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君の真心(こころ)、君の遺志1

 果たして、俺が着地した頃には、警備システムの上半身は粉々になり、後に残るのは火花だけだった。


「……!」

「これ以上、抵抗するなら破壊も辞さない」


 それと同時に、ロステルがヒューバートの喉元に砲を突きつける。彼の周囲には、破損した銃器の残骸が散らばっていて、今までの死闘を物語っている。

 クローディアはぐっと拳を握って立ち上がっているが、ミッドはその場にへたり込んでしまっている。俺も疲労感がどっと押し寄せてきて、何度も咳をしている。


「ミスは一つ二つあったとはいえ……アドリブで演じきれると、思ったんですけどね」


 ヒューバートは、観念した顔でステッキを落とし、ゆっくりと両手を下ろした。ロステルが砲を構えたまま、そっと離れる。

 熱疲労から息を整えたミッドが立ち上がり、ヒューバートに向き直る。


「ヒューバート」

「兄様、ごめんなさい。必死に夢を見ていたのに、ただまっすぐ『傷つく』って言われた時、傷つけてるんだって、目が覚めてしまったんです」

「ごめん……」

「いいえ……いいえ」


 彼は胸元に義手を寄せて、沈痛な面持ちでうなだれた。俺もどうしていいか分からなくなって、謝る以外に思いつかなくなってしまった。


「自分の暴力に、見ないふりを、していただけですから……」


 彼は眉を下げて、仕方なさそうに笑う。それが、俺の回路にちくちくとした悲しみをもたらす。俺も一緒になって、うなだれてしまう。


「あの、ヒューバート」


 けれど、一つだけ伝えなくてはならないことがあったから、俺は顔を上げた。


「ヒューバートにとっては、嘘かもしれないけど、俺、嬉しかったよ。俺をニューロマンサーと見間違えなかったの……」


 俺の通信に、ヒューバートが弾かれたように顔を上げる。気弱そうな金色の瞳と、目が合う。


「みんな、ニューロマンサーやトールを知ってて、この躯体に彼らを見る。それが当たり前なんだ。俺は死者のつぎはぎだ。でも、ヒューバートは俺が訂正する前に、誰だって聞いてくれたじゃないか。俺は、それが嬉しかったんだ」

「ドウツキさん……」

「俺が伝えたかったのは、それだけ」


 難しいことがうまく考えられなかった。だけど、多分それでよかったのだろう。ヒューバートの思い詰めた顔が、ほんの少し明るくなった。それだけで。

 俺は、そのまま歩いて、ロステルの方へと向かった。初めて見る、綺麗な格好だった。いままで憔悴し続けていた彼が、やっと生き生きとしてくれたような、そんな気さえする。


「あ……」


 彼は俺が近付くのを見るなり、いつもの戸惑ったような表情を見せる。砕けた武器の数々が炎になって、彼のブローチに吸い込まれる。

 瞳に光は戻っているのに、彼は視線を泳がせている。かと思うと、ぱっと俺の手を握る。


「お、おおっ、えっ、何!?」

「あ……あなたの顔が、分かる。分かるんだ。輪郭が見える……!」


 びっくりした俺に、あたふたしながらも、彼は必死に言葉を伝えようとしてくれる。俺は彼を落ち着けようと、抱き締めて、背中をぽんぽんと軽く叩く。


「あなたの顔が、はっきり見えるんだ……!」

「うん、うん……!」


 新しく生まれた彼からは、嗅いだことはないものの、とてもよい爽やかな花のような香りがした。それは、ニューロマンサーの知識にもない香りだった。


「ロステル君が急に立ち上がった時はどうなるかと思ったけど、良かった……」


 クローディアも一安心といった様子で、うんうんと頷いている。俺はロステルをなだめながら、視線を彼女の方へ向ける。


「ありがとう。クローディアも、ミッドも、信じてくれて」

「あたしたちは、ドウツキちゃんをしっかり頭数としてカウントしてるよ。ね、みーくん」

「ええ。武器を持つことが全てではありませんから」


 彼女の楽しそうな笑顔を見ると、戦いが終わったのだなという安心感が湧き上がってくる。ミッドの声も心なしか柔らかい。

 ヒューバートの方を見ると、何となく安堵したような、一線を引いたような、ほんのりと寂しげな笑顔を見せている。彼は彼で、幸いにして落ち着いてきたようだった。


「では、ヒューバート。話してくれますね?」


 ロステルが落ち着いて俺から離れた後、いよいよミッドが切り出した。ヒューバートも覚悟していたようで、わずかに口を引き結んで頷いた。


「お話します。サリタ様が、誰かを傷つけるなんて、望んでいるわけはありません」


 彼は懐からマダム・サリタの三つ編みが入った袋を取り出した。愛しげに、金古美の指で撫でる。


「だって彼女は、手品で人を喜ばせる人だから……あっ」


 力加減を誤ったのか、ヒューバートは袋を取り落とした。あっけなく、袋は床の上に落ちる。ヒューバートがしゃがんで拾い上げようとして、止まる。

 俺たちも、動きを止める。


「え、あ。なんで?」


 袋の中に、マダム・サリタの三つ編みなど入っていなかった。

 マリーゴールドの花びらが入っていた。マリーゴールドの花びらでいっぱいだった。他に何も入っていなかった。

 目が眩むほどの『絶望』が詰まっていた。


「なんで?」


 訳が分からないといった顔で、ヒューバートが硬直して呟く。引きつった笑顔を見せて、義手を震わせている。


「なんで? サリタ様はどこに? あれしかないのに、サリタ様、あれしか残ってないのに」

「ヒューバート……!」

「ああアもももしかして私は最初からだまされれれテテ」


 ミッドが声を上げる。ヒューバートは両手を頬のあたりに当てて、ノイズ混じりの悲鳴を上げる。俺はそれを間近で見て、凍り付く。


「そそそれじゃ、ああああ、わたし私わたしは何ののためニに!」


 ――どうして? どうしてだ?


