【123話】完敗
「なっ、バカな?!」
ムザイが顔の前で腕をクロスし、ガードの構えを取った。直後、ドラゴンのブレスがムザイを直撃し、全てを飲み込みダンジョンの上空へと抜けていく。巨大な炎の柱がダンジョンの壁を破壊し、けたたましい音を鳴らし崖が崩れて落ちていく。
「―― 慢心、うぬぼれ、思い上がり。全ての結果は、考え方一つに表れる。情報が全てとあれだけザンダーに言われておきながら、ムザイは奴の行動を具に見ていない。これまで一体何を学んできたんだ」
炎に焼かれ、壁に叩きつけられたムザイは、身体の内外にダメージを受け、血を吐いた。
全て自分の筋書きどおりと目論んでいたものが、逆に相手にしてやられた。さらに言えば、一瞬のスピードすら上回ることはなく、カウンターで返されてしまった。
受けたダメージすら忘れて頭に血が上ったムザイは、再び無策にドラゴンへ魔法を放った。しかし巧みに鱗でガードされてしまい、さらには無数に放たれた鱗によって反対に攻撃を受け始めた。
「ちっ、こんな鱗など当たるものか!」
扇のような形をした無数の鱗が、上下左右同時にムザイへと襲いかかった。
小さな炎で鱗を相殺しながら巧みに躱すムザイだったが、鱗の数は秒ごとに増えていき、次第に逃げ場がなくなっていく。
四方八方、さらには下から吹き上げられる爆風に煽られ不規則に変化した鱗は、恐ろしい回転を伴いスピードを増していった。硬い鱗はナイフのように鋭角に尖り、周囲の壁もろとも全てを削りながら、ムザイの行く手を阻んだ。
「グッ、この、ドラゴン風情めッ」
ドラゴンがパチリと眼を閉じた。するとムザイの目の前で一枚の鱗が爆ぜ、ムザイの視界を奪った。
瞬間的に目を閉じてしまったムザイは、マズいと思う間もなく一気に距離を詰められ、ブンと振るった尻尾で攻撃され、強かに崖に叩きつけられた。
「ガハッ! ば、バカなッ」
今度は逃さないと巨大な翼をはためかせたドラゴンが、壁にバウンドしているムザイに、巨体を固めて突進した。ドラゴンに突進され壁で挟まれる形になったムザイは、巨大なクレーターができるほどの攻撃を正面から受けてしまった。
崖にできたクレーターの中心に突き刺さったまま、あまりの威力に動くこともできないムザイは、微かに開けた左目で、離れていくドラゴンの姿を追った。
今一度助走をつけて突進しムザイを粉々にするつもりなのか、先程と倍の距離を取ったドラゴンは、バチバチと音が漏れるほどの魔力をまとい身構えた。
「ぐ、くそっ、つ、つよい……」
ムザイ自身がすべきことを反対にしてやられ、完全に手玉に取られた。
何よりもムザイが使った戦術をそっくりそのまま再現された現実は受け入れ難く、頭に血が上ったムザイは、切れた額から血を吹きながら、険しく吊り上がった眉のまま拳で壁を叩いた。
「なぜだ、技の威力もスピードも、奴とそれほど変わらんはずだ。なのに全てを上回られる。オマケに凝視まで……、クソッ!」
いよいよ突進を開始したドラゴンから逃げようと、ムザイは壁に埋まった身体をどうにか解こうと苦心した。しかし恐ろしい速度で迫るドラゴンの攻撃を避けることはできず、また正面から全力の一撃をくらってしまった。
「アガッ、ぐ、グハッ!」
硬い翼の鱗が腹の肉を裂き、壁とドラゴンの身体とで挟まれた上半身の骨は、ボキボキと音を立てて折れた。
壁に埋もれたまま血を吐き項垂れたムザイは、とどめの一撃を放たんと再び離れていくドラゴンの姿を霞む視界の先に見た。そして勝手に流れてくる鼻の片側を摘み、フンと息を吐いた。
ピシャリと血が壁に跳ねた。どうにか呼吸を取り戻したムザイは、壁に埋もれたまま、どうすればいいと自問自答を繰り返した。
もう一度攻撃を受ければ、まず死は免れない。
しかし壁から抜け出す時間はなく、動くのは偶然壁から外れた右腕のみだった。
「右腕一本で受け止めろってか。ククク、無茶言うなよ」
口の中で何かが引っかかり、ペッと吐き出すと、折れた歯が崖際に跳ね、落ちていった。
強がりを言ってみても、既に身体は限界を超え、もはや成す術がなかった。
「癪だよ、な……、犬野郎、を、見返すことも、できずに……、やられ、ちまう、なんて……」
視線の先の先では、これまでずっと黄色だったドラゴンの身体が紅潮し、オレンジ色にまで変色していた。全身にまとった魔力はこれまでで最も大きく、ドラゴンも次の一撃に勝負を賭けているようだった。
羽ばたいた翼を体側に折りたたみ、鋭角な槍のようになったドラゴンが突進を開始する。ムザイもどうにか抗って身体を捻ってみるが、やはり力は入らず、壁から抜け出せそうもなかった。
「ちっ、どうやら、ダメみたい、だな。勝てると言った癖に、ダサすぎる、な……、フフ」
ムザイが全てを諦め、目を閉じた。
轟音を伴い突進するドラゴンの音が大きくなっていく。まさかロディア以上にボロボロにされてやられるなどとは考えておらず、ムザイは不思議と笑みを浮かべていた。
しかし――