Odds&Ends3
三人で白い街の中を歩いていくと、昨日の市場にたどり着いた。俺は視線を動かして、昨日の肉屋を探す。肉屋を見つけて近づいていくと、店主が軽く手を振ってくれる。俺の顔を覚えていてくれたらしい。
ウィリアムに少し待ってほしいと片手の手のひらを向けて、俺は急ぎ気味に肉屋の前に立つ。アマナもそわそわとした様子で、俺の隣にやって来る。
「いらっしゃい。今日の晩飯かい?」
俺は頷いて、オオツノの肉を指差し、ハンドサインでグラム数を指定する。アマナにはたくさん助けて貰ったので、肉は少し大きめにする。
「ほあ! ほあ!」
切り出される大きなブロック肉に、アマナは背中の蔦をぱたぱたと落ち着きなく上下に揺らしている。紙に包まれ、冷やっこい結晶と共に袋に入れられたそれを、彼女はテンション高めに両手で受け取る。
お金を渡して、俺は店主に軽く手を挙げて挨拶代わりにして、踵を返す。アマナが小走りにウィリアムの方へ走って行って、両手で袋を掲げる。
「にく!」
「はいはい、良かったな。もういいか?」
俺は呆れて笑うウィリアムに向けて首を縦に振り、彼の案内に再び従うことにした。徐々に賑やかになりつつある市場を抜けていくと、やがて俺たちは噴水のある広場に出た。
あちこちで住人たちが、おのおのの昼下がりを楽しんでいる。
噴水の中央に置かれた青銅の台座を、俺はじっと見つめる。そこにあるのは偉人の姿でも領主の姿でもなく、ただの空白の台座だ。台座だけが、「かつてそこに何者かがいた」という証拠を残して、ちらほらと紅蓮の炎をちらつかせている。
「燃えてる……」
「どーつきには、燃えてるように見えるの?」
アマナが俺の通信を聞いて、不思議そうな顔を向ける。
「アマナにはそう見えないのか?」
「見えないね」
「もしかして、火が見えるのか?」
ウィリアムの質問に、俺は頷いて噴水を指差す。何もないところから炎が出ては、煙もなく消えるという現象は、少なくともアマナには見えていないようだった。
「兄貴はあり得ないし……。ひょっとして、ロステル兄と魔法的に接触したことがあるか?」
俺は自分の胸に手を当てる。元よりさして充電しなくても稼働する躯体らしいが、ロステルにエネルギーを分けて貰ってから今まで、エネルギー不足を感じたことは一度もない。
腕を組み、ウィリアムは唸る。
「原生種に影響を受けたやつは、たまに台座から炎が咲いているように見えるってケースがある。例えば、ヨルヨリに魔法で治療してもらうとかな」
「それって、わすれがたみでも起こるもの?」
「同化って性質から考えたらまあ、不思議じゃないよなって思った。ただ、わすれがたみ自体、数が少ないから何とも」
アマナの質問に、彼は俺の視界の端で首を捻った。俺はその間、ただぼんやりと、中空で炎が咲いては消えていく様を眺めていた。
どこかへ行ってしまったという『わすれがたみ』たち。彼ら彼女らと引き裂かれた『ヨルヨリ』たち。燃えて姿を失ってしまった『かみさま』。それらを『大改訂』と呼んで過去のものにした今の人々。
最初にあった世界の輪郭を、俺たちこそが塗り潰しているような気がして、何とも言えない寂しさと悲しさが、回路をゆっくりと通り過ぎていく。
(手の届く場所だけでも、何かできたらなあ)
漠然とした欲求は、ロステルやグリンツ氏、そしてミッドたちのことを思い起こさせた。一度ため息を吐いて、俺は燃える台座から視線を外して、ウィリアムたちに向き直る。
「さて、おれはもうちょっと散歩してから、じいやのとこに戻るぜ。アマナたちはどうする?」
「夕方間近なので戻ろっかとおもったのでした、ぴりおど」
「そうだな、暗くなると治安も悪くなるし。夜は家でじっとしてな」
名残惜しそうに、ウィリアムが先ほど通ってきた道へと一歩踏み出し、振り返る。
「すっげー楽しかった! また散歩しようぜ!」
彼が満面の笑みを見せたと同時に、爽やかな潮風が通り抜ける。それは彼の手入れされた短い緑の髪を揺らす。
「あそんでやらんでもない」
「ははっ、そりゃ光栄なことで」
アマナが両手を万歳するように掲げて、彼とハイタッチをする。観光もそろそろ終わりだ。俺は花束を持ち直して、アマナが隣に来るまで待つ。
彼女は手を振りながら、俺の方へと歩いてくる。俺もウィリアムに軽く手を振りながら、少しずつ、少しずつ離れていく。
ウィリアムはしばらく俺たちの方に手を振っていたが、ほどよく距離が離れると、ゆっくりとOdds&Endsへと歩き始めた。
「いろいろごりかいできた?」
「多少は」
俺はここで得た情報を歩きながらまとめる。
