【115話】準備は整った
「にゃ、にゃ、にゃんですかオーナー?!」
「肝心の問題はキミだ。モンスター強化はまだしも、フェールセーフ(安全確保)の機能開発をどう考えているのかな。現在の構想を教えていただこうじゃないか。んん?」
「ふぇ、ふぇ、ふぇーるセッ○ス⁉︎ わ、わたし、そ、そんなアブノーマルでハレンチな行為、聞いたこともありません!」
ポコンと頭を叩いたイチルは、どうやらまるで理解していないミアに話を噛み砕き改めて説明し直した。
「モンスターの強化は最悪バフの自動化でどうにでもなる。が、フェールセーフはそうはいかん。なにせ客を許可なくぶっ殺しちまったなんてことになれば、施設としての品位に関わる。相手のレベルと、モンスターのレベルを切り分けて、正しくモンスターのレベルを調整できなければ意味がない」
「は、はぁ……。でもそれは私よりウィルさんの方が適役なのではないでしょうか。ウィルさんなら、凝視で個々のレベルを確認できますし」
「甘えるなよ、その程度のことができないようじゃ、この先いつお払い箱になっても文句は言えん。それに、ミアにはもう一つ重要な仕事が残っている」
「じゅ、重要な仕事、……ですか?」
「お前、今回の件でおかしなスキルを手に入れたな。超が付くウルトラレアスキルだ」
「……はて? そんなもの私は知りませんけど」
すぐにウィルを呼び寄せたイチルは、ミアのスキルを確認してみろと命令した。上から順番に読み上げたウィルは、一番最後に見覚えのないスキルがあることに気付いた。
「エクスプ……? ミアさん、そんなスキル持っていましたっけ?」
説明せぬまま仕事に戻れとウィルの背中を押したイチルは、魔法文字で空中に搾取と書き記し、バンと壁を叩いた。
「こいつぁハッキリ言って死ぬほど厄介なスキルでな。使い方によっちゃあ世界を滅ぼす手段にすらなり得るものだ」
「せ、世界を滅ぼすぅ?! そんな、私、そんな気はさらさらありません!」
「安心しろ、ミアにはどのみち不可能だ。このスキルの面白いところは、他人のエネルギー、いわゆる魔力を自分の力として分捕ることができるってとこだ。もちろん成約は多種多様にあるが、とても便利なスキルであることには間違いない」
そこまで聞き、ゴルドフが「なるほどな」と頷いた。しかし他の面々は理解できず、話の続きを聞いていた。
「リールの街でガキどもや街の奴らから魔力を受け取ったろ。無意識だろうがなんだろうが、そいつがお前の新しいスキルの正体だ」
「もしかして、あのでっかい花か。あれやっぱり姉ちゃんの仕業だったのかよ!」
ロイが慌てたように言った。
「そうだ。炎から吸収した魔力と、住人らの魔力がミアの中に溜まり、一気に開放した。結果、お前らの意味不明な力が融合して、気味の悪い花になって街中に弾け飛んだというわけだ」
初めて事実を知った子供たちは、やっぱりミアって変だよなと噂しながらへへへと笑った。しかしイチルは、子供らを一緒くたに集めるなり、「てことで、お前らをここへ呼んだ理由を教えてやる」と怪しく微笑んだ。
「お前らはこれから二日間、死ぬほど飯を食い、そこのバカに死ぬほど魔力を供給し続けろ。食い物は俺が死ぬほど用意してやった。嫌になるまでとことん食い続けるんだ。これまでのひもじい人生を思い出しながら、腹一杯になるまで死ぬ気で食え、わかったな」
イチルの言葉に子供たちが色めき立ち、高々と拳を打ち上げた。
しかしそれが死刑宣告に近い拷問だと気付いていたのは、ウィルとミア、そしてドワーフの兄弟だけだった。
「あ、あの! ……ですが、そんな魔力を集めたとして、一体何に使うのでしょうか?」
