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アナザー・ポーラスター2

 俺は二人の話を聞いて、しばらく考えた。そう、この話を正直に受け取るなら、グリンツ氏はロステルの味方にはなりえない。なぜなら、グリンツ氏が追っているのは自分の考えた兄であって、ロステル自身ではないからだ。もっともこれは、宿場町A-3で分かりきったことでもある。

 一方で、ロステルもまた、グリンツ氏の味方にはなりえない気がした。心神喪失状態であるということを気にかけず、依存して、理想を押し付けてくる相手を、少なくとも俺は味方とは思えない。それはまるで、ミッドが人間らしさを求められているようなことだ。

 じゃあ、二人は和解できるのか。俺はそれに対して、現時点では難しいと再判断する。


「グリンツさんの壁も高すぎるし、ロステルの状態も悪すぎると、おっしゃっておいでです」

「そうだろうなあ」


 アマナが俺の言葉を通訳して、蔦を揺らめかせる。ウィリアムも、口をへの字に曲げてしばし黙った。が、お茶を飲んで、ゆっくり、言葉を選ぶように発言する。


「そもそも、なんだ、まず兄貴がロステル兄の幻に寄りかかるのをやめて、自分で立てるかなんだよな」

「そのためには、自分で安心できる環境が必要なんじゃないかって、ウィリアムは言ってたよね」

「おうよ、学年主席をナメちゃいけねえぜ」


 胸を軽く叩くウィリアムを見ながら俺は思考する。ミッドもその安心できる環境づくりを狙ってはいるのだと思うが、いかんせん機械が嫌いであるグリンツ氏には効果が薄いかもしれない、と。

 俺はアマナに通信を送る。


「なんで機械嫌いなのかの掘り下げがしたいとおっしゃっておいでです」

「おれもそこまでは分からねえんだよな。ただ、地球移民の機械ってのは、最初から誰かのために造られる。それがここんとこの兄貴は、本当に気に食わねえらしい」


 半分ほどになった手元のホットドッグに視線を落とし、ウィリアムは再び沈思してから口を開く。


「半分なりに、ヨルヨリって一族に生まれて、その本質を果たせなかったからの嫉妬ってのもあるのかもな。自分はこんなうまく行かないのに、なんであいつらは生まれてすぐ、誰かの味方になれるんだって」

「ウィリアムはどうなの?」

「おれは毎日うまく行ってるから」


 フェオの問いに胸を張る彼をよそに、自分の人工皮膚が残る方の手のひらに、俺は視線を向ける。

 俺は――少なくとも俺という人格プログラム群は、誰かのために形成されたわけではない。Neuromancerがトールの死を嘆き、自分の躯体を媒介に彼を再現しようとした、いわばトールの失敗作、死者のつぎはぎだ。だから、仕える相手はいない。

 ミッドはどうだろう。クローディアは、ヴォルカースはどうなのだろう。彼らは最初、誰かの味方として生まれたのだろうか。


(それって、絶対なんだろうか)


 誰かの味方でいられること。誰かが味方でいてくれること。それが満たされないことの苦痛。例えばミッドやクラク、そしてイデアーレがいなかったら、俺にもひょっとしたら、その痛みを理解できたかもしれない。

