燃える研究都市をゆけ3
俺としては初めて見る研究都市。それは、爆撃とレーザーの光が飛び交う、滅びた都だった。全ての人はとうに避難を終えて、コンクリート造りの建造物はみんな明かりを付けず黙っている。
その割れた窓からグレムリンやらオークやらが飛び出して、機械種たちのいるであろう場所へ飛び込んでいく。そうして、遠くで爆発が轟き、真新しい煙が炎と共に立ち上る。
戦争。そんな遠い昔の出来事を表現する単語が、俺の回路の細いところをかすめた。
「マリアさんの家はどっち?」
俺は周囲を見回しながら、ミッドたちに通信を投げかける。崩れた建物の片隅に隠れて、できるだけ徘徊する魔物に気付かれないよう、注意を払う。
「このまま北へ。上は居住区ですが、地下にラボがあるんです」
「だね。みーんな出し抜いて一等で到着するよ!」
クローディアがライフルを構えながら、一歩、瓦礫から身を乗り出して周囲を確認する。その横からグリンツ氏が状況を確認して、視線を外に向けながら手を挙げる。大丈夫だとのサインに、俺たちは移動を始める。
「ちょっと、出番取らないでよ」
「狙撃手の仕事は後ろから撃つことです」
「ぐぬぬ」
出番を取るなと言いながらも、クローディアは歯噛みして後ろに下がる。そこに、彼らには明確な立ち位置があって、やれることを分かっているということが感じられる。
はやる気持ちはあるが、俺もできることをする。耳を澄まして、眼を凝らし、些細な異常も感知できるよう、センサーを尖らせる。
「……」
ジニアの花びらの代わりに飛び交うのは、冷め行く火の粉ばかりだ。歩けば歩くほど、徐々に機械種たちの居場所に近付いているのが分かる。呑み込む唾もないのに喉を動かそうとしてしまうのは、俺にトールの残滓があるからか。
「こちらへ。近道です」
不意に、ミッドが燃える通りから横に逸れた路地裏に向かう。俺たちはそれぞれに周りを確かめ、路地裏に飛び込む。
「キイィッ!」
「げっ」
そこで鉢合わせたのは一匹のグレムリンだった。ドライバーのような爪を振りかざし、俺たちに迫ってくる。だが、それは破裂音の後で一瞬で砂になり、地面に散らばる。
「魔物は破壊する」
ロステルが眼を爛々と光らせて、召喚した小銃で撃ったのだ。
「……それは、引き続き変わらない」
けれど、彼の呪われた眼差しは瞬き一つで元に戻る。彼も変わった。ブローチと共存しようとしている。頼ってくれと笑いかけてくれた彼が、今は心強い。
その小競り合いがきっかけになって、グレムリンやらゴブリンやらが現れては、俺たちの進路を妨害する。路地裏の入り口には、すでにオークが張り付いていて、丸太のような腕を突っ込んで俺たちを掻き出そうとしている。
「走るよ!」
クラクの号令で、俺たちは走り出した。斧を構えたアマナが飛び出し、前方のグレムリンを頭から粉砕する。爆ぜる砂に紛れてミッドが飛び出し、アマナを襲おうとしたゴブリンをシールドで阻む。そのまま、彼は勢いあまったゴブリンの背中を押してよろけさせ、それをロステルが破壊する。
いつの間にか、俺たちにはチームワークが生まれていた。
「おっと!」
後方のオークが投げたつぶてをクラクも盾で防ぐ。クローディアが後ろを振り向き、狙撃銃で牽制している。
いつの間かグリンツ氏が先行し、的確に魔物の数を間引いてくれている。彼もゴブリンは苦手なのか、主に狙っているのはグレムリンだ。不服といった表情でクローディアが補佐しているが、その仕事にミスはない。
「ドウツキ、何か変な音は聞こえませんか?」
「……前方か? 歯車の音がする。機械種が近いんだと思う」
俺もペンライト片手に魔物を感知するよう努力しながら、ミッドたちに通信を送る。さすがに人数が多いだけあって、多少の魔物なら何てこともなく進んでいく。
廃墟を隔てた向こうで、銃撃音が激しくなる。機械種の一団の横を俺たちはこっそりと抜けていく。
「やはり最適ではありませんね」
(ん……?)
