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【100話】フレア・ペトラ編その11


    ◆◆◆◆◆


 一路マリザイの街へと走った二人は、途中立ち寄った村で酒を調達しつつ、ゴルドフの工房を目指した。

 しかし再び訪れた()()()()()()()()()()()は、以前に見た《箱と壁だらけの光景》と180度違っており、あまりにもありきたりな田舎の風景に取って代わっていた。


「なんだよこれ。ここ、ホントにマリザイの街だよな?」


 ペトラが疑問に思うのも無理はなかった。

 まず何より、殺風景どころか、色、匂い、そして人に至るまで、何もかもが違っていた。

 あれだけ無機質で、異様な壁に囲まれた箱だけの街は、ただ凡庸で、人々が田畑を耕すだけの景色へと様変わりしていた。


「なぁフレア。場所、ここであってるよな?」

「多分……。だけど、ほんの数日で建物がなくなっちゃうことなんてあるの?」

「知らねぇよ。俺に聞かれても……」


 二人は仕方なく街の住人に箱の街のことを聞いて回った。しかし農家の人々は、口々に知らないと答えるだけで、一向に話は進展しなかった。


「わけわかんねぇ、どうなってんだよこれ」


 あれだけ積み上がっていた箱だらけの異様な光景も、今や見渡す限りの草原(くさはら)しかない。

 牧歌的な田畑の風景や古めかしさを醸し出す家々は、ここが新しい街でないことを在々と伝えていた。


 馬車の轍になった土手に腰掛けた二人は、ただ一本ぶらぶらと瓶を下げたまま、どうすることもできず項垂れた。


「これからどうしようね」

「どうもこうも、探し出すしかないだろ」

「手がかりもないのにどうやって?」

「困ったらまずギルドだ。これまでだって、ずっとそうしてきたろ?」

「だけどこの街、……ギルドなんてありそうもないよ」


 あまりにも無防備に佇むマリザイだったはずの街は、僅かな人と家畜が住むだけの辺境の地で、ギルドどころか冒険者が身を寄せる施設すらなかった。

 パタンと草原(くさはら)に寝そべったペトラは、急に梯子を外された子供のように黄昏れるしかない。


「……一旦ランドに戻って情報集めるか?」

「もうそんなことしてる時間ないよ。ただでさえ瓶のフタを開けるのに時間かかっちゃったし」


 チャプチャプと音を鳴らす酒瓶を地面に置き、フレアもペトラの隣で同じようにゴロンと横になった。

 何もなく流れていく雲を見つめながら、しばらくボーッと空を眺めていた、時だった――


 突然ペトラの頭上を何かが覗き込み、「コン」と言った。

 驚き飛び起きたペトラを身軽に躱したのは、小さなキツネ型のモンスターだった。キツネは何食わぬ顔でフレアの横に転がっていた酒瓶を咥え、(おもむろ)に走り出した。


「え、ちょっと待って、それ持ってっちゃダメ!」


 器用に瓶を咥えて轍を飛び越えたキツネ型モンスターは、二人を誘うように近くの森を目指し駆けていく。息を切らしてキツネを追いかけた二人は、日暮れが近付き夜が迫ることすら忘れ、導かれるまま森へと迷い込んでいった。


「くそっ、アイツどこ行った?!」

「わかんないよ、でも早く探し出して瓶を取り戻さないと!」

「だけどやべぇ、もうすぐ夜だ。夜になっちまったら、もう見つけ出すなんて無理だぞ。なんで大事な瓶を取られちまうんだよ?!」

「そんなこと言われたって!」


 言い争いを始めた二人を止めるように、木々の隙間からキツネが顔を覗かせた。

 キキキとあざ笑うかのような声を残し、再び走り出したキツネは、さらに森の奥へ奥へと二人を(いざな)った。


 フレアが考える(いとま)もなくキツネを追う中、夜の森の恐さを知っているペトラは、慌ててフレアの腕を掴んで止めた。

 夕刻を過ぎ、いよいよ日が暮れてしまった。これ以上、自分たちだけで森を進むのは危険だと冷静に伝えた。


「そんなこと言っても、早くしないと逃げられちゃうよ!」

「ダメだ。フレアは夜の森がどれだけ危険かわかってねぇ。昼間に息を潜めていた化け物どもが、一斉に動き出すんだぞ?!」

「でもあれがないと、私たち……」

「どっちみち死んじまったらパァだ。ウィッチやゴーストなんてモンスターに囲まれちまったら、俺たちには逃げる方法がない。絶対やられちまうんだぞ!」


 強引にペトラが腕を引っ張るが、誘惑するようにキツネが顔を見せ、「コン」とフレアを手招きした。いよいよ何かおかしいとペトラが勘付くも、フレアは焦りから正常な思考が追いつかず、キツネの姿を追うことだけに囚われていた。


