【107話】フレア・ペトラ編その18
親方は荷物の中から取り出した分厚い板状の盾を腕に装着し、太短い足をこれでもかと踏ん張りながら身構えた。その上で何重にも魔法でバフを上塗りし、さらに全身を強化してから大きく息を吸い込んで止めた。
「もし俺が死んだら、テメェらは諦めてここを出な。ウルフに乗りゃあ、近くの街まで勝手に運んでくれる。今回は運がなかったと思って、大人しくおウチへ帰るんだな」
「なんでだよ!」というペトラのツッコミと同時に、親方が腕を伸ばした。
するとどこからか発された恐ろしいほどの熱線が、正面から親方の盾に直撃した。
「うぅおぅッ、ま~たまたバカげたトラップを仕掛けおって、糞兄ぃ!」
全てが弾け飛ぶほどの衝撃をギリギリで受け止め、盾で熱線を押し戻そうとするが、魔法で最大限に強化した盾にも関わらず、コーティングした魔法のバフが玩具のように剥がされ砕け散る。
親方の真後ろで眩いほどの熱を目にしたフレアとペトラは、自分たちのツッコミの愚かさを肌で感じながら、思わず尻込みし数歩後ずさった。
「おいおい兄ぃ、こりゃあ一体どんな冗談だ?! こんなもん弾いたら、それこそ城ごと粉々に吹っ飛ぶぜ。相変わらず加減ってもんがねぇな!」
歯を食いしばりすぎて口端から血を流す親方を見て、居ても立ってもいられなくなったペトラは、親方の足に腕を絡め、吹き飛ばされないように身体を押した。
すぐにフレアも並んで親方の背中を押すが、少しずつ押し込まれた親方の身体は、階段の踊り場まで押し戻されてしまった。
「ぬぐぐぐぁ、わ、わりぃな、もうちょいだけ支えといてもらえるか。このバカ熱ぃ攻撃を、どうにか防がなきゃなんねぇ」
ペトラは左手で親方の足を押さえながら、もう片方で魔法を唱える準備を始めた。それを見たフレアも、「私の魔力も使って!」とペトラの右手を握った。
「フレア、あん時の感覚をよーく思い出せよ!」
「ペトラちゃんこそ、ヘマしたら絶対に許さないんだからね!」
口をすぼめ、力を絞り出すように足を踏ん張った二人は、全ての魔力をペトラの右腕に込めて冷気を放った。恐ろしい熱に襲われる親方の両腕を氷で覆い込み、周囲の熱気を払っていく。
「ナイスだ、ガキンチョども。ほんの僅かだが、力が漲るぜ!」
熱の力に負けて、二人の作った氷はすぐに溶けてしまった。
しかしその時間で再びバフの魔法を唱えた親方は、盾を押し込み身体をねじ込んでいく。負けじと二人も冷気で盾の後方を冷やし、全力で親方の背中を後押しした。
「さっさとバテやがらねぇか、この玩具風情がぁ!」
ぐぃと力を込めた親方は、熱を帯び赤く膨張した盾を力に任せて押し込んだ。
室内から撃たれた熱を放つ光線は、少しずつ勢いを失い、フレアとペトラの魔力が尽きると同時に消失し、静かになった。
中央部分が派手に溶け、貫通寸前になった盾を投げ捨てた親方は、ふぅと一息吐いてから、いよいよ堂々と一歩を踏み出した。
「相変わらずバカげた歓迎っぷりだな、兄ぃ」
攻撃の激しさで耳鳴りする頭を互いにポンポン撫でたフレアとペトラは、どうにか死なずに済んだらしいと胸を撫でおろした。しかしすぐに、聞き覚えのある野太い声が奥から聞こえてきた。
「いちいちこうるせぇジジイの声がするな。空耳か?」
「黙れ糞兄ぃ。わざわざこうして会いにきてやったんだ。むしろ礼を言ってほしいもんだな」
部屋の奥から親方によく似たフォルムの影が現れ、のっそり三人を覗いた。
同じフォルムをした男は、親方と腕を組むなり、ガチガチと肘や腕をぶつけ合い、屈強なラガーマンの儀式のようなものを一頻りしてから、熱い抱擁を交わした。
「何年ぶりだモルドフよ、まだ生きていたか」
「当たり前だ兄ぃ、むしろこちらの台詞よ。一体いま幾つになった」
「とっくに忘れちまったわ。……で、わざわざこうして会いにきたのだ。用件はそこにいる小僧どもの話じゃねぇだろうな?」
ギョロリと目玉を動かし、親方の背後で様子を見ていたフレアとペトラを窺う屈強な男は、伸びすぎたシルバーのあごひげをだらんと吊り下げたまま話を振った。
「兄ぃと《あのバカ》が仕掛けた途方もねぇ悪ふざけの弁明を聞きにきた、って言えば思い出してくれるかい?」
難しい顔をした屈強な男に対し、当のフレアとペトラは困惑の表情を浮かべていた。
そこにいる男は、箱の街で見たゴルドフの姿とは少し違っていた。
ひげは倍ほどに伸び、体格は数日前に比べ少しだけ痩せ、寂しくみえた。また顔立ちも歳をとったようにシワが増え、どこか別人のような雰囲気を醸し出していた。
「悪ふざけの弁明……? 覚えているような、いないような」
「コイツを見ても、まだ思い出さねぇかい」
そう言うと親方(※本名モルドフ)は、荷物の中から二人に拝借した瓶を取り出し、ふらふらと揺らしてみせた。
「そいつぁまさか……、あん時のガキどもか!」
なぜか嬉しそうに近寄ったゴルドフは、初めて二人をまじまじ覗き込んだ。しかし当の二人は、近くで見れば見るほど数日前と様子が違うゴルドフが気になり、話が入ってこなかった。
「あの……、アナタはゴルドフさんで、間違いありませんか?」
「当たり前だ、俺がゴルドフでなくて、誰がゴルドフだ」
「だ、だけどよ、数日前に会った時と全然雰囲気が違うぜ? ……もしかして、ドワーフ族って数日でそんなにひげが伸びんのか?!」
「な~に言ってんだエルフのガキ。お前らにとっては数日かもしれんが、ワシがお前らに会ったのは、もう150年も昔のことだからな、当たり前だ」