「ヒューバート、落ち着きなさい……ヒューバート!」

「やだやだやだ一緒にいてくださいさりたサマ! 私なんだってしまスから、もう怖いのはイヤなんデすお願いですお願いですおneがiです!!」


 ――彼はサリタさんのために一生懸命だったのに、どうして?


 俺の中で恐怖と狂気が巡る。俺は、手を伸ばしかけたまま、一歩も動けない。


「ににニイサマ行ってhaいけません工業都市はききき危険、です」

「ヒューバート、ヒューバート!」


 焦るミッドの呼びかけに、ヒューバートは応えない。


「あそこはあなたが思っているよりもずっとずっとずっと――」


 ぱきん。


(あっ……)


 何かの弾ける音がして、ヒューバートの体が弛緩する。ミッドが彼の体を支え、クローディアが慌てて近付く。二人がヒューバートの名前を何度も呼んでいる。再起動をさせようと、ケーブルを繋いで起こそうとしている。

 俺だけが、今の音を聞いた。何の音か、俺の中に残るトールはよく知っている。


 『石英硝子たましい』の破損する音だ。


 俺たちの記憶を司る装置の、一番大事なものが壊れる音だ。

 ヒューバートの中から、そんな最も恐ろしい音が聞こえた。その事実を、俺は受け止めきれない。彼のノイズだらけの断末魔が耳に残って、何度も反響している。その場で立ち尽くしている。何もできない。何も。何も。

 凍り付く俺の中で、超高速のデータが飛び交う。


 ――これが曝露個体か。

 ――ええ、我々の願いを叶えてくれるかもしれない器です。

 ――名前は確か、Neuromancerと。声に『奇跡』が。

 ――接触したかもしれぬということだな。

 ――明日には運び出しましょう。工業都市の主に破損させられる前に。


 知らない。覚えていない。激しい痛みと苦しみの向こう側で、記憶に無い人々が話をしている。体が動かない。ヒューバートが倒れているのに、俺は何を思い出しているのだろう。

 何を? 知っている。覚えている。ニューロマンサーが実験をされていた時の記憶だ。


 ――なあ、ニューロ。月食を見に行かないか?


 カプセルの向こうからトールの声がする。手を繋いで、たくさんの魔の手から必死に逃げていく。警備システムが彼らを取り囲む。だめだ。だめだ。でも、何もできない。何も。

 ああ、銃声が鳴る。おれが、トールが、死んでしまう。

 ああ、わたしを、おれを、引き裂かないで!!


「ドウツキ!!」

「……!」


 気付けば、ミッドが、いつになく大声で俺を呼んでいた。肩を揺さぶって、俺を見ている。俺は、あたりを見回す。さっきまでいた遺跡だ。目の前でヒューバートが倒れている。頭ががんがんする。回路がざらざらする。


「あ、俺は……」


 俺はヒューバートの抜け殻を見下ろす。俺は確信している。彼が死んだのだと。


「だめだ、だめなんだよ……ミッド……」


 どうにか通信を振り絞る。俺は、俺だけが理解したことを、ミッドに伝えなければならなかった。


「石英硝子が割れてる……」

「……!」


 ミッドの顔色が変わった。無表情に務めているはずの彼の顔が、みるみるうちに蒼白になっていく。


「そう、ですか……」

「ね、ねえ、ヴォルっちのところに行こう! か、勘違いかも、しれない、し……」


 クローディアも震え、ライフルを抱きながら、必死に提案する。だが、彼女も俺の言葉を聞き、ヒューバートの状態を見て、言葉を失っていく。


「……私が確認します」


 うつむきがちに、ミッドが倒れたヒューバートに近付いて、助け起こす。そして、もう一度ケーブルを繋いで、目を閉じる。


「Mid_Bird-006、人格プログラム群の再起動を要求します」


 ヒューバートから演算の音が聞こえる。淡い期待が俺たちを包む。


「記憶装置が検出されません。トール・ジニア博士にお問い合わせください。機体保全のため、機能を停止します」


 だが、次に聞こえた言葉は、俺たちを絶望させるに十分なものだった。ヒューバートは人格の奥に設置された無機質なメッセージを返して、沈黙した。

 今度こそ、ヒューバートは機能を停止した。


「……」

「……」


 俺たちは、誰一人として、口を利けなかった。沈黙が、俺たちを包んでいた。

 ミッドも、クローディアも、ロステルも、俺も、うなだれていた。


「……出よう、ここから」


 俺はやっと通信を出した。俺は警備システムの尻尾に絡んだアマナの斧をクローディアと協力して外し、ミッドは二度と動かないヒューバートを担いで、外への道を歩き出す。


「……これは」


 彼の懐から宿の鍵が落ちたことに気付いて、俺は慌ててポケットに入れる。

 帰り道はあっという間だった。アマナのいたところに、書き置きが残っていたことに気付いたのも、もちろんすぐだった。


 ――彼女は宿に運んで手当しておきます。力量をわきまえて行動するよう、指導をなさってください。

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