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【106話】フレア・ペトラ編その17


「話が急すぎてついていけねぇよ、一体何がどうなってる?」


 モリシンは話の展開が読めず天を仰いだ。しかしそれはフレアやペトラも同じで、さらにいえばチャマルも何一つ理解していなかった。


「連れてくって、ゴルドフのおっさんのとこかよ?」

「他にどこがある。さっさと準備しろ。チャマル、俺が戻るまでに上の泉をどうにかしておけ。仕込みも忘れるなよ」


 チャマルが敬礼しハイと返事をした。

 呆気にとられる全員を置き去りに、仕事道具と細かな装備を肩に担いだ親方は、部屋の奥にあった()()()()()()の扉を開けながら言った。


「嬢ちゃん、さっきは殴って悪かった。悪いついでに、少し付き合ってもらうぜ。若造、テメェは勝手についてこい。遅けりゃ置いていく」


 扉の外には地上へ繋がる縄梯子がぶら下がっており、親方はさっさと一人で上がっていってしまった。

 フレアら三人は、それぞれ顔を見合わせてから、意味もわからず仕方なく親方に続き梯子を上った。

 泉のほとりに設けられた切り株をくり抜いて作られた隠し扉から外へ出ると、親方は人さし指をひと舐めし、風向きを確認した。そして森中に響くほどの音で指笛を吹いた。


「すげぇ音! また何か起こんのかよ」


 ペトラが呆れながら文句を言った直後、森の奥深くで指笛の音に何かが応えた。一分もかからぬうちに、恐ろしい速度で何かが接近した。


「モンスターか?」


 四つ脚で森を駆けてきたのは身の丈三メートルはありそうなグレーウルフだった。

 親方に飼いならされたウルフは、黙って主人である親方を乗せると、片目だけを三人に寄せながらグルルと吐息を漏らした。


「嬢ちゃんらぁは後ろに乗りな。悪いが大人二人は乗れん。若造は自分で走ってこい」

「ハァ?! 待てよ、ウルフについてくなんて無理に決まってんだろ?!」

「だったら置いてく。それに、この嬢ちゃんらぁに口添えした()()は、コイツより速く走るぜ」


「んな化け物いるはずねぇだろ!」と叫ぶモリシンを置き去りに駆け出したウルフは、三人を背中に乗せて森を出発した。


 風を切り、森を駆け抜けるウルフを華麗に操る親方にしがみつき、二人はあまりのスピード感に驚きながら、一瞬で通り過ぎていく木々を尻目に「すごーい!」と歓声を上げた。


「意外に余裕じゃねぇか、伊達に()()()()に鍛えられちゃいねぇってか。振り落とされねぇようにしっかり掴まってなガキども!」


 さらにスピードを上げたウルフは一気に森を抜けていく。この領域でウルフより早く動ける者はおらず、全てのモンスターが横目で三人を見過ごすだけだった。


 数分で森を脱出し視界が開けた。三人は月明かりを浴びながら誰もいない静かな平原を駆けた。ようやく一息ついたペトラは、「よっ」と尻尾を掴みウルフの尻の上へ移動しながら親方に質問した。


「おっさん、俺たちどこへ向かってるんだ?」

「テメェらがマリザイと呼んだマリーラインという村のさらに東に、もうずっと昔に滅びた古い街があってな」

「滅びた街、ですか……?」

「残念ながら、俺たちゃ変わり者でね。普通の土地じゃ退屈で暮らしてられんのさ」

「なんだそれ……、迷惑な話だぜ」


 ガハハと笑う親方と子供二人を乗せたウルフは、寄り道することなくマリーラインの田園風景を通過し、さらに東の名もない城域に入った。

 びっしりと緑色の絨毯に覆われる荒廃しきった街の風景に人の姿はなく、あるのはパラパラとした小型モンスターの姿と、生い茂る背の低い木々の影だけだった。


「つい千年ほど前までそれなりに栄えた城下だったんだがな、魔境に入れ込んだバカの失策によって滅びちまったと聞いてる。痩せた土地と安定しない気候のせいで、その後も他国に攻められることなくそのままって話だ」

「あの……、魔境って?」

「ここらで魔境と言えば()()()しかねぇだろ。エターナルダンジョンは、多くの人や国を狂わせた()()だった。まぁこちとら、そのおかげでおまんまを食えてた口だがな」


 段差のある城壁を一飛で越え、朽ち果てた城の中庭に入ったウルフは、そこでようやく足を休め、グルグルと円を描きながら停止した。

 バロック様式の彫刻で彩られた美しい庭園の景色は影を潜め、薄茶けた芝やコケに覆われた中庭からは、もはや過去の優美さを窺い知ることはできなかった。


 ウルフの頭を撫でた親方は、「ちとここで待っててくれ」と持参した食べ物を与え、背中からピョンと飛び降りた。ついてこいと呼ばれた二人は、ウルフの毛を伝って中庭へ降りると、苔むした足場を気にしながら親方の背中を追った。


「こんなとこに人なんかいんのかよ。どう見ても廃墟だぜ?」

「ここを廃墟と呼ぶか天国と呼ぶか、人それぞれだろうな。この枯れた侘び寂びの世界の奥深さといやあ、テメェらガキが理解するにはちと早いか」


 ペトラが城内の装飾品に触れると、簡単に崩れて落下した。

 恐恐とペトラの服の裾を掴んだフレアは、物珍しそうに周囲を眺めながら、荒らされて何もない城の廊下を歩いた。


「本当にここであってんのかよ。今にも崩れそうだぜ?」

「外見はボロだが、肝心の部分はちゃんと補修されてる。要は悟られなきゃいいのさ。誰かに詮索されるのはうざってぇからな」


 二階建ての吹き抜けになった廊下を抜け、城内で最も荘厳な一室に入った三人は、ガラスが割れて荒れ放題になっていた足場をどうにか避けながら、部屋の中央にぽっかりとあいた空間に立った。


「なんでここだけ何もないんだ? 他は瓦礫やらでグチャグチャなのに」

「黙って見てな。……フンッ!」


 一歩後方へずれた親方は、二人が立っている床に触れ、指先で何かを探してあててから力を込めた。

 するとガコンと一部がへこみ、取っ手状になった床の一部がせり上がり、生まれた空間に腕を突っ込んだ親方は、床に乗った二人ごと地面を引っ剥がした。


「う、うわぁぁぁ!」


 ゴロンと転がった二人へいたずらに笑いかけた親方は、さっさと行くぞと地下へと繋がる階段を降りていった。

「先言っとけよ!」と剥がれた床を叩いたペトラは、転んで背中を打ったフレアを起こしてから、プンスカ怒りながら大きな親方の背中を追った。


 浅く長い階段を下りると、ほのかに油の匂いが香った。同時に暖かな空気が流れ込み、先に見える闇の中から小さな明かりが覗いていた。

 しかし光のもとへと進む途中で、親方は唐突に歩みを止め、自分に言い聞かすように言った。


「後ろの二人。これから俺がいいと言うまで、ぜってぇ動くんじゃねぇぞ」



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