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【011話】ミアの実施試験


 夜を迎えたゼピアの街はひんやりと気温が下がり、人の往来もまばらだった。

 漂うようにアテもなく街を彷徨う女は、どこかビクビク怯えながら、ひとところに留まらぬように移動し続けていた。


「名前はフレア・ミア。年齢8()3()()のハーフエルフ。現在はスペイダー卿宅のメイドをクビになり、住所不定無職。元々は近くザライドの地権者の元でメイドとして働いていたが、44歳の頃アリストラ上皇の小間使いとして引き取られ、以降は職を転々としている。転々としてる理由は……、見たままだろう。本当にコイツを確認する意味があるのか?」


 塔の上から黙ってミアを見つめるフレアは、なぜか目を離せない自分の気持ちに困惑しているようだった。


 恐らくはフレア自身の境遇に関係があるのだろうとイチルは想像していた。

 天涯孤独の住所不定無職女と、ひとり施設に残され自立し生きるしかなかった自分の境遇を重ね、放っておけないのはまだ理解できる。しかし――


「悪いがやめておけ。事あるごとに場所を変え、人を変え、一所に留まらず転々としているのは、彼女の資質や性格に()()があるからだろう。紙面上のスキルは優れていても、見え隠れする中身の方が人選びでは重要だ」


「でも……。あの人、そんな悪い人に見えないもん」


 フレアの言葉を聞いていたかのように、よそ見をしたミアが石畳の地面に足を引っ掛けて転んだ。擦れて汚れた膝をさすりながら鼻をすすった。

 表情は面接の時と正反対で、地の底まで叩き落されたように沈んでおり、この世の終わりを想像させるほど悲壮感が漂っていた。


「ね、ねぇ、やっぱりあの人、ウチで雇っちゃダメかな。ほらあの人、お給料の希望額も他よりずっと低めだし、住み込みで働けるって言ってたよ!」


「雇うのは勝手だ。しかしこいつは慈善事業じゃない。ダンジョンに必要のない人材を採用したところで、お前には一銭の得もない。11億もの金を借りてる事実を忘れるなよ。常に頭の隅に置いておけ」


 あう~と涙目になったフレアは、唇を噛み、「だったら」と人さし指を立てた。

 フレア曰く、幾つかミアに試験を出し、もしそれをクリアできたなら雇ってはどうだろうという提案だった。



「好きにするといい。……無駄だとは思うが」



 こうして始まった『ミアの実地試験』は、フレアの望む能力試験の(てい)を成し、真夜中過ぎにベルを鳴らした。


 明らかに不審な人物による勧誘話、不審者からの突然の攻撃、街を彷徨(うろつ)く怪しい動物への対処など、フレアがどうにか準備したシチュエーションを駆使し実施された簡易試験の結果は、フレアの淡い期待にすらそぐわない、それはそれは酷いものだった――



「本当に80を過ぎたHEハーフエルフなのか……? そもそも常識というものが欠如している。怪しい投資話にすぐ飛びつき、毒ウサギを撫で回し、殴りかかられれば護るべき対象者を無視して怯えて(うずくま)るとは。書かれていることが何も実践できていないじゃないか」


