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【102話】フレア・ペトラ編その13


「滅びた? マリザイの街が?」


 男の言葉に度肝を抜かれ、二人は顔を引きつらせ「ハハハ」と笑うしかない。

 しかし数日前に見た景色は二人の脳裏にびっしりと残ったままで、()()()という言葉には現実味がなく、とても信じられなかった。


「正確に言やぁ、とっくの昔に滅びてるって話だ。俺の記憶が正しけりゃあ、もう150年ほど前の話だ」


「ひゃくッ?!」とペトラが驚きのあまり声を漏らした。


「でも私たち、つい数日前にマリザイの街へ行ったんです。そこでお使いを頼まれて、なのに戻ってきたら街はなくて……」

「なんだお前ら、幻覚でも見せられたのか」

「違います! その証拠に、この瓶は街で受け取ったんです。お酒を入れてこいって」


 フレアから瓶を受け取った男は、ムスッとした顔で瓶を一周させてから、「俺にはわからん」とフタを開け、ドプドプと中身を一気に飲んでしまった。

『あー!』と声を合わせてしがみつく二人が身体を揺らすも、男は不満そうに「ゲェ~プ」と息を漏らし、顔をしかめるだけだった。


「薄くてやっっすい酒だ。こんな酒を持ってこられて喜ぶ奴ぁいねぇよ。0点中の0点」


 この野郎とジャンプしてペトラが頭を殴るが、男は文句を言いながら最後の一滴までしっかり飲み干し、口直しにリンの口先に少しだけ残っていた肉片を奪い、口へと放り込んだ。そして最後にしっかり手を合わせ、目を瞑りごちそうさまでしたと呟いた。


「ッんの野郎、大人しくしてりゃ好き放題しやがって。物は盗むわ、酒は飲むわ、もう許せねぇ!」


 もう一発殴らせろと飛びかかったペトラを半目で躱した男は、胸元にしまっていた楊枝で歯に挟まった肉の欠片をシーシーこそぎながら、フレアだけを見つめて言った。


「ならばこんなのはどうだ。お前ら、今夜一晩俺に付き合え。そしたらこんな安酒と比べもんにならねぇ《じょ~と~なもん》を詰めてやる」

「なんでアナタなんかに付き合わなきゃいけないのよ!」

「まぁそう言うな。こっちにゃこっちの事情があんだ。それに……、嬢ちゃんらも、これで新しい酒が必要になったろ。悪ぃ条件じゃねぇと思うぜ?」


 お前のせいだろという人を殺してしまいそうな視線を躱し、男は巨大な剣を地面に突き刺した。


「そういえば、まだ名を言っていなかったな。俺はモリシン、少し前まで東の果てで従者をしていたが、訳あって国を出た。今は流れのハンターとして、モンスターやアイテムの採取をして生計を立ててる」

「聞いてないんですけど」

「だーかーら、そう言うなって。重要なのはこっからだ。俺ぁ今、この森のどこかにあるという泉を探してる。その泉には地下へ繋がる小さなダンジョンの入口があって、出入りしてるモンスターが、それはそれは美味い酒をドロップするって噂でね。そいつを探し回ってるわけさ」

「だから聞いてないんですけど」

「俺もこう見えてなかなか忙しい身でね。タラタラしてられるのも、あと一日足らずってわけ。だからどうしても戻るわけにいかねぇの。悪いが付き合ってもらうぜ」


 勝手に話を進めたモリシンは、剣に付いたモンスターの血を落とし始めた。

 この人の話を全く聞かない男はなんなんだと不信感に満ち満ちた目で見つめる二人は、その隙に反対側を向きながらコソコソと口裏を合わせた。


「しかしよぉフレア。今コイツを逃しちまうと、それはそれでなんだぜ。またモンスターに襲われちまったら、俺たちだけじゃどうにもなんねぇ」

「でもこんな人と行動してる暇なんてないよ」

「けど命にゃかえらんねぇ。となれば、どうにかコイツを操って、俺たちだけさっさと森を抜け出すしかねぇな」

「確かにそうだけど……。どうするつもり?」

「なんだか知らねぇけど、コイツそこまで悪い奴じゃなさそうだし、確かに酒が手に入るならそれはそれでアリだろ。ならひとまずついてって、隙を見て森を出ようぜ。話はそっからだ」


 二人がコソコソ話していることも気付かずボリボリ頭を掻いたモリシンは、一頻り手入れを終えると、胸元から小さな紙を取り出し、「とは言ったものの」と呟いた。

 足元ではペットのリンが心配そうに主人を見つめていたが、当の本人は困り果てた表情で、どうにもならない様子だった。


「ところでお前ら、森で、……泉なんか見てねぇよな?」


 不意にモリシンが話しかけた。同じタイミングで相談を終えた二人は、互いに目を合わせ、まずはペトラが適当に「知らねぇし」と答えた。


「むむぅ、しっかしわからん。本当に泉なんぞあんのか?」


 途方に暮れるモリシンの手元から紙を奪い取ったペトラは、「返せ!」というモリシンを尻で弾き、「なになに」と月明かりに照らした。フレアと二人で覗いた紙には、泉の場所を示す簡単な手がかりが書き込まれていた。


「マリーライン村の東、約8里の森の中に泉あり。泉は森の中心に置かれた《マリヤングの祠》から南西へ半里ほどの場所にあり、浅い泉の底にある横穴からダンジョンに入ることができる……?」

「マリーラインにマリヤング。なんだろうね?」


 悩む二人の手元から紙を取り上げたモリシンは、ガキ二人に何ができると、改めて自分のいる位置関係を調べるため周囲を探り始めた。しかしペトラとフレアは、今しがた得たばかりの情報に自分たちが持っている情報とをかけ合わせ、俯瞰的にデータとして落とし込んでいく。


「なぁおっさん、マリーラインってのはなんなんだ?」

「森の西にあるなにもない村だ。この付近には、あそこくらいしか目印になるものがないんでね」


 どうやら自分たちが聞き込みをした村だと頷いた二人は、手持ちの地図の中に位置関係を書き込んだ。そして自分たちが走ってきたおおよその距離や時間、景色からわかる現在地を割り出し、目的地までの位置関係を探っていく。


「ん~と、星の位置と森の広さと走った距離が大体こんなもんだとして、村から見えてた森の外観とを合わせりゃ、……まぁこんなとこじゃね?」

「でも私たちは背の高い木の連続を進行方向左へ抜けてきたはずだから、位置的には少し南へ流れてるかも」

「だとすると少し北側へ補正しねぇとダメか。なぁおっさん、ちなみに《マリヤングの祠》ってのは?」

「よく知らんが、森の中心地に祠のようなものが祀られているらしい。あくまで噂だが……って、なんでお前らに教えなきゃなんねぇんだ。お前らは黙ってついてこればいい」

「はいはい。で、森の中心ってことは、外からの距離で考えると……、こんなとこか?」


 サササッと紙に書き出した二人は、ここから北西へ約半里の場所に祠があるはずと目星をつけた。

 そんな簡単にわかってたまるかと二人を馬鹿にして腕組みするモリシンに対し、まるで無視して森の中をトコトコ進んだ二人は、ものの十数分で《マリヤングの祠》を発見してみせたのだった。


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