「とにかくあの子を捕まえないと!」


 ペトラの腕を振り切り駆け出したフレアは、すばしっこく枝葉を躱すキツネを捕まえられず、また深い森の奥へと進んでいってしまう。「ああもう」と頭を掻き毟ったペトラは、フレアを一人にするわけにいかず、仕方なく追いかけるしかなかった。


 五分、十分と過ぎるうち、次第に森の臭気は濃くなった。

 二人の鼻にも届くほど血生臭い匂いが漂えば、自然と二人の進む足も躊躇した。

 そこにモンスターの遠吠えが混じれば、恐怖感は途端に増していく。


「フレア、もういい。すぐに森を出るぞ!」

「もう少し、もう少しで捕まえられるから!」


 木々の合間を縫い、フレアが身体を投げ出しキツネに飛びついた。不意を突かれ、フレアに身体を掴まれたキツネは、何かを呼ぶように甲高い声で叫んだ。

 フレアが「マズい!」と言う間もなく、木々の影からキツネより一回り大きな影がヌッと現れた。


「チッ、やっぱりコイツ、(おとり)かよ!」


 全方向からぞろぞろ現れたのは、ウッズキャットの上位種であるカーカスキャットの群れだった。しかも背後には、おこぼれを狙うゴースト系のモンスターが無数に列を成し、その瞬間を待ちわびていた。


 フレアを抱えてペトラが警戒するも、子供二人に対し、モンスターの数はあまりに多勢に無勢だった。中にはフレアの倍はありそうな個体もおり、少し魔法が使える程度のペトラでは追い払うことも叶わない。


「ど、どうしようペトラちゃん?!」

「だから言ったんだ、夜の森はヤバいって。どうにかして逃げるしかねぇ」

「どうにかって、一体どうやって」


 抱えたキツネの口から瓶を回収したペトラは、絶対俺から離れるなと背中合わせになり、すぐに魔法を唱える準備を始めた。しかし構わず襲いかかってくるモンスターたちの攻撃を躱すことで手一杯になり、反撃する暇などあるはずもない。


 キャットの牙がペトラの顔をかすめ、頬から血が滴った。慌てふためくフレアがモンスターから視線を切るが、ペトラは油断することなくフレアをフォローしながら巧みに攻撃を躱した。


「俺一人ならまだしも、フレアと一緒じゃどうにもならねぇ」

「わ、私が足手まといってこと?! 酷いペトラちゃん!」

「んなこと言ってねぇ、それよりどうにかここを逃げ切る方法を考えろ!」


「ジャンプ!」と声を合わせて飛び上がったペトラは、空中でフレアを抱え、強引に冷気(アイス)の魔法を放った。反動で木の上へと逃亡を図るも、負けじとゴースト系のモンスターが二人の行く手を遮った。


「んだよ、飛ぶなんてインチキじゃんか!」


 木の上で逃げ場を失った二人を狙い、キャットたちが口から小さな炎を吐いた。

 ズボンの裾を燃やされ「アチチ!」と飛び上がった二人は、枝から枝へ飛び回り、逃げるしかない。

 しかし意図的に小さな炎で周辺の木々を燃やしたモンスターは、いよいよ火に囲まれ逃げ場を失う二人を執拗に追い詰めていくのだった――



「やべっ……、もう逃げ場がねぇ」


 ペトラがゴクンと息を飲んだ。口を開けたまま地上で待ち構えるキャットたちは、ダラダラと(よだれ)を流しながら、獲物の最期を虎視眈々と狙っていた。

 足場の枝に炎が移り、二人が慌てて火を消そうとするも時既に遅し。

 バキッと枝が折れ落下した二人は、集まったモンスターの中心に追い込まれてしまった。


「あわわ、どうするのペトラちゃん?!」

「どうもこうも、どうすることもできねぇだろ」


 目の前で大口を開けるキャットの群れは、どこから食ってやろうかと値踏みしているようだった。しかし二人が諦めて目を閉じかけた直後、どこからか聞き覚えのない男の低い声が聞こえてきた。



『 そこの二人、ちょいと高く跳んでみな 』



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