「グリンツさんには、無理に近づかないようにする。変に距離を詰めても、お互い辛い思いをするだけだ。あっちから動くのを待つ」
「うんうん」
「ロステルはカラフルベリーの小瓶を渡す。それでまず様子見。この港町に残るかどうかはミッドと相談するけど、俺の意見は決まってる」
「あとはあのおねーさんの情報待ち?」
「そうだな。また襲ってくるかもしれないし」
「しゅのこんぜつ」
大通りを歩き、陽の当たる大きな階段を、俺たちは二人で進む。しばらく昇り続けていれば、あの草原が見えて、ヴォルカースの家も見えてくる。もちろん、オーニソガラムの庭も。
「……」
俺は、庭の裏手にある003の墓へと向かう。遠くでムツアシがのんびりと草を食んでいるのが見える。その毛並みがふわふわになっているような気がして、ちゃんと洗って乾かしてもらったのだなと俺は理解する。
003の墓は、朝と変わらずそこにあった。その目の前にいた人物がいる。
「おかえりなさい」
「ただいま、ミッド」
無機質な声でミッドが俺とアマナを出迎える。祈りを知らない俺は墓の前に花束を置いて、003に思いを馳せる。
「岸壁の港町はどうでしたか?」
「うん。楽しかった。知らないものもいっぱいあったし、面白いこともいっぱい知れた」
「それは良かった」
俺がそう言うと、彼はくいと頬を指で持ち上げる。
「にく!」
アマナがウィリアムに向けてやったように、肉の入った袋をミッドに掲げる。ミッドは少し驚いたのか、彼女に対してのリアクションが遅れる。
「そう、肉ですね」
「にくにく!」
肉を掲げたまま、笑いながらアマナはくるくるとその場で回る。蔦に引っ掛けたぬいぐるみキットの袋が取れてしまいそうで、俺はついつい手を出そうとする。
しかし、それをしなかったのは、突然、ヴォルカースの家の中が騒々しくなったからだ。詳しくは聞き取れないが、怒鳴り声がする。アマナがぽてぽてと無防備に家の中へと入っていく。
次の瞬間、二階の窓ガラスが開かれて、青い炎が一直線に空に向けて飛んで行った。嫌な予感に、俺は顔を青くする。
「兄さん! どうしたんですか、兄さん!」
ほどなくして、グリンツ氏があたふたした様子で一階から出てくる。
「一体どうしたのです?」
「……」
あなたには関係ない。そう言おうとしたのだろう。しかし、彼は少しの間、唇を引き結んだ後、改めて口を開いた。
「ブローチが突如、活性化したのです。兄は頭を掻きむしり、鋼鉄の翼を生やしたかと思うと、魔物を探して窓から飛び出しました」
「私たちにできることはありますか?」
「ありません」
「私たちの行動を制限することはありますか?」
「…………勝手になさってください」
つっけんどんにそう言うと、グリンツはあっという間にムツアシにまたがって、森の方へ乗って行ってしまった。
俺は空を見たまま、シロップ漬けの入った紙袋をそっと抱える。
「ただいまー、大変なことになったよ……!」
続けて、今度は息を切らして自分の武器を担いだクローディアが帰ってきた。ミッドがそちらを向いて、情報収集の結果を待っている。両手を膝にやって、しばらく呼吸を整えて、熱が少し収まった頃に彼女は顔を上げる。
「ヴァンさん経由で針のこと調べて貰ったら、使われてる針の規格と合わなかった。あの時、ファニングの影じゃない、別のグループがいたかもしれないって……!」
俺は驚いて目を見開いた。てっきり、これがファニング商会のみの騒ぎであると思っていたからだ。あの混乱の中に誰か別のものがいたというのなら、話はまったく変わってくる。
「とにかく、グリンツ氏を追いましょう。彼らに身の危険があっては困ります」
「えっ、でも何もすることはないって……」
「勝手になさってくださいとおっしゃいましたから、勝手にするだけですよ」
戸惑う俺に、ミッドは淡々と告げると、家の中に戻ろうとする。が、その必要がなくなる。ぬいぐるみキットを置いてきたアマナが彼の本を持ってきてくれたからだ。肉の入った袋が、代わりに蔦にぶら下がっている。
「これがごいりよー?」
「おや、ありがとうございます」
彼は本を受け取って、ケーブルを接続する。紫電がかすかに、彼の足元で散る。
「どーつきもお荷物預かるよ。お医者さんはすることがあるっていってた」
俺がそっと小瓶の入った紙袋を渡すと、彼女は棘のない蔦でくるくると大事そうに巻いて、蔦の中に隠してくれた。
顔を見合わせて頷き、俺たちは取り急ぎ、ロステルの飛び去った森の方角へと走り始めた。
時刻は夕方。夜になればおとぎ話が襲い掛かってくるだろう。
子どもの帰る時間は刻一刻と迫っていた。




