【113話】第二段階
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「呼吸は深くゆっくりと。脈拍を安定させ、動作は無駄なく確実に」
いつもとまるで別人のような口調で目を閉じたペトラに従い、フレアが深呼吸をする。
太極拳のようにゆったりと少しずつ身体を動かした二人は、魔力をコントロールし、薄く淡く全身に力を張り巡らせた。それでも――
「プハァッ、ダメだ、すぐに限界がきちまう。こんな状態そうそう続けらんねぇよ!」
ペトラが膝を付くのと同時に、フレアも魔力が尽き、ペタンとその場に座り込んだ。
手袋をはめて早一日が経過しようとしていたが、保管庫の外へ出る算段はたたず、行動時間を少しでも増やすため魔力を安定させる努力を続けるほか方法がなかった。
「もう時間がないよ。あと数日もすれば、みんな戻ってきちゃう。せっかく魔道具のギミックを完成させても、私たちが何もできないじゃ話にならないよ」
「んなこたわかってるけどよ、俺たちまだ何もしてないんだぜ。ムザイに習ったこと闇雲に繰り返してるけどよ、それだって正しいかわかんねぇし」
「でもまだマシになった方だよ。こうして普通に話ができるようになったんだから」
二人が会話するのを外から覗いていたゴルドフとモルドフは、持参した酒も飲み尽くし、眠そうに目を擦っていた。
「で、兄ぃ。これからどうするつもりだ?」
「なぁんも。あやつらのベースができあがらんことには進めんからな。……あん、なんだぁ?」
突然ゴルドフの胸元に付けていたオルゴン製の魔道具が音を鳴らした。
「緊急事態か、兄ぃ?」
「誰か知らんが来客らしい。お前以外の客などいつぶりだろうな」
「来客ぅ? ……あぁ、そういや言い忘れとった。もうひとり、小奴らの仲間がおったような」
しかしゴルドフは魔道具を確認し、眉をひそめた。
「何か問題でもあんのかい兄ぃ?」
「確かに城におるのはひとりのようだが……、こりゃあひとりじゃねぇな」
モルドフが不思議そうに聞き返したところで、仕方ねぇとゴルドフが重い腰を上げた。
相手の顔も見ずに焼き殺してはまずかろうと、一旦工房へと戻った二人は、面倒くさそうに対侵入者用魔道具の制御を解除した。
薄暗い廊下に火を灯し、地上の大部屋へと続く階段を上がった二人は、重厚な床扉に下から手を押し当てた。どうやら上で床を探っているらしきコツコツという音がしていたが、ゴルドフは躊躇することなく、一気に床扉をガバンと開けた。
「アガッ?! い、いでぇ、何なんだ急に?!」
扉に直撃され、誰かがゴロンと転がった。床下からモルドフが顔を覗かせると、そこに少しやつれたモリシンが頭を押さえて倒れていた。
「こ、このジジイ、本当に置いていきやがって。ここまでくんのにどれだけ苦労したか、テメェに――」
しかしモリシンを無視し空を見上げたゴルドフは、「上から何かくる」と目を細めた。
「はぁ? 上って、ここは城の中だぞ。……って、同じようなジジイがもうひとり?! テメェ何もんだ!」
絡むモリシンを袖へのけた直後、空気を切り裂くキーンという嫌な音が響き、直後、城の屋根をドゴンと突き破り、何かが部屋に落下してきた。
青白い光に包まれた塊は、屋根を突き破った勢いそのままに、モリシンをクッションにして跳ね、急ブレーキをかけて着地した。しかしモリシンは思い切り跳ね飛ばされ、外壁にめり込み瓦礫の山に沈んだ。
「なんだこれは?」
少しずつ光を失った塊の中から、微かに悲鳴のようなものが聞こえていた。
全ての光が消えると同時に、覆っていた膜のようなものがパンと爆ぜ、中から無数の人が飛び出した。
『 ギャー、死ぬー! 』
最初に飛び出してきたのはミアだった。
飛びかかってきたおかしな女の額をチョップで叩き落としたモルドフは、酷く慌てた様子の子供や男女の登場に面食らっていた。
「誰だぁ、こんなところに子供やおなごを送り込んだ不届きもんは……?」
子供やミア、そしてウィルは、完全に目を回し錯乱していたが、唯一正気を保ち顔を押さえていた女に目星をつけ、ゴルドフは手を差し出し、「あんたたちは?」と質問した。
「え、ど、ドワーフ?! それよりここはどこ……?」
手を掴まれるまま立ち上がったのはエミーネだった。
見覚えのない朽ちかけた城の一室に転がった一行は、何の予告もなくゴルドフの工房へと飛ばされていた。
「私たちは……、ええとどこから話せばいいのかしら。ほらウィル、アナタが説明しなさいよ!」
頭上に星を飛ばし錯乱したウィルの頬を叩き、シャンとしなさいと立たせ、ゴルドフの前に差し出した。しかし突然髭面のドワーフが目の前に現れ、悲鳴を上げたウィルはすぐに泡を吹いてひっくり返った。
「なんなんだ、この騒々しい奴らは。わけがわからん……」
ポリポリとゴルドフが頭を掻いた。
しかしその時、全員の死角を縫うように天井に開いた穴から何者かがピョンと飛び降り、ひっくり返ったウィルの背中に着地した。
「ハイハイ、お待たせしました。それでは第二段階へと参りましょうか」