ミアが当然の疑問を口にした。お前にしては上出来だと口角を上げたイチルは、いよいよ奥に見えていた保管庫の前に立ち、ゆっくり扉を開けた。
熱が煙に代わり、扉の隙間から生暖かい空気が漏れ出た。
中央では白と青の光が揺らめき、中を覗いたミアが初めに驚きの声を上げた。
「ぺ、ペトラちゃんに、フレアさん?!」
二人はミアの声に気付かぬほど集中し、魔力を高めていた。
そうして膨らむ全身の魔力を互いの右手と左手に集中させ、壁へ向けて冷気を放った。
これまでと段違いの冷気が地面を添って進み、保管庫の壁を絶対零度の氷で覆い尽くした。その様を背後で眺めていたウィルは、思わず「おおぉ~!」と声を上げた。
「それなりに準備は整ったかな。見たところ、初歩の初歩くらいは扱えるようになったじゃないの」
力を解いたところで、イチルの悪態に気付いたフレアとペトラが同時に振り返った。
イチルやミア、ウィルに加え、見知らぬ子供やドワーフの兄弟までもが自分たちを見つめ、こっ恥ずかしかさから、フレアはペトラの背後に隠れ「何事ですか?!」と叫んだ。
「早速始めるか。まずは準備だな」
イチルは腰から取り出した小さな袋を元の巨大サイズへと戻し、身構えた全員の前にドンと置いた。
「ここへくる途中で目ぼしい栄養価の食料を詰めておいた。食材が足りなければ、そこの暇そうなジジイに調達を頼め」
「俺かよ」とモルドフが嫌そうな顔をする中、ミア用のキッチン一式を同じく準備したイチルは、色めき立ち、今にも暴動を起こしそうな子供たちを一列に並べた。
「死ぬほど食い尽くしたいか!」
『おー!』
「食って食って食いまくるぞ!」
『おおぉぉー!』
ボルテージMAXに膨れ上がった子供たちのテンションをさらに上げるように煽ったイチルは、勢いのまま、一瞬で焼き上げたミブ肉の丸焼きを皿にドンと乗せた。
突然現れた食べ物に飛びついた子供たちは、我先と肉を掴み、口に放り込んだ。
「ミアは途切れることなく食いものを用意しつつ、腹いっぱいになった奴らから根こそぎエネルギーを吸い尽くせ。これから二日間、休む間もなく奴らに飯を食わせ続けろ。でないととてもじゃないが間に合わん」
「え、子供たちにそんな酷いことを?! そんなの虐待ですぅ!」
「それが嫌なら他の方法を考えな。なんなら、そこにいる男も利用して構わないそうだ。戦闘経験もそれなりにありそうだし、多少の戦力にはなるんじゃないの」
他人事のように見ていたモリシンが「はぁ?」と顔をしかめた。わざわざ自分から地獄に飛び込んだ愚か者めと苦い顔で視線を逸したミアは、ロボットのように「わかりました」と返事をした。
「これで下地の準備は整った。ようやくここからが本題だ。……チビども、覚悟はできてんだろうな?」
フレアとペトラがゴクリと息を飲んだ。
未だ外すことのできない二人の手袋に視線を落としたイチルは、傍らで首をすくめておどけるゴルドフに隠れて親指を立てながら頷いた。
「最低限度の魔力コントロールができるようになったくらいで調子に乗るなよ。これからお前たちは、自分自身で望んだ領域に足を踏み入れる。どれだけ辛くとも、絶対に最後までやり遂げろよ。いいな?」
「当たり前だろ、もとからそのつもりだっつーの」
「そんなこと、犬男に言われなくたってわかってるわ」
ニヤリとイチルが笑った。あまりの不気味さに、ウィルやミアは卒倒しそうなほど仰け反り怯えた。
「残り二日、全員死物狂いで働きやがれ。弱音は聞かねぇからな、覚悟しろよ」
緊張感に耐えられず、ついにミアが泡を吹いてひっくり返った。
慌てて助けに入ったエミーネがどうしてそこまでと困惑する中、イチルに代わってゴルドフが口火を切った。
「それじゃあ早速始めるかの。まずはチビども、お前らは俺と一緒にきてもらう。さっさと準備しな」