 たくさんの人で作られている時点で、俺はグリンツ氏と決定的に相容れない。


「平行線だなあ……と、おっしゃっておいでです。けど、どーつきとしては、あの大きいヨルヨリをどうしたいの?」


 俺の通訳をしながらホットドッグに夢中だったアマナが、突然俺に問いかけた。


「えっ。それは、グリンツさんにはまず話を聞いてほしいし、もちろんロステルと仲直りしてほしいし……あっ、俺は俺で距離感を掴みたいし……」

「よくばりさんだね」


 にへっと笑ったアマナはぺろりとホットドッグの残りを平らげると、冷たいお茶で流し込む。そして、とても冷静に次の言葉を出す。


「でも、その前半部分って、大きいヨルヨリの人がろすてるに向けてる理想と、なんか違うの?」


 彼女の言葉で、俺ははっとした。アマナは何気なく店員を呼び止めてホットドッグを追加で注文しながら、俺を見る。


「最後のはどーつきができること。でも前二つは、大きいヨルヨリの人が自分でやらなきゃいけないことで、どーつきだけではできないことでは?」


 実際その通りだった。何をするにも、グリンツ氏から歩み寄ってもらう必要があるものばかりで、それを無理に望むことは彼のしていることと同じになるのだ。


「いと高き神にも限界がおありなんだから、まあ、ただの民草であるおれたちができることって案外少ないよな」


 妙に達観したことをウィリアムが呟いた。彼はアマナから追加で届いたホットドッグを半分こしてもらっている。


「ただ、グリンツさんにとって良いようになるよう祈ることは、悪いことじゃないと思うよ」


 やはり兄のことを他人のように扱いながら、話を黙って聞いていたフェオが付け加える。


「何かきっかけがあればいいんだけどね」


 フェオは少し寂しそうに微笑んだ。

 ただ、俺にはそのきっかけに心当たりがひとつあった。グリンツ氏の頬が腫れていた、あの時のことだ。もしもあれがクローディアではなく、ロステルから受けたものだとしたら。そして、ひと悶着あって、俺に言い訳をしに来たのであるなら。


「ロステルが人を殴ることってある?」

「ううん。あの人は、誰かを殴るぐらいなら、攻撃しようとした自分を殴る人だよ」

「まあ、よっぽど良くないことしたら怒ってくれるかもしれねーけどな」


 フェオとウィリアムの回答を聞いて、俺は一つの推測を導き出すことができた。

 グリンツ氏とロステルの心は、思ったよりも揺れ動いているのかもしれない、と。


(仮にそうだとしても……今は、見守るしかないか)


 確証には至らない。けれどそこまで悲観することでもないような気がしてきて、俺は小さく頷いてこの話を打ち切った。


「お、何となく答えが出たっぽい?」

「かもしれない、とおっしゃっておいでです」

「そりゃよかった。情報をリークした甲斐があるってもんよ」


 満足げな顔で、ウィリアムは残りのホットドッグをがつがつと食べ始めた。フェオも、少しずつであるがホットドッグを平らげ始めている。


「あとなんか聞きたいことあるか?」

「四男の行方と、正妻の人の話かな、とおっしゃっておいでです。おかわり」

(まだ食べるの?)


 アマナはさらにホットドッグをひとつ注文した。その健啖家っぷりに、俺も驚いてしまう。


「四男はロステル兄と同じおふくろなんだけど、地球移民寄りだったのか能力が発現しなかった。おふくろの葬式の後に家出して行方知れずだな……自分の身を守るって意味では正しい判断だと思うぜ」


 「おれだって大きくなったらやるつもりだし」と、ウィリアムはちびちびとお茶を飲んで、口を湿らせる。


「あの家はみんな生き残るのに必死すぎるんだ。おふくろたちも、おれたちも、従者たちや、親父でさえも」


 彼の明るい表情が、諦観でひときわ翳るのを見て、俺は何とも言えない気持ちになった。家とは、そういうものなのだろうかという、ファニング家に関わってから幾度となく感じた謎が、また俺の回路の中を蠢いている。


「正妻様はよくわかんねー! あの人も工業都市の出じゃなかったっけ?」

「そうらしいね。若い頃に会って大恋愛で……って、言って、グリンツさんのお母さんや、僕のお母さんとよく比較してる」

「だよな。それぐらい」


 ウィリアムはフェオと確認し合って、頷いている。俺は二人の話を聞きながら、人物の情報を記憶装置の中でソートしていく。

 ほかほかのホットドッグを手に、アマナは俺と二人の様子を確認して、また不意に発言する。


「ぼくの家は、おとーさんと二人暮らしだったけど、そういう必死感はなかったかも」


 アマナは一口ホットドッグを齧って、よく噛んで飲み込んでから俺の方を見る。俺が考え込みすぎないように、うまく調整してくれているらしい。


「アマナの家ってどんなとこなんだ?」


 好奇心からか、ウィリアムがそう訊ねると、アマナはまた緩い笑顔を見せる。


「インクと紙の匂いがする、小さな木造の家なの。いたのは、おとーさんと、木の実だった頃のぼくだけ」


 背中の蔦をわさわさとさせて、アマナは少なくとも地球移民でないことをアピールする。


「おとーさんはぼくをとても大事にしてくれた。おとーさんがパンケーキを作るのを眺めるのが好きだったなあ」

「あっ、いいよね、パンケーキ。僕も好き」


 フェオの同意に、アマナはうんうんと強く二度頷く。


「この姿になったのは、おとーさんが亡くなる間際に、取り残されたぼくにいのちを分け与えてくれたからだと思ってる」

「アマナのお父さんは、もういないの? お母さんは?」

「おかーさんは最初からいないし、おとーさんも、もうどこにもいないよ。これがおとーさんの形見」


 布に包んだ斧に視線を向けて、アマナはほんのちょっと寂しそうな笑顔を見せる。


「ぼくは、おとーさんにひどいことした人を探してるの」

「その年で仇討ちか……うまく行ってんのか?」

「手がかりがこれしかなくてね。ごぞんじ?」


 アマナは初めて、服のポケットから何かを取り出した。それは、赤い紙に黒いインクで記された、一枚のページだった。ほのかに、茶色く変色した血がついている。それを見たウィリアムが、真っ先に顔色を変える。


