Interfluent
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『オレ』は誰だ。オレは、自問する。ロステル・ファニングだという回答がここにある。この自我は変質しながらも、機能するまでに改善された。
オレはブローチに宿った数多の武器の「戦いたい」「敵を撃滅したい」という願いを叶える。そして、オレ自身は意思を取り戻し、撃つべき敵を取捨選択する権利を得る。そういう約定を交わした。
オレはこの、途方もない策謀と悪意の世界に帰還した。地に足がつき、影が濃くなる心地がしている。
諍いの火種など消えてなくなってしまえばいいとあれほど思ったのに、オレは何の因果か生きている。
「……」
無論、一緒に留守番をしているクローディアの顔も、力尽きて休むアマナの繭の形も分かる。そう、分かってしまう。
「……そうかあ、戻っちゃったか。思ったよりは、早かったなあ」
クローディアが、ミッドたちが一階に降りた頃合いを見計らってオレへと呟いた。オレは、彼女の方を見る。オレは、彼女に問いかける。
「クローディア。『棄民城』の近衛がなぜ此処に?」
「でっすよねー! その追及が来るのも分かってた……覚悟はしてたよ……」
彼女はばつの悪そうな顔をしながらベッドの上にひっくり返る。
「おそらく、ミッドバードはあなたが気ままに情報収集をしに来たと勘違いしている。あなたは、それに乗じて護衛と称して付いてきているだけだ。あなたは、ミッドバードの『慣れ』を利用しているに過ぎない」
「うっ。お、おっしゃる通りです、次期当主候補殿……相変わらず聡明でいらっしゃる」
クローディア。Mid_Bird-001”Craudia“。かつてクローディオと名乗っていた、人当たりの良いアンドロイドを、オレは多少なりとも知っている。
ひづめあとより北東、岸壁の港町から見れば北方にある区画。大改訂の折に捨てられた様々なものが集う『棄民城』。その城主を守る凄腕の狙撃手。確かに夜駆としても名うてだが、彼女の真の立ち位置はそこにある。夜を駆ける姿は、情報収集を兼ねた仮のもの。すなわち、彼女もまた一種の『影』なのだ。
「はー。白状します。あっ、でもみーくんにはまだ言わないで。マリア博士の件でいっぱいいっぱいのはずだから」
クローディアは身を起こし、繭を抱き直した。唇を尖らせて、ぽそぽそと喋り始める。
「あたしはご主人様から……『姫さん』から、ニューロちゃんを守れって頼まれたの」
「……」
オレは言葉に詰まる。ニューロマンサーは、死んだ。今、その身体を使うのはドウツキという新規の人格プログラム群だ。オレを繋ぎ止めてくれている鋼鉄の楔だ。
「情報の行き違いってやつ……あたしがひづめあとを南下してすぐ、ニュースがあったよ。消息不明になった、って。間に合わなかったんだ……あたし、あの子の手を掴めなかった。もう大丈夫だよって、抱きしめてあげられなかった」
クローディアはため息をつき、沈痛な面持ちで緑の繭を抱えている。
「情報提供を要求する。なぜ、あなたの主は彼にこだわる?」
オレが彼女にそう尋ねると、彼女は一度口を引き結んでから、改めて唇を開いた。
「あの子が、みんなが欲しがってるものを指し示す『コンパス』だからだよ」
「その真意は? 彼とは何だ?」
「言えない。でも、彼が自由に歩けるのは、彼がコンパスだからってだけ。みんな、彼に宝のありかを探らせてるし、本当にその力があると証明されたら一気に動くよ。機械の街も、岸壁の港町も、工業都市も、もちろん、棄民城も」
彼女は、そう言うだけに留めた。そして、真意を見定められないオレに切り出した。
「ロステル君。君が、何をどれだけ知ってるか、あたしは知らない」
覚悟を決めたらしい彼女は身を乗り出して、まっすぐとオレを見つめている。
「だけど、心が戻ってきたんなら、君は決めなきゃいけない。誰の側につくか。どういう立ち回りをするか」
強い感情を秘めた瞳が、オレを覗き込んでいる。オレは、ただ彼女の言葉を聞くことに努める。
「二度目の『大改訂』はもう始まってる。この世界の不思議が、機械種の目指す無機質な現実や、地球の幻想に滅ぼされるかどうか、近いうちに決まる……姫さんは、そう言ってた」
彼女の恐ろしい暴露は、この言葉で締めくくられた。
「そして、『厄災』である君だけが、守りたいものを好きなように守れる自由を持ってる。ロステル君……君は、その暴力で誰を守りたい?」




