【116話】山を小指に
子供たちとウィルらを残し保管庫を出た五人は、ゴルドフの作業場に移った。
唯一意味もわからずついてきたモルドフは、これから何をするんだと興味深げにアゴの髭を触っていた。
「賢いお前らはもう気付いてるかもしれねぇが、手袋は、魔力増強用に俺が設えた特製の魔道具だ。力を正しく使わねぇ限り、大した力は発揮してくれねぇ。そこはわかってるな?」
フレアとペトラが深く頷いた。細かなことを聞かされていないイチルも、どこか他人事のようにゴルドフの話を聞いていた。
「俺が犬男から依頼されたのは、お前ら二人に魔道具の錬成を教えてくれってなもんだ。だが残念ながら、錬成ってものはそこまで単純なもんじゃねぇ。たった二日やそこらでチビ二人を一人前に仕立て上げるなんぞ不可能だ」
「だろうな」とイチルが頷いた。しかし話を聞いていた子供二人は、どこかシュンとしたように視線を落とした。
「しかしモノは考えようだ。一人前でなくても、必要なもんを作れさえすればいい。これからお前らには、今回の錬成で最も重要な『ある部品』を作ってもらう」
そういうとゴルドフは、作業場の隅に用意された二つの物山へ近づき、ペトラの背丈ほどある片方にかけられた大きな布をバッと投げ捨てた。そこには数日前に別の場所で二人が見た『アレ』が置かれていた。
「これって……、AM仮想に使う魔道具ですよね。どうしてこんなものが?」
フレアの疑問にニヤリと笑みをこぼしたゴルドフは、イチルに視線で許可を取ってから、子供二人に質問した。
「これからお前らが作ろうとしてるコイツ、買えばどれくらいすると思う?」
「私たちが見てきたものだと、安くても500万ルクスは……」
「ほほ~う。ならお前らの目の前にあるこれ。コイツはいくらすると思う?」
フレアに代わって勝手にペタペタと触れて値踏みしたペトラは、苦虫でも噛み潰すように言った。
「俺らが見たどれよりも新しくてキレイだぜ。安く見積もっても倍はするだろ、違うか?」
するとゴルドフはぷっと吹き出してから軽く言った。
「こんなもんはたかだか2000ルクス程度だ」
「2000?! 嘘だろ、こんなにピカピカで最新式なのに!」
「肝心なのは見た目じゃねぇ。重要なのはコイツの中身さ」
重厚な魔道具のフタを開けたゴルドフは、細々と詰められた中身を取り出すと、その奥にぽっかりと空いた空間を見せた。
「あれ、中身がからっぽ……?」
「コイツには肝心の制御核と格納核、いわゆる機能とプールが乗ってねぇのさ。中身のねぇ道具なんざ、2000ルクスの価値もねぇ。そうだろ?」
錬成技術が進んだ近年なら、この程度の外見形成など素人の職人でも朝飯前だと付け加えたゴルドフは、ペトラとフレアの額をコツコツと指先で叩いてから言った。
「結局、人も道具も頭と心臓。機能を司る脳ミソの部分と、そいつを後押しするハートが重要なんだ。制御核は脳ミソ、そして格納核が心臓。この二つさえきっちり繋がれば、残りの部分はどうにでもなる。で、お前らが考えたコイツの計画設計書、ちぃと俺にも見せてみな?」
慌てて荷物からAM仮想の完成図を取り出したフレアは、緊張感を帯びた表情でゴルドフに手渡した。視力矯正用のレンズを右目に付けて書面に視線を落としたゴルドフは、もう一度フレアとペトラの顔を見回してから、「これをお前らが?」と聞いた。
「ペトラちゃんと二人で考えました。機能も細かくわけて、どうにか形にできるようにしたつもりです」
「……上出来だ。足りねぇ部分も多いが、魔道具のイロハも知らねぇチビが考えたとは思えねぇ。しかし残念ながら、肝心な部分の想定が足りてねぇな」
ゴルドフが計画書の中央部分を叩いた。それはムザイが持ち帰る予定になっていた魔力プールに用意された格納核の部分だった。
