表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

104/206

【103話】フレア・ペトラ編その14


「ば、バカな……? 俺が五日かけて見つけられなかった祠をいとも容易く?!」


 石造りの四角い石碑が立てられた簡素な祠を一瞥し、さっさと頭を切り替えた二人は、南西へ半里の位置を見据えて高い木に登った。しかし南西方向は酷い谷になっており、崖下に広がる風景は、全てが木々に覆われただけの一面緑の風景でしかなかった。


「おいおい、泉は木々に覆われた下にあるってことかよ。そんなのを闇雲に歩いて見つけろってか? ……ったく、あの情報屋のジジイ、もう少しまともな情報よこせってんだ」


 二人に続いて木の上から谷底を見つめたモリシンがぼやいた。

 しかしモリシンの嘆きも聞かず、さっさと木を下りて地図を広げた二人は、上から見た景色と、地図上の位置関係だけを頼りに、おおよその距離と場所に目星をつけた。

 そして多分この辺りだねと頷いた二人は、躊躇なく夜の崖を下っていった。


「おいこら! お前らなんの迷いもなく俺を置いてくな、なんなんだよコイツら……」


 ペトラの手を借りてぴょんぴょん器用に谷を下りていく二人に続き、いつしか文句の言葉もなくなったモリシンは、不満そうに口を尖らせた。


 普通の子供ならば、夜の森というだけで怯えて動けなくなるに違いない。しかし目の前の二人に尻込みする様子はまるでない。

 自身がいることでモンスターに襲われる心配から解き放たれ、恐怖心が薄れるのはまだわかる。しかし、目的の場所に目星をつける判断力、迷いなく進む決断力、全体を掴む俯瞰力などは突出しており、モリシンはそのうち口を挟む意義すらないと悟った。


「なぁフレア、これ見ろよ」

「あ、ガジュリンの実だね。ということは、近くに水場があるのかも」


 小さな樹の実を摘みながら、フレアは頭上を高々と覆い尽くす木々の隙間からどうにか月明かりを探し、闇の奥へと目を凝らした。同じようにとんがった大きな耳を傾けたペトラは、フレアより少し早く、目的の音を察知する。


「あの大きな木の向こう、……微かに水が揺れる音がした」

「さっすがペトラちゃん。ほら、急ぐよ!」


「水の揺れる音なんかしたか?」というモリシンの質問も無視して駆けていった二人は、一足早く泉に辿り着き、発見の声を上げたのだった――



「マジか、あれからまだほんの数時間だぜ。俺の五日はなんだったんだよ……」


 少し遅れて泉に近付いたモリシンは、子供らしくハイタッチして喜ぶ二人を見つめ首を振った。

 たったあれだけの情報を元に、この短時間で泉を見つけるなど到底できることではない。

 並の冒険者では辿り着くことすら困難な難易度からして、どうやら二人が普通でないと気付かされるには充分だった。


「お前ら一体何もんだ。傲慢な態度も大概だが、何から何まで普通じゃねぇ。……まさか、見た目がそうなだけで、中身は大人じゃねぇだろうな?!」


「お前がバカすぎなんだろ」と冷めた表情で答えた二人は、またもや休む間もなく次の行動へと移っていた。

 上空全て緑の絨毯に覆われた森の中でポツンと佇む薄暗い泉は、公園の噴水レベルの小さなものだった。本当にこんな場所にダンジョンがと泉のほとりでしゃがんだ二人は、微かに揺れる水面を覗き込んだ。


 透明に透き通った水は、チョロチョロと僅かに流れがあり、どうやら周囲の雄大な木々を(はぐく)む命の水になっているようだった。

 手のひらで水をすくったフレアは、くんくんと匂いを嗅いでから、少しだけ舌先で舐めてみた。青味や臭みのない美味しい水だと確信し、二人は互いに顔を見合わせてからゴクリと飲み込んだ。


