【108話】フレア・ペトラ編その19
『150年ッ?!』とフレアとペトラの声がリンクする。
「全く……」と呆れた顔をしたモルドフは、瓶を仰々しく準備された祭壇の中央に立て掛けてから、手を合わせ、両親のため祈りを捧げた。
「……で、兄ぃよ。なぜこんな手の込んだ悪ふざけを? わざわざ時空越えなんて無駄な魔力を使ってまで実行した理由を聞かせてもらおうじゃねぇかよ」
祈りを終え、振り返ったモルドフが尋ねた。
しかし話がまるで見えないフレアとペトラは、数日前のゴルドフが150年前のゴルドフなどとは到底信じられず、ただ呆然と目の前の屈強な男たちの顔を眺めるだけだった。
「ちぃとヤボ用があっての。仕方なく時間を拝借したまでのこと。……で、ガキども。当然俺の出した課題はクリアしてきたんだろうな?」
フレアの額を指先でポンと押したゴルドフは、モルドフが戻した瓶を一瞥しながら言った。
「そいつは俺が保証する。しっかりと瓶のフタは開いていた。それと……、今年は久々にい~い酒ができた。悪いが中身はウチので我慢しな」
口を挟んだモルドフが荷物の中から数本の酒を取り出し床に置いた。珍しいこともあるもんだと上機嫌なゴルドフは、久々に戻った父親の形見の横に酒を供えると、モルドフと同じように手を合わせ祈りを捧げた。
「で、兄ぃよ。こう見えて俺もそれなりに忙しくてね。そろそろ詳しい話を聞かしちゃくれねぇか。この嬢ちゃんらぁは何者だい?」
「その前に、まず一杯飲もうや。せっかく150年ものの酒が手に入ったんだ、待ちに待った今日のために乾杯するのが礼儀ってもんだろ」
立ち話もなんだと三人を奥へ招いたゴルドフは、商品が乱雑に並べられ散らかっていた工房を足蹴に片しながら、どうにか一畳ほどのスペースを作り、並んでいた食器から一番上等なカップを二つ選び、渡された酒をなみなみと注いだ。
「ガキどもにはシルゲのミルクがどこかにあったはずだが。おいガキンチョ二人、確か出た先の保管庫にミルクがあったはずだ、自分で行って取ってこい」
ポイと渡された鍵とともに手払いされた二人は、ゴルドフに命じられるまま工房奥にある保管庫へ行くことになった。「どうして客の俺たちが」と文句を言うペトラをなだめ、フレアとペトラは暗い廊下の奥にあった保管庫の重厚な扉の鍵を開けた。
蜘蛛の巣とほこりが溜まった様子から、本当にこんなところにミルクなんかあるのかよと顔を見合わせた二人は、とりあえず入ってみようと恐る恐る扉を開けた。すると微かに開いた隙間から、カビ臭いすれた匂いが辺りに漂った。
「なんだこれ、もう何年も開いてねぇんじゃないのか。こんなとこにミルクなんてあるかよ」
「うん……。だけどもしかすると、この保管庫もさっきの瓶と同じような効果があるのかも」
「瓶と同じ効果……?」
「さっき二人が言ってたでしょ、《時空越え》なんて魔法が存在するなら、もしかしてミルクも」
「バーカ、あんなジジイの言葉本気にすんなよ。適当についた嘘に決まってんだろ。なんでもいいから、見るだけ見てさっさと戻ろうぜ」
隙間に腕を突っ込んで強引に扉を開けたペトラは、保管庫の中をそろりと覗き込んだ。
中は光の一つもなく、ペトラはいつも持参している小型の松明に火を点け、フレアとともに保管庫に入った。
猫の額ほどの狭苦しい保管庫の中は思いの外がらんとしていて、雑然と物の多い工房と違い、あまり物がなかった。やっぱり騙されたと舌打ちしたペトラは、松明を左右に揺らしながら、何かめぼしいものはないかと目を凝らした。
「やっぱりだ。あのジジイ、そもそも俺たちとまともに話す気なんてねぇよ。そうに決まってる」
「あ、でもそこに何かあるよ。せっかくだし中も見てみようよ」
フレアが指さした保管庫の隅の隅。そこには布を被ったフレアたちの背丈ほどある何かが置かれていた。ペトラが躊躇なく上に被っていた布を掴んで投げた。そして暗闇に浮かぶ、その中身に目を傾けた。
「箱だね。前に街で見たのと似てるかも」
置かれていたのは縦に積まれた二つの箱だった。手分けして箱を下ろした二人は、重厚感のある箱の留め金を外し、そのまま上向きにパカッと開けた。
外見からは窺い知れないほど、分厚い布で厳重に巻かれた何かが箱の中央に鎮座していた。こんな大層なミルクがあるものかと手にしたペトラは、巻かれた布を適当にほどいた。すると中から、金属製の手袋のようなものが出てきた。
「なんだこれ、冒険者の防具か?」
首を捻り、ペトラが手袋をフレアに渡した。しかしそれを受け取った直後、フレアはこれまで感じたことのない感覚に囚われ、ピタリと息を止めた。
「え……、なにこれ……?」
ガタンと二人の背後で音がした。そこには扉前で壁に寄りかかっているゴルドフがおり、手袋を手にしたフレアを見てニヤリと口角を上げた。
「勝手に開けちまいやがって。俺はミルクを探せと言っておいたはずだが?」