その最中、俺は機械種たちのいる方向から電子音声を聞いた。通信ではない。そのまま周囲の機械種に拡散しているような高めの声だった。しかし、幾多もの音を組み合わせた電子音声は、音の芯を掴みづらい。
俺にはいくばくかの言葉と、地球の数字と記号に組み合わさった名前しか分からない。
「ドローン2C308、この一件には原住民が噛んでいるとか」
「応答します。女王、過去該当エリアでヨルヨリが主電源を停止させたとの報告がありました。実行に使用した時間に問題が見られます」
「該当のヨルヨリに出会ったら、迅速な脚部と頭部演算能力をよりよいものに置き換えるよう提案なさい。我々はより優れたものとして、彼らをよい方向へ導く必要があります」
ノイズ混じりのやりとりの後、重々しい足音や、キャタピラの回る音が聞こえて、それっきり機械種たちは移動を始めたようだった。
「……」
俺は頭を横に振った。不気味なものを聞いてしまったという後悔があったが、必ずしもグレムリンの音を拾えるわけではない。よその音を聞いてしまうのは、仕方が無いことだった。
「ドウツキ?」
「大丈夫……機械種の話し声が聞こえただけ」
俺はミッドにそう言って、再び歩き始める。皆からはぐれないように。今、俺にできる数少ないことだ。そして、俺の中で情報をまとめることも。
「クラク、機械種の長って、ええと、例えば岸壁の港町のヴァンさんみたいな人はいるの?」
するとクラクは周囲に目を配りながら、小さく頭を縦に動かしてくれた。
「いるね。たまにボディを使って機械の街の外を見に行くんだ」
「名前は?」
「地球のならわしからマザーって僕らは呼んでいるよ。彼らはお互いのことなんてすぐ分かるから、名前は要らないんだ。僕らの数字とアルファベットを借りて、僕らに識別しやすいようにはしてくれてるけどね」
俺はさっき電子音声がした方にもう一度耳を傾けてみたが、聴覚センサーに届くのは銃声ばかりだった。何か、小さな違和感のようなものを覚えはしたが、それが形になることはなかった。
「見えてきた」
慎重に、しかし急ぎ足で進むことしばし。最初に声を上げたのはクローディアだった。顔を上げれば、思ったよりもずっと小柄な家屋が建っている。地下が本体だと聞いてなお、それはとても研究所には見えなかった。
(誰もいない。最初に到着できたか!?)
枯れ果てた小さな庭園を踏み越えて、俺たちはなだれ込む。ロステルとグリンツが素早く武器を構え、後詰めでクラクが盾を構えてくれている。
「……」
視覚センサーが慣れてくる。明かり一つ無い家の中を見れば、驚くほどがらんどうだった。
「表はすでに回収されているようですが……。あの人なら、私の権限を剥奪することはないでしょう。お待ちください」
ミッドがあたりを見回し、片隅に放り出されたままの柱時計に手を掛けた。硝子を外し、長針と短針をくるくると指で回して、最後に手を翳す。それが彼にとって、当たり前の行為であると言わんばかりに。
――認証完了しました。おかえりなさい、ミッドバード。
無機質な音声が時計から発せられると、部屋のどこかでアラームが鳴り、重々しい解錠音が響く。
「でしょうね。あなたはいつもそうです。私のことを見ているのに、私のことを一切顧みない……」
ミッドはため息の仕草をして、目を伏せた。その独り言を聞かなかったわけではないが、なんだか踏み入ることがはばかられて、俺は黙ってしまう。
「ドウツキ、ロックは解除されました。少なくともクーネル氏はこちらに来ていないようです」
「分かった」
俺は音のした方へ、一直線に向かう。すぐ隣の部屋だった。