「超高出力の魔力制御が必要になるこの部分は、そんじょそこらの玩具とは桁違いなエネルギー量を抑制、制御しなきゃならねぇ。てぇことは、それ相応の耐久性を保ってもらわなけりゃいけねぇ。特にこのプールと制御核とを繋ぐ部分、コイツが最も重要なんだ」
計画書の中では軽く一本の動線として描かれた部分に丸をつけたゴルドフは、改めて二人の顔を確認する。どうやらそれだけで意図を汲み取った二人は、自分の手にはめられた魔道具の意義を理解し、ジッと視線を手元に落とした。
「これから必要になるのは、まとまったデカい魔力を抑え込む力だ。さて、そいつをどう実現するか。賢いお前らならわかるな?」
フレアとペトラが同時に息を飲んだ。
自分たちの感覚が正しければ、ゴルドフの言葉の真意はただ一つしかなかった。
「俺たちが……、その部品を作るってことか。この手袋使って」
「そういうことだ。簡単な話だろ?」
そういうとゴルドフは、残りの機能となるパーツを細分化し、個別に丸を付けていった。ウィルとエミーネ、そしてミアとロディアの受け持つ機能を実装する箇所を、現物のハコモノの中に当てはめ、誰にでもイメージできるよう紐付けた。
「繋ぎの簡単なパーツはこっちで用意してやる。お前ら二人は、このたった一つのパーツを全力で作り上げろ。しかし先に断言しとく。コイツを完成させるのは、そこらの職人では1000%不可能だ」
「なんだよそれ、じゃあ無理じゃん」
「だよなぁ。だがそれくらいじゃねぇとノラねぇだろ、挑戦ってもんはよ?」
ゴルドフの言葉にペトラの背筋がゾクゾクっと反応し、ピンと伸びた。わかりやすいなぁと目を瞑ったフレアは、ペトラの手をギュッと握り、「やるよ」と呟いた。
「錬成の基本は絶対的なパワーと技術だ。そのどちらも足んねぇお前らは、この二つを脳ミソとハートで乗り越えるしかねぇ。これから丸二日、考えに考え、寝る間も惜しんで実現してみな。話はそれからだ」
紙ぺら一枚をフレアに渡したゴルドフは、その他に何一つ進言することなく話を終えた。それだけかよと眉をひそめるモルドフを連れ、作業場を出ていってしまった。
止める術なくゴルドフを見送った二人は、すぐに渡された紙を覗き込んだ。そこには至極簡単な完成の原寸大イメージと、求められる耐久性のみが書き込まれていた。
「……繋ぎって言うからどんなもんかと思えば、随分ちっちぇ部品だな。こんなの作るのがそんなに難しいのかよ。ほれ、俺の小指ぽっちのサイズだぜ?」
しかしペトラの台詞と裏腹に、フレアはすぐに気付いた。そして慌てて隣に積まれたもう一つの山の布を剥ぎ取り、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「ペトラちゃん、これ、そんな単純なものじゃないよ……」
積まれていたのは重々とした巨大なフローメタルの塊だった。二人では運ぶことすらできない量に圧倒され、ペシペシと金属に触れたペトラは、「そうなの?」と軽く聞いた。
「だってさ、この部品……」
言葉が出てこず、フレアは絶句した。フレアの手元から紙を拝借したペトラは、鼻歌交じりに改めて中身を見直した。そして数秒後、ペトラはペタンと尻餅をつき、あまりにも過酷すぎる現実に飲み込まれ、思わず呟いた。
「う、嘘だろ。いや、無理に決まってんじゃん……?」
絶句した二人に代わって、クククと嫌らしく笑ったイチルは、これまで黙っていた鬱憤を全て吐き出すように言った。
「やるしかないだろ。そのバカでかいフローメタルの塊を、お前らの小指サイズにまで高密度に圧縮錬成する。まったく、ワクワクする仕事を任されたもんだな、えぇ?」
最後の大サービスだとメタルを作業場の中央へと移動させたイチルは、数トンはありそうなメタルの上にちょこんと乗っていたハンマーを二人へトスした。
「さぁ叩いて叩いて叩きまくれ。面白いのはここからだぞ♪」
イチルに煽られた二人は、「ああもう!」と声にならない声を漏らした。
その後ろ姿を見届け、イチルは後ろ手をふりふり、ゴルドフの工房を後にした。