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合流1

 ロステルを除いた俺たちは、一斉に安堵のため息をついた。

 俺はトーチを部屋全体に設置するついでに、部屋がどういうところなのか見定めようとした。


「檻があるし、食糧庫、じゃないな……」

「強いて言えば、懲罰房、ないし捕虜を捕えておく場所でしょうか」


 ある一点を見ながら、ミッドが呟く。俺も同じ方向を見て、通信で唸る。

 向かいにあるのもまた檻だった。

 中にあったのは一つのプランターだった。岸壁の港町でも見たような、街にならありそうなものだ。だからこそ、その異質さはひときわ目立つ。

 プランターの中には、花が咲いている。マリーゴールドだと、いつものようにニューロマンサーの知識が囁く。


「……」


 ――花を探しなさい。そして何故咲いているのかを問いなさい。

 俺はグリンツ氏の母が言った、あの言葉を思い返していた。檻の向こうに閉じ込められたマリーゴールドの花は、規則正しく並んでいる。オレンジの色をしっかりと宿し、暗がりの中で佇んでいる。

 ペンライトを向けて、俺はさらに檻越しにプランターを調べる。


(……土が濡れてる)


 つまり、誰かが水をやっていたものだ、ということだ。しかもさして日数は経過していない。

 念のため、上にスプリンクラーの類がないか見てみたが、そんなものはどこにもない。


「ミッド、例えば水を一つの場所から、別の場所に転移する魔法とかって、知ってる?」

「下水などで、水を強制的に移動させるものは聞いたことがありますが……」


 彼は首を横に振った。

 俺が思い出すのは、岸壁の港町で遭遇したアンドロイドだった。彼は忽然と姿を消していたから、テレポーターなしでも『転移』と呼べる魔法や技術があるのは想定できる。

 だが、水を壁を遥か隔てた場所に転移させるという方法は、俺も思いつかなかった。


(じゃあ、誰が花に水を? 暗いとこでこんなことしたって、花は枯れてしまうんじゃ……)


 そこまで考えて、俺ははっとする。


(ゴブリンをおびき寄せるため?)


 だとしたら、気味の悪いことだった。このたった一つのプランターで群がってくるゴブリンの習性も、あるいはプランターを配置したであろう誰かの意図も。


「……」


 全てはただの予測だと、俺はかぶりを振って考えを追い払う。


「こっちはもう大丈夫。ありがとう、ドウツキちゃん」


 丁度、その時に、クローディアから声が掛かった。俺はトーチを受け取ろうとして、立ち止まる。


「あー、ちょっと待っててくれるか?」

「え? うん、いいよ!」


 あたりを見回すが、鍵らしいものはない。俺は肩掛け鞄から、ヒューバートに貰った鍵開け道具を取り出した。


「ちょっと時間が掛かるかもしれないけど……一度、やってみたい」


 説明書を読んだ通りに、俺は鍵穴に向けて金具を差し込んだ。あまり力を入れると金具が歪んでしまうだろうからと、慎重に動かし、音や手ごたえを学習していく。

 徐々に手が新手のツールの扱いに慣れてくる。鍵穴を探るうち、上部にいくつもピンがあることが分かってきた。同時に押したり、金具の位置を微調整したりして、しばらくの間、鍵と格闘する。

 そして、ある瞬間。重々しく機構が跳ねる音が鳴って、鍵が開いた。


「やった!」

「すごい、ドウツキちゃん!」

「できたできた、良かった!」

「わーい!」


 達成感に思わず拳を握って立ち上がり、俺は出てきたクローディアとハイタッチをした。鍵開け道具をしまい、トーチを受け取る。


「でも何の特殊技能も持ってない俺が、軽く弄って開けられるような鍵って……」


 しかし、最新鋭の機械を用いるであろう機械種の牢屋に、俺のような初心者が開けられるような鍵があるというのも不思議な話ではあった。


(考えすぎかな……いや……)


