、最大限に魔力を溜めたムザイが、自身最大の弱点へ一撃を叩き込む姿だった。
『 これで終わりだ! 』
最大限に魔力を高めた右の拳が、首の付根にめり込んだ。
グニャリと折れ曲がるように歪んだドラゴンの身体が崖にバウンドし、力なく落下を開始する。
「や、やった……!」
白目を剥いて落下していくドラゴンの様子に、私が倒したんだとムザイが拳を固めた。
しかし耳元に顔を寄せたロディアは、少し慌てながら忠告した。
「喜んでる場合じゃないわ。早くドラゴンを回収しないと、ドロップした魔石も火の海に沈んでしまう」
そうだったと慌てたムザイは、モンスター捕獲用の魔道具を取り出し、ドラゴンへ投げつけた。
パサッと開いた薄い網がドラゴンを捕獲し、壁の縁に引っかかって止まった。
ふぅと二人が同時に吐息を漏らした。
何はともあれ目的のドラゴンを倒すことに成功した二人は、ひとまずの喜びに浸った。
「ふぅ、この私の手にかかれば、あの程度のドラゴンなどあのザマだ」
「それ、さっきまで壁に磔にされてた人の言葉かしら?」
「う、うるさい! お前だって自分で動くことすらできない癖に偉そうに」
「ふん、あんなにわかりやすい弱点も見つけられないようじゃ、どのみちすぐ私に抜かれる運命よ」
「誰が貴様などに抜かれるものかッ?!」
二人が口論を始めたところで、防魔障壁をかけ終えたザンダーが横穴から駆け寄り顔を出した。
無言で戦況を見つめるイチルと、静かになった周囲の様子を確認したザンダーは、状況が読めずに眉をひそめた。
「ボルケーノの奴はどうなったんだ。つい今まで暴れてる音がしてたのに。……うん?」
言い争いをする声に気付き、ザンダーが眼下の崖にしがみつく二人を見つけた。そしてさらに下の崖に引っかかっているスカイボルケーノドラゴンの姿を視野に入れた。
「あれは……。いけない、おいお前たち、さっさとそいつにとどめを刺すんだ!」
慌てたザンダーが二人に叫んだ。口論を繰り返していた二人は、ようやくザンダーの声に気付き、「何だ?」と怪訝な顔をした。
「早くそいつにとどめを刺せ、でないとまた逆上して暴れだすぞ!」
ザンダーの言葉を受け取り、二人が眼下のドラゴンに視線を落とした。
すると白目を剥いていたはずのドラゴンは、再び眼を開け、ギョロリと二人を睨んだ。
「おいおい、マジかよ?!」
ムザイが慌てて攻撃を画策するも、時既に遅し。
薄い網を簡単に突き破ったドラゴンは、再び野に放たれ、けたたましいボリュームで叫び声を上げた。
「あ~あ、せっかく倒したのにもったいない。まさに油断大敵ってやつですなぁ」
横でクククと笑うイチルを見たザンダーは、「この人は……」と呆れるしかなく、怒りに任せて飛び回るドラゴンを見上げ舌打ちした。
「師匠には悪いっすけど、これ以上暴れられるとこっちも困るんすよね。瓦礫深淵って、拠点にできる場所が限られてるんで」
「……こんなに広いのにか?」
「モンスターの種類が多様すぎて、拠点から全てを排除しようとするだけでも大変なんすよ。しかも狭い空間ほどモンスターが居着いてて、新しい寝床を作るのが本当に難しいんす」
「そういえばここはダンジョンの集合体だったな。だから中立地点なこの周辺に拠点が集中してるのか」
「そういうことっす」
ザンダーの他にいるアライバルの拠点を幾つか目で追ったイチルは、確かにこれ以上は迷惑かとため息をついた。
「この辺りで落ち着いて狩りのできる場所は?」
「下が全部火に埋まっちゃったんで、自由に動けるのは穴上のこのスペースか、細かい横穴の中だけっすけど、アイツを連れてくのは無理っすよ」
「そりゃ困った……、どうしよ?」
「師匠がここでサクッと倒したらいいじゃないっすか」
「…………それはダメだ。奴らのためにならん」
「うちら同業者のためにはなりますよ。今もきっと、心配してどこかで覗き見してると思いますし!」
苦い顔でイチルが悩む間にも、怒りを爆発させたスカイボルケーノドラゴンは、風を起こし、火を吹き、体当たりで崖を削りと、闇雲に破壊行為を繰り返した。