「こりゃ、相手を呪う類の魔法の道具だな。使い切りか。なんだ、アマナの親父は殺されるほど恨まれることをしたのか?」

「どうだろう。ぼくにさえ、昔のことを語らなかったから」


 てっきり否定すると思っていたが、アマナはその部分は分からないと正直に言って首を傾げた。アマナはページをポケットに入れなおした後、自分の髪に咲いたオーニソガラムを指先で撫でる。


「おとーさんからいのちをもらって、ぼくは繁茂した。二人になって、四人になって、どんどん増えて、ぼくたちになった。ぼくたち総出で探してるけど、相手は未だ見つかってない」

「お前がいっぱいいると食費に困りそうだな」

「それー!」


 ウィリアムが笑うと、アマナは同意の言葉を出して、背もたれに思い切りもたれた。


「すごいね、アマナさん同士で連携は取れるの?」

「遭遇したら情報交換はしてるよ。これを持ってる限り、ぼくが今の代表。すなわち、ぼくはややえらいアマナです」


 再び、アマナは斧に視線をやった。


「何というか、事情は様々っつうか……お互い強く生きて行こうな……」

「繁茂します」


 善処しますの雰囲気で、アマナはそう言って、蔦のつぼみを一つ花開かせた。その花もやはり、オーニソガラムだった。


「仇討ちが終わったら、アマナさんはどうするの?」

「どうしよう。どこかで固まってくらすのもいいかなとは思ってる。ヨルヨリや、わすれがたみのようにね」

「アマナの村か。悪くねえな。ホットドッグ生やしてくれよ」

「ざいりょうを貰ってのじゅちゅうせいさんになります」


 ウィリアムとフェオはアマナが地球移民でないことをすんなりと受け入れて、笑っている。アマナも居心地よさそうに笑っている。

 のんきな俺は頬杖をついて、漠然と、どこもかしこもこんな風ならいいのになと思った。みんな違う。それでほどよい距離を取って、こうして時に食卓を囲むような――。


「どしたの、どーつき。笑ってるよ」

「ああ、いや。悪い悪い。なんか、居心地いいなって」

「よきよき。どーつきもさかえるべし」


 アマナの言葉に皆が笑った頃には、全員ホットドッグを食べ終えていた。俺が見回すと、ウィリアムが丁度、背もたれに体を預けて大きく息を吐くところだった。


「はー、食った食った! 今おれ最高に上機嫌……さて、こっからどうするよ」


 アマナと顔を見合わせて、俺は通信を送る。


「お花屋さんと手芸屋さんが、どの辺にあるか知っているかとおおせです」


 通訳に、フェオが微笑と共に小さく頷く。


「それなら案内できるよ。せっかくだし、ウィリアムも来る?」

「Odds&Endsもそっち方向だし、行くか」

「その、おっずあんどえんずってなーに?」

「小さいバーだな。商店街の裏手にあってな、屋敷に仕えてた爺ちゃんが経営してんだ。ロステル兄は爺ちゃんのことが好きでなあ、よく抜け出して会いに行ってたぜ」


 俺は「あっ」と口を開いた。その景色を垣間見たことがあるからだ。俺の様子に、フェオが気づいて首を捻る。


「もしかして知ってる?」


 頷いた俺を見て、ウィリアムがにっと笑う。


「それなら、土産の一つも買って行ってやるといいかもな。元気な頃のロステル兄は、あそこのカラフルベリーのシロップ漬けが好きだって言ってた」


 彼の言葉を俺は記録する。そういえば昨日、グリンツ氏がロステルに果物を買っていたか。あれが確か、色とりどりの果実であったと記憶している。

 今日顔を合わせていない彼が、無事に食べているだろうかという心配が俺の回路をよぎる。


「よーし、それじゃ出発するか!」


 ウィリアムが立ち上がり、それに遅れてフェオも席を立つ。俺は椅子から立ち上がった後、カウンターに代金を払いに行く。幸いにして、出費はほどほどで済んだ。財布をポーチにしまって、俺は入り口に向かった三人のところに合流する。

 扉を開けば、潮風が再び俺たちを包み込む。

 俺は港町の少年たちに引っ張られながら、いつかの機械の街の子どもたちと過ごした、あのささやかな時間を思い出していた。


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