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【121話】ザンダーの憤慨


「石膏と血で塗れた死体だぁ! し、師匠、なんで死体なんか連れてるんですか?!」

「まだギリ生きてるだろ。そうだ、ザンダーに一つ頼みがあったんだ」


 ポンポンと手を叩いたイチルは、ロディアを部屋の中心に寝かせ、「どうぞ」とばかりザンダーに微笑みかけた。意味がわからず首を傾けたザンダーは、我慢できず「なんですか?」と聞いた。


「悪いけどさ、コイツの傷をちっとだけ治してもらえないか。ほんのちびっとでいいんだ。起きてられる程度で」

「はい? だったらそれこそ師匠がやれば……」

「言ったことなかったっけ。俺な、ダメなんだよ」

「ダメと言いますと……?」


 イチルは自分の荷物から数個の回復薬を取り出し、ロディアの隣に置いた。


「昔っからどうも回復系のスキルや魔法が苦手でね。自分以外の治療はからっきしなんだ。ザンダーは確か回復役(ヒーラー)の職も持ってたろ。悪いがちょちょっと手当してくれないか、頼む」

「え゛? マジっすか、あ、案内人(アライバル)なのに……」

「まぁそのなんだ。ずっと回復薬(コイツ)で誤魔化してきたのはここだけの秘密にしといてくれ……」

 

「師匠にも苦手なことあるんですね」と化け物でも見るように頷いたザンダーは、仕方なくロディアの身体に付着した石膏を落としていく。ビリビリに破れた衣服の隙間から傷つきすぎた肌が露わになり、慌てたムザイが間に割って入った。


「おい! まさかここでそいつを素っ裸にするわけじゃないよな?!」

「そうだが。何か問題でもあるのか?」

「当たり前だろ! お前らには女の恥じらいってものがわからないのかよ。治療するザンダーはともかく、犬男、お前はダメだ。一旦外に出てろ!」


 ムザイにつまみ出されたイチルは、まったく面倒な奴らめと隠れ家の扉前に腰掛け、終わったら呼んでくれと声をかけた。デリカシーのない犬めと(いきどお)るムザイは、自分も手伝うとザンダーの補助に入った。


「それにしても……、誰だか知らないけど随分酷い傷を負ったものだね。生きてるのが不思議なくらいだよこれ」

「……無茶しやがって。死んだらなんの意味もねぇだろバカが」


 めぼしい石膏を脱がせ、代わりにムザイの衣服を着させたロディアを中央に寝かせ、ザンダーが回復術(ヒール)を唱えた。しかし何度も繰り返し試すものの、ロディアのダメージはあまりにも深く、破壊された組織や魔力が戻るまでには至らなかった。


「ここでの治療はこれが限界かな。痛みと疲労の神経回路だけは一時的に遮断しておいたから、普通に寝たまま会話するくらいならできるとは思うけど」


 ムザイがロディアの頬に触れ、パチンと一発軽く叩いた。気が付いて微かに目を開けたロディアは、ムザイとザンダー、そして勝手に戻ってきたイチルの眠そうな顔を見回し、そういうことかと自分の状況を理解した。


「しばらく動くのは諦めた方がいい。君の場合、左腕と身体の中心を通ってる神経組織が完全に分断されてしまっている。ここを出たらすぐに治療した方がいいよ。でないと一生身体が動かなくなってしまうからね」

「なぁザンダー……? コイツの身体、もとに戻るのかよ」

「まだハッキリしたことは言えないけど、恐らくは大丈夫だと思う。ただなるべく早く治療しないと、損傷箇所は酷くなるばかりだから急を要するよ。すぐに地上へ――」


 そこまで聞いて、どこか安堵したようにムザイが胸を撫で下ろした。また動けるようになるのなら良かったと大きく息を吐き、すぐ戻る準備をしようと頭を切り替えた。しかし――



「な~にを言ってるんだ、キミたちは。ムザイ、お前の仕事はなんだ?」

「仕事? いや、今はそんなことを言っている場合じゃ……」

「お前の仕事は、ここで()()()()()()()()ことだ。ロディアを地上へ戻し、治療してやることじゃない。勘違いするな」


 イチルの言葉を聞き、さすがに信じられないという顔をしたザンダーとムザイが反論した。


「しかし師匠! この人の場合、すぐに治療しないと手遅れになる可能性がありますよ」

「そうだ犬男! それに、魔石はまた次でも手に入る。後日改めて出直せばいいだろ?!」


 しかしイチルは一つも表情を変えず、二人の顔をまっすぐに見つめて言った。


「次だぁ? ……わかってないな、お前ら。…………次なんてないんだよ」


 妙に落ち着き払って言うイチルの迫力にやられ、二人がゴクリと息を飲んだ。しかしそれでも諦めないムザイは、すぐに戻るぞと手を動かした。しかし――


「誰かのため。昔、俺が浸かっていたぬるま湯でも、よくそれと似た論理を聞いたよ。次がある、次が大事、まずは命、ってな……。しかし簡単にそいつらを選んだ妥協の先にあったのは、まるで何もない無の時間だった。正しい正しいと自分に言い聞かせ、諦めた先に何が残るか。教えてやろうか?」