「うわぁ、このお水、凄く美味しい!」


 感動の声を漏らす二人の背後で、手のひらに水をすくったモリシンは、ひとすすりだけ口に含んだ。そしてしばらく口の中で転がしてから、一人静かにニヤリと微笑む。


「当たりだ。とくれば、さっさと仕事に取り掛からねぇと」


 フレアとペトラを横へどかせ、モリシンが浅い泉の中へ唐突に顔を突っ込んだ。

「せっかくの綺麗な水が」と露骨に嫌そうな顔をする二人をよそに、凝視(スナイプ)で泉の中を探ったモリシンは、(うつわ)状になった泉の底に、岩のような物が置かれていることに気付いた。


「プハァッ! 底に何かありやがるな。アレはなんだ」


 モリシンの言葉を聞くなり顔を突っ込んだペトラも、種族特有の水辺に効く目で底を凝視した。

 怪しげな形をした岩は、まるで泉の水を溜めている栓のようで、どうにも人工的なものを感じてならなかった。


「人が作ったもんだよな。本当にダンジョンなんかあんのかよ?」

「知らん。俺は情報屋から情報を買っただけだ。しかし何かあるのは間違いないな」


 二人に少し離れていろと移動させてから、背中の大剣を抜いたモリシンは、泉の上方へと飛び上がり中心に沈む岩へと投げつけた。

 剣が水面に突き刺さると大きな衝撃波が起こり、なんと泉の水を全て弾き飛ばしてしまった。


「ハァッ?! ば、バカ野郎、なんでそんなひでぇこと!」

「問題ねぇ。見たところ、ここは周囲の水を集めて循環させてるだけだ。またすぐもとの泉に戻る」


「だとしても雑すぎるだろ」と呆れ果てる二人をよそに、水溜りになった泉の底に下りたモリシンは、岩に刺さった剣を楊枝でも持つかのように軽々と持ち上げた。

 驚くペトラをよそに、ひょいと岩だけ捨てたモリシンは、その真下にあった()()()()()()()()を覗き込んだ。


「当たりだな、下に何かある」


 二人に目で合図を出したモリシンが先に穴へと飛び込んだ。

 好奇心を止められず、慌てて追いかけた二人は、泉の底のさらに下へと続く穴を覗き込んだ。


 小型の石が積まれた人工的に固められた穴は、幅二メートル弱の円形で、大人一人が余裕をもって通れるよう丁寧に整備されていた。壁に手を当てて下りていくモリシンの肩に飛び降りた二人は、「重ぇんだよ!」と立腹する男に肩車されたまま、穴底まで下った。


「ダンジョンというより、隠れ家って方が近いかもな。何よりずっとモンスターの気配がねぇ。もしあるとすれば……」


 そこまで口にしたところで、モリシンの足先が穴底の砂利を蹴った。

 ピョンと肩から飛び降りた二人とリンは、穴底からさらに横へ続く穴を見つけた。


 指先に炎を灯したモリシンが横穴の先を照らした。するとそこには木造りの扉が備えられており、思わずペトラとフレアが息を飲んだ。

 先に行きなさいよと背中を押されたモリシンは、仕方なく扉の取っ手に手をかけた。


「さて、誰がいるか知らねぇが、邪魔するぜ」


 カビ臭い木製の扉がギィィとスライドする。ポツポツと扉についていた雨粒が滴り落ち、湿っぽい穴の底をまた濡らした。


 リンを抱きかかえたフレアは、中から出てくる誰かの姿を想像し、呼吸するのも忘れていた。もしモンスターが飛び出してこれば逃げ場はない。それをわかっている隣のペトラも、魔法をいつでも唱えられるように身構えていた。


 しかし奥から聞こえてきた反応は、あまりに穏やかなものだった。

「はーい」と聞こえた甲高い返事に続き、誰かが扉の隙間から顔を覗かせた。



「―― あ~ら、お客さんなんて珍しい」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