 花のことといい、全体的に気味の悪い、どこか作為的な遺跡だという印象が残る。


「そうだ。情報共有しよう。クローディア、充電しながら聞いてほしい」


 俺たちは車座に座って、クローディアにここまでの顛末を話すことにした。



「……あっちこっちに仕掛けられたワイヤートラップかあ」


 クローディアも狙撃銃を抱いて、眉を寄せる。


「実はね、ドウツキちゃん。あたしもなんだよ」

「えっ?」

「あたしも引っかかったの……ワイヤートラップに」

「本当ですか?」


 聞きの姿勢に入っていたミッドが口を開く。クローディアは視線を扉の方へやりながら、申し訳なさそうに眉を下げる。


「気を付けようねって話してたんだけど、分かれ道のところに、見えないように綺麗に張ってあってさー……もー」


 申し訳なさそうな顔が、悔しそうに歪む。


「そしたらテレポーターがあって、この檻の中だよ。暗いし怖いし、ゴブリンがいっぱいいて気持ち悪いったら……」

「グレムリンがいなかったのが幸いでしたね」

「ほんとだよ!」

「結果だけ見ればだけど、動きを阻害されてたってだけなんだよな」


 檻はクローディアを守る壁でもあった。転移先が檻の外で、グレムリンやミミックが混じっていようものなら、彼女はただでは済まなかっただろう。

 と、思うと、罠は決して殺意があるものではないのかという疑問が浮かぶが、首元に張られたあのワイヤートラップが、俺の考えを遮る。


「だけど、誰にも見つからなければ、バッテリーが切れて機能停止か……うーん」

「我々が来たのは行き止まり側から。つまり、このあたり一帯が封鎖されたエリアでない限り、ここから先の道のどれかは入り口に繋がっているはずです。仮に誰かが探索に来たとして、魔物が押し寄せる部屋に近づくでしょうか?」


「慣れてる人なら行くかもしれないけど、あたしだったら避けるかな。ゴブリンに紛れてなんかいたらやだし、ここ多分、財宝的には『枯れてる』よね?」


 俺も同意して相槌を打ち、黙したままのロステルへ視線を向ける。

 彼も、何か思うところがあるのか、視線を下に向けていたが、黙ったままだったのでそっとしておくことにした。


「とにかく、あとはアマナとヒューバートだな……」

「うん。結構進んでからのことだったから、心配」

「おや、順調だったのですね」

「トーチ、しっかり設置されてたからね……遠回りって言ってたけど、安全だったからそう時間は掛からなかったよ」


 言いながら、クローディアは俺にトーチを渡して立ち上がり、服についた灰色の砂を軽く払った。

 ミッドも同じように燕尾服の砂を払って立ち上がるが、ふと、その動きを止める。


「クローディア、少し確認したいのですが」

「何、みーくん」

「ワイヤーに引っかかった時、あなたが自主的に、そのワイヤーが張ってあった分かれ道を調べたのですか?」

「ううん」


 クローディアは首を横に振る。


「ヒューバートちゃんが、もう一つの道を確認するからって言って調べに行ったから、じゃあ、あたしはこっちでって……」

「……」


 ミッドが急に黙る。彼が再び口を開いたのは、それから何秒もした後のことだ。

 彼は懐から一本のケーブルを取り出し、自分に接続した。


「クローディア。すみません、当時のログを見せてください」

「え? いいよ、みーくんだし」


 クローディアが反対側のケーブルを持ち、自分の端末に接続する。


「優しくしてくれないと泣いちゃうけど」

「存じております」

「ああー、冷たーい」


 二人はまるで内緒話でもするかのように、俺たちに背中を向け、壁に寄る。俺はロステルと一緒に二人の意見交換を待つ。


(そういえば、俺の中にあるデータをミッドは把握してたんだよな)


 思えば機械の街でもそんなことを言っていた気がすると、俺はトーチの方へ視線を向けながら思い返す。


(やっぱり一番上だから、データにも気を配れるつくりになってるのかな……)


 俺がロステルとミッドという二人の兄を比較して見ているうち、クローディアがケーブルを外す。


「どう?」

「……異様に並びからずれたトーチがあって、そちらに目が向いていたところ、引っかかったと」


 ケーブルを片付けたミッドが腕を組む。


「ミスディレクション……」


 彼は聞きなれない単語を呟いて、扉に向けて歩き出す。


「って、何?」

「何って、観客の気を逸らしてトリックを仕込む、手品の、テクニック……」


 俺がクローディアに訊ねると、彼女は答えてくれた。しかしその言葉は徐々にゆっくりしたものになり、小さくなり、途切れる。

 彼女は、焦った様子でミッドの方を見た。


「まさか……みーくん、ヒューバートちゃんを疑ってる!?」


 今まで誰も言わなかったことを彼女は口にした。俺は、心のどこかにあったその小さな小さな疑惑を的確に抜き出された気がして、言葉を失う。

 そう、ワイヤーを使うというマダム・サリタの元で働くヒューバートが、同じようにワイヤーを使えるということは、あり得なくはないのだ。

 だが、何故。彼を疑うには、あまりにも動機が見えてこない。


「合流すれば分かることです」


 いつになく冷淡なミッドの反応に、俺は慌てて立ち上がり、ロステルを引っ張り上げ、扉の前へ駆け寄る。足音、羽音を確認して、ミッドに頷いて大丈夫だと伝える。


「今一番心配なのはヒューバートではありません。アマナ嬢です」


 扉を開ける前に、ミッドは深い深いため息をつく。


「私は、弟たちが誰かに危害を加えるなら、それを止めます。兄としても、私という一個体の感情としても、可能性を放置することはできません」

「ミッド……今、感情的になってる?」

「……ええ、少し。ドウツキもそうですか?」


 そう言われて初めて、俺は自分の中にある嫌な焦りを自覚した。一度だけ息を吸って吐く仕草をして、肩の力を抜く。


「うん、俺もだよ。急ごう」


 扉を開ける寸前のミッドの顔を俺は見る。いつにもまして無表情に見えたが、その深い青の目は怜悧に輝いていた。



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