 経歴書を指で弾いたイチルは、ミアの目の前に棒を転がし不審者を接近させてみた。

 しかしミアは隠れてビクビク怯えるばかりで、試験の甲斐がまるでなかった。

 さすがのフレアもその様子に落胆したのか、言葉少なにため息をつくしかなかった。


「もう十分だ。職を転々としてるのも、十中八九()()()()()だからに違いない。経歴詐称の線も捨てきれん、どちらにしても彼女はナシだ」


 しかしフレアは簡単に首を振らなかった。

 最後に一つと提案し、縫製(ほうせい)スキルについて確認したいとイチルにすがった。


「会った時にも聞いていたが、そんなに重要なスキルなのか?」


「じゅ、重要なの。縫製スキルがあるのとないのとでは、後の質に大きな差が出るって、お、お父さんが言ってたもん!」


「はぁ」と生返事するイチルの冷たい視線を誤魔化し、エキストラとしてスカウトしたエルフの少年に耳打ちしたフレアは、これでお願いしますと頭を下げた。

 意味があるのかねと呆れるイチルをよそに、フレアはミアを応援するように両手を握り、願いを込めて頑張れと呟いた。


 ふらふらと力なく歩いてくるミアの前に、不自然なほど大きな布切れが風に乗って飛んできた。そして次の瞬間、ご都合主義的に、どこからか「お姉ちゃん、それ掴まえて!」と声がかかった。


 目の前を漂う布を何気なく見ていたミアは、声に気付いて考えるより先に手を伸ばした。

 高台で崖状になった岩の縁にもたれる形でどうにか掴まえたミアは、重く分厚い布を抱え、「ふぅ」と息を吐き、額の汗を拭った。


「ありがとうお姉ちゃん。おかげで下の泉まで飛ばされずに済んだよ」


 崖下に落としてしまわぬよう慎重に持ち上げたミアは、くるくると適当に丸めてエルフの少年に手渡した。ありがとうと礼を言った少年にミアも同じように頭を下げ、「どういたしまして」と微笑んだ。


「これからまた大雨が降るって言うし、キャッチしてくれて助かったよ。これでどうにか屋根の補修を続けられそうさ。ありがとう、じゃあまたね!」


「こんな夜中に屋根を? 大変ですね」


「なんてことないさ。それに俺、ずっと一人だから。自分でやらなきゃどうにもなんないし」


「お父さんやお母さんは?」


「ずっといないよ。自分で働きながら暮らしてる。でも少し前にあそこ(エターナル)が無くなったろ。今は冒険者も減っちゃって、少しだけ大変かな」


「そっか。……みんな大変だね。私も頑張らなくっちゃ」


「あれ、お姉ちゃんも仕事なくなった口? ま、生きてれば色々あるよ。お互い頑張ろうぜ」


 あの子供、なかなかいい演技をするなとイチルが感心している間も、フレアはソワソワしながら握った手を固めて祈り続けていた。身内の再現ドラマでも見ているようで、イチルは視線を外し、フレアに悟られぬように笑みを噛み殺した。


 暗い顔をしていたミアは、少年の声掛けに「そうね」と頷き、今度は「よ~し!」と腕まくりしてグルグル腕を回した。


「急にどうしたのお姉ちゃん?」


「屋根の補修、私も手伝っちゃおうかな。どうせ暇だしね」


「ホント? それは助かるかも。ならこっちこっち、雨が降りそうだから急ぐよ」


 崖際の丘の上に建てられた荒屋(あばらや)を指さす少年の後に続き、ミアは息を切らし坂道を上がった。しかし運動不足で体力がないのか、空腹に耐え兼ねてなのか、重い布切れを持つ少年と比べて歩くペースは上がらず、疲労困憊で膝に手を付いた。


「ほらお姉ちゃん、急いで急いで。俺はそっち周るから、上から布受け取って」


「わ、わかってますから、少し待って。ここのところ色々あって、ちょっと疲れてて。あー、腰が痛いッ!」


 よろよろしながら建物の屋根によじ登ったミアは、手を伸ばす少年からどうにか布を受け取り、「そこに張って」という指示の通り、布を広げて屋根に置いた。


「お姉ちゃん、そのまま布を貼りたいんだけど、何かいい方法ある?」


「え゛?! ええと、どうだったかな……、ちょっと待ってね」


 フレアが指示したままの台詞を(とどこお)りなく実行するエルフの少年の方に魅力を感じて肩肘付きながら興味津々眺めるイチルに対し、フレアは小さな声で「頑張って、頑張って」と念じ目を瞑っていた。


 思うところはそれぞれだなと欠伸したイチルは、前のめりのフレアとともに、いよいよクライマックスが近付く実地試験を見守るのだった。


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