【109話】フレア・ペトラ編その20
本話より新編となります。
前作からの続きの方はブクマの移行をお願いします。
ニヤけていた口元を正し、表情を取り繕ったゴルドフは、何事だよとフレアを見つめるペトラに、「もう片方も開けてみな」と命令した。
もう一つの箱を開けたペトラは、同じように入っていた手袋を手にとった。するとフレアと同じように、異様な感覚に襲われて言葉を失った。
「さぁて鬼が出るか蛇が出るか。150年もののデキはいかがなもんかな?」
どこか誇らしげに腕を組んだゴルドフは、いつまでも戻らない三人の様子を見にきたモルドフを扉前に留め置き、ゴホンと咳払いしながら言った。
「でぇ、……お好みのミルクはあったかい?」
何も言葉にできない二人は、「付けてみな」というゴルドフに促されるまま手袋を装着した。
すると途端に二人の身体は生気を吸われたように力が入らなくなり、その場にガクンと座り込んでしまった。
「な、なんだこれ?!」
「力が全然入らないよ!」
口を挟もうとしたモルドフを再度止め、ゴルドフは跪く二人の前に立ち、嫌らしく言った。
「これから俺がいいと言うまで、ソイツを付けたまま生活しな。期間は決めねぇ、いいと言うまでずっとだ」
身体に力が入らず身動きすらとれない二人を残し、ゴルドフはモルドフを連れて保管庫を出ていってしまった。
「おぃ、ちょっと、待、て……」
「ゴルドフさ、ん、どう、して」
閉まった扉の向こうから足音が消えていく。
しかし喋ることすらままならない二人は、地面に両手足をついたまま、倒れないように身体を支えるだけで精一杯だった。
「くっそ、謀られ、た。あのジジイ、わざと俺たちを、閉じ込めやがった」
「どういう、こと……?」
ペトラは手袋を外そうとしたが、不思議な力に遮られ、脱ごうにも力が入らなかった。
「瓶のことも、ジジイのことも、俺たちは全部、犬男の手のひらで踊らされてたってことだ、チクショウ!」
ペトラが力の入らない拳で地面を叩いた。しかし虫も殺せぬほどの力でパスンとはねた手袋は、その瞬間も二人のエネルギーを吸い付くさんと嘲笑っているかのようだった。
「ホント、私たち、また犬男にいいようにされてるみたい。……だけどね」
不意にフレアが両腕に力を込め、上半身を強引に持ち上げた。
両腕にはいつかのように白く光り輝く魔力が込められており、ペトラは目を丸くしてフレアを見つめた。
「私は絶対にアイツの思いどおりになってやらないんだから。アイツが思うよりも、もっともっと強くなってやる。じゃないと、きっと一生このまま何も変わらないもん!」
いよいよ立ち上がったフレアを見て、少し悔しそうに舌打ちしたペトラも、魔力を全身に巡らせた。
フレアとは対照的に鮮やかな青色の光を放ったペトラは、ふぅぅと細かく息を吐きながら、地面一点を見つめ、集中し立ち上がった。
「アイツはいつも『考えろ』『考えろ』って言うけど、それはきっと『俺の想像を越えてみろ』って意味で、ずっと私たちを試してる。こんなに腹の立つこと、他にあると思うペトラちゃん?!」
「ねぇな。さっさと全部クリアして、野郎に吠え面かかせてやろうぜ、フレア!」
手を取り合った二人は、自分たちの状況をすぐに理解し、頭を切り替えた。
手袋は、いわば触媒。二人に足りない魔力を増幅させるために作られた魔道具に違いなかった。
しかもそれは、互いの魔力の色に合わせて作られた特注品。
工房に辿り着くまでの工程で、あらかじめ二人の魔力の性質を知っていた人物は、ただの一人しかいない。となれば、ここへ辿り着く全ての道筋は、その何者かによって敷かれた筋書きに沿っていたことを意味している。
自分たちの行動全てがレールに乗っていたことを理解した上で、なおもそれを力に変えられる者は強く賢い。どこかでほくそ笑んでいるであろう男の顔を想像し、二人は奥底に眠る力を吐き出すように両足を踏ん張った。
「舐められたまま終われるかってぇの。ぜってぇ負けねぇ、犬男にも、……フレアにもだ!」
「私だって負けないよ。先に進むのはこの私。犬男にも、ペトラちゃんにだって負けないんだから!」
ニィと笑いあった二人がギュッと手を握りあう。その姿を扉外から覗いていたゴルドフとモルドフは、二人の適応力の早さに呆れながら天を仰いだ。
「なるほど、アイツが直々によこしてくるわけだ。エルフのガキと、アンデッドのガキねぇ。……まさかとは思うが、あの野郎、後継者として育てるつもりじゃねぇだろうな?」
「さぁな。……ところでモルドフよ、俺はどちらかっつうと喧嘩っ早い生意気なチビが好みだが、テメェはどっちだ?」
「俺は断然紫だな。あの頭の硬さは酒造りに向いてる。ウチの弟子と交換してぇくらいだ」
「ククク。で、どうだ、野郎に内緒でこっち側に引っ張っちまうってのは」
「ククク。なるようにならぁな。楽しみは後にとっておこうや」
扉の裏で酒片手に老齢のドワーフ兄弟が声を抑え乾杯の音頭をとった。
しかしこの時、二人はまだ自分たちがスタート地点にすら立っていないことに気付いていなかった。ようやく動き出した激動の数日は、まだ始まったばかりである――