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【117話】重病人の奪還


 工房を出たイチルは、その足で再びゼピアの街へと繰り出し、必要な備品を買い入れとある場所に立ち寄っていた。


 そこは傷ついた冒険者や病に蝕まれた者が集まる簡易病院で、イチルはずらりと並んだ人々の中から、とある人物の影を探していた。


「はてさて、ウチの従業員はどうしているかな?」


 面白半分の表情を浮かべ、完全隔離された一角へ勝手に侵入したイチルは、身動きすらできず横になったままな誰かの枕元へと近付いた。そしてヌッと顔を覗き込み、「よっ」と声を掛けた。


「い、……ぬお……」

「随分とメチャクチャやったようだな。ウケ狙いの一発芸にスベった無様な芸人のようだ」


 全身石膏で固められた姿で横たわっていたのはロディアだった。

 ブッフたちとの戦闘から数日が過ぎても、やはり動くことは叶わず、現状維持の状態が続いていた。


「無茶と無謀は近いようで遠い。しかもお前のやり方はさらに酷い。なぜあんなことをした?」


 目を逸らして返答を拒否したロディアは、身体が動かなくとも気丈に振る舞った。


「身体はいつ戻るんだ。すぐに戻れるんだろうな?」


 しかしロディアは、イチルの質問に答える術がなかった。何より治療にあたったヒーラーからは、あまりに非情な宣告を受けていたからだった。


 部屋の外からパタパタという足音が聞こえ、何者かが部屋に入ってきた。「お薬の時間ですよ~」と気軽に言った誰かは、枕元に立つイチルの存在に驚き、「キャアー!」と声を上げた。


「だ、誰ですかアナタは! 勝手に入り込んで……、まさか、その人を殺しにきたアサシンですか?!」


 すぐに身構えたヒーラーの女は、防御用の壁を何重にも重ね、大袈裟に声を上げた。

 違う違うと両の手を振って弁明したイチルは、自分のギルドカードを女に差し出し、「コイツの雇い主だ」と自己紹介した。


「本当でしょうね? 嘘ついて誤魔化そうとしたって無駄なんですからね」

「そんなしょーもない嘘はつかん。で、コイツの身体はどうなんだ、治るのか?」

「……簡単に聞かないでください。患者さんの耳もありますし、一度外へ出ていただけますか」


 患者に聞こえないようにと外へ出されたイチルは、口酸っぱく勝手に入らないでくださいと注意されてから、改めてロディアの容態について質問した。


「見てのとおりですよ。容態は生きているだけでも奇跡で、特に左腕は身体の組織ごとねじ切れてしまっています。私たちのような並のヒーラーでは治すことなど不可能です」

「ふむ……。ならいつ頃動けるようになる?」

「いつって……。あの患者さん、無茶な魔力の使い方をしたみたいで、全身の魔力連結もところどころ壊れてしまっています。下手したら一生治らなくても不思議じゃありません。それをいつなんて簡単に言えません!」

「まぁとにかく喫緊で死ぬことはないってこと?」

「まぁ……、命に別条はないと思います。ですが、もう少し言い方ってものが――」

「わかった、ありがとう。金は後で施設(ウチ)に請求して。もういい?」


 呆気にとられたヒーラーをよそに、ロディアの元へと戻ったイチルは、寝かされていたロディアを唐突に肩に担いだ。痛みで悶絶するロディアの様子に目の色を変えたヒーラーの女は、「何を考えてるんですか?!」と掴みかかった。


「大丈夫大丈夫。この程度でヘバッてもらっちゃあ、ウチの従業員でいる意味がない。それに――」


 何かを言いかけたイチルが、ヒーラーの視線を引っ張り明後日の方向を指さした。

 釣られて逆を向いたヒーラーは、「なんですか?」と質問したが、再び視線を戻した時には、既に二人の影はそっくりそのまま消えていた。


「え、……いなくなっちゃった」


 窓から飛び出し、そのまま高く飛び上がったイチルは、上空高い位置で待機していた双竜に引っ張り上げられて一気に加速し浮き上がった。

 重力と速度に悶絶したロディアは、口から流れる(よだれ)を拭うこともできず、恐ろしいスピードで飛ぶ竜の背に揺られるまま、ただ無抵抗に連れて行かれるしかなかった。


 バフにバフを重ね、限界を超えて羽ばたいた双竜は、イチルに尻を叩かれるまま、再びメルカバー深淵(しんえん)へと舞い戻り、一切の躊躇なく直滑降で崖を抜けていった。空気抵抗を抑え、鋭角に身を畳んだ竜の背では、角に足をくくりつけられたロディアがバタバタと揺れ、傍らではイチルがそれを楽しそうに眺めていた。


「痛いか? 痛いのか? 自業自得だし、なんならお前ら雑魚はまず痛みに慣れるのが肝心だ。死ぬほどの痛みを経験しておけば、いざという時も身体が動く。よーく脳ミソの奥に刻みつけとけ」


 口から泡を吹きながらどうにか気を保ったロディアは、いつか殺してやると充血した眼をイチルへ向けた。しかしその様がよほど愉快だったのか、イチルの笑い声はその度に大きくなった。


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