 未だ半覚醒状態のロディアの頬を叩いたイチルは、起きろと静かに声を掛けた。目玉だけで答えたロディアは、自分を見つめるムザイやザンダーではなく、すぐにイチルへと視線を傾けた。


()()()だ。なぜ俺はあの時こうしなかったのか。もっとベストな方法があったのではないか。まだ身体は動いたのに、どうして俺は何もしなかったんだと。……自分が永遠だと思っているものも、決してそうじゃない。ふとしたことをきっかけに、一瞬で全てなくなっちまう。今この瞬間を逃せば、もう次はやってこない」

「しかし、そうは言ってもこの場合は……」

「なら聞く。ロディア、お前はこれからどうしたい。何も掴むことなく、無様にやられたまま逃げ帰るのか。それとも一矢報い、何かを掴むのか。……選べ」


 ムザイ、ザンダーと順に視線を合わせたロディアは、瞬き一つせぬままスライドし、イチルを中心に見据え、小さく頷いた。


「決まりだな。狩りを続行する」


 ムザイが待てと声を荒げた。

 しかしそれよりも、さらに輪をかけて声を荒げたのはザンダーだった。


「いや、…………それはさすがに違うでしょ。

師匠の手前、これまでずっと黙ってハイハイ聞いてましたけど、この際だからハッキリ言わせてもらいます。師匠、……師匠、もうそれ、論理が破綻してますよ。だってそうでしょ、師匠は前に、俺にこう言いました。()()()()()()()()()()()()()()()()()って。どんなことをしてでも、どんなに無様でも、生きて冒険者を助け出せって。……真逆じゃないっすか。俺、ずっと信じてきたんすよ、師匠の言葉。一時も忘れることなく、ずっと信じてきたんすよ?!」

「おい、……ザンダー?」


 俯き歯を食いしばりながらイチルに掴みかかったザンダーをムザイが止めに入った。

 しかしザンダーは自分を止められず、心に留めていた思いを吐き出した。


「だってそうじゃないっすか。俺たちアライバルは、絶対に冒険者を死なせちゃいけないって。そのためには、自分も絶対に死んじゃいけないって、……アンタが言ったんだろ! それなのに。俺には、アンタがその子に、《死ね》って言ってるように聞こえるよ。離れてた間に何があったか知らないけど、師匠、アンタちょっと変わったよ。おかしいよ、そんなの……」


 ザンダーに掴まれてよれた服をパンと払ったイチルは、うんうんと二度頷き、確かにそうかもなと口をすぼめた。しかし態度は一切変えず、ロディアの手を掴んで引っ張り上げた。


「確かに、お前の言うことは何一つ間違っちゃいない。自分がアライバルという存在ならば、常にそう意識するべきだ。しかし残念ながら、俺はもうアライバルじゃない。今はいちADアトラクションダンジョンの悪徳経営者なんだ、悪いな」


 その言葉をフンと鼻で笑って捨てたザンダーは、出ていく準備を始めるイチルに言った。


「無駄ですよ。どちらにしても、メギドファイアが始まってしまった以上、もう下層へ降りることはできません。狩りを続けようにも、降りられなければモンスターを探すどころじゃないですし」

「確かにそうだぞ。犬男に、それにロディアも熱くなりすぎだって。少しは冷静になれよ!」


 珍しく中立に立ったムザイがイチルをなだめた。しかしイチルは、不貞腐れたザンダーを一瞥し、一つため息をついた。


「……なんすか?」

「ザンダー、確かにお前は成長した。……しかし、詰めが甘いところは変わってないな」

「どういう意味っすか。事と次第によっちゃ、俺だって怒りますよ」


「もう怒ってんじゃん」と笑ったイチルは、ロディアを背負ったまま外へ出て、穴の先の先へと目を凝らした。そして不敵に指を立て、「しかしそのおかげで助かった」と呟いた。


 不機嫌さを隠しもせず、ザンダーがイチルの背後から細長く続く通路の先に目を凝らした。同じように薄暗い穴の先を見たムザイは、しんと静まり返った一つの変哲もないダンジョンの様子に首を傾けた。


「なんだよ、別に何もないだろ」

「本当にそう見えるかムザイ。だとしたらお前の目も節穴だ」

「いやいや、見えないだろ、何も……」


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