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機械種と地球移民の街3

 けれど、改めて図書館の中を見回すと、今更なんだかひどく殺風景なような気がしてきて、不安になってくる。


 急に図書室の無機質な感じが恐ろしくなった俺は、視線をさまよわせ、思考発達期の機械知能――人間で言うところの子ども向けのエリアへと足を踏み入れた。いくばくか柔らかい卵色の壁に、パステルカラーの水玉模様が映える。同エリア内の談話室では、機械とそうでないものの子どもたちが、ちょうど読書会を終えたところだった。読み聞かせ役と思しきガイノイドが、三人の子どもたちに笑いかけている。今しがたの出来事もあって、その和やかな光景に、俺はふらりと吸い寄せられる。



「はい、今日のお話はおしまい。続きは明日ね」

「えーっ」

「人間の耳って、海の音を懐かしく思うと貝になるって本当なのかな?」

「ちょっとお前試してみろよ」

「ぼ、ぼくは海なんて知らないもん」

「はい、はい。談話室の外では静かにね。それじゃ、また明日ね」


 先生また明日、と。挨拶をして子どもたちはやいのやいのとものを言いながら、固まってどこかに歩き去っていく。彼らと一緒にいたガイノイドもまた、ぼんやりと様子を見ていた俺に笑顔と共に会釈をしてくれる。


「いらっしゃい」

「ああ、どうも」

「あら。あなたは、通信で喋るタイプなのね」

「俺の声が聞こえるんですか?」

「その周波数なら、店売りの通信端末で聞こえるわ。談話室なら、お話しても大丈夫よ」


 どうやら、彼女は俺の声が聞こえているらしかった。寄る辺なく彷徨っていた心が、視線と共に彼女へ向く。


「さっきの子たちは、ここに勉強に?」

「そうね。みんな生まれも育ち方も違うけれど、図書館では良い子よ」


 彼女は微笑んで、子どもたちが去った方を見やった。俺もつられて、扉の方を見る。


「さ、明日のお話を選んでこなきゃ。またね」


 俺が何かを問う前に、彼女は彼女の仕事をするために、部屋からゆっくりと出て行く。慌ただしい機械の街でも、こうした穏やかなやりとりがあると思えば、俺の回路の熱は冷めて、落ち着いていくのだった。


 談話室は俺だけになった。窓を見ると、平たいカーテンに遮られた日差しが、随分高いところにあることに気づく。窓辺に一歩、また一歩と歩み寄って、カーテンをかすかに指で動かし、俺は外を見る。


 窓の向こうに、「開発区」と思しき場所が見えた。硝子とフレームが中途半端に空に敷かれた空間が広がっている。地上も開発区の名の通り、開拓真っ最中のようで、重機や大柄な機械たちが岩やら土砂やらを運搬している。遠くからでも目視できるということは、間近で見れば、ずっと大きいのだろう。俺はまだ知らぬ機械種という存在がどういうものか、もう少し知りたいなと思った。



「困ったわ、どこに落としたのかしら」



 外を眺めていると、ふと後ろから少女の声がした。俺は慌てて振り返る。口元に片手を当てて、きょろきょろと視線をさ迷わせながら、談話室に入り込む少女がいた。青いエプロンドレスとプラチナの髪に、俺は見覚えがあった。


「あっ、もしかしてさっきの」

「あら、さっきぶつかった火傷のお兄さんだわ! こんにちは!」


 向こうも俺のことを覚えていたようで、ぱっと表情を輝かせる。青緑の大きな瞳がこちらを見上げている。客観的に見ても、愛らしいに区分される顔立ちだろう。彼女も彼女で、人間そっくりの作りをしている。アンテナもない。カメラアイの反射の違いに気付かなければ、きっと、人間と勘違いしてしまうだろう。


「俺の通信は聞こえる?」


 談話室とはいえ図書館だ。通信を散らさないように、目の前の少女に意識を向け、おっかなびっくり意思疎通を試みる。


「聞こえるわ。よく通る素敵な声ね」

「あっ、良かった。通った」

「お兄さん、喉も怪我しているの?」


 「そうらしい」と喉をさする俺を、彼女は心配そうに覗き込んでくる。心配させるのも悪いと、俺は穏やかな表情をするように努め、自己紹介をする。


「大丈夫だよ。俺はドウツキ。君は?」


 君という二人称を使うことに慣れなくて、怖がらせないようにと自分で言ったことなのにむずがゆさが勝る。


「わたしはイデアーレ。あなたたち、アンドロイドとガイノイドのことを勉強するために造られた個体よ。地球移民にかなり近いでしょう?」


 ややこしいが、機械種が作ったガイノイドの模倣品ということなのだろう。俺が頷きを返すと、彼女は胸の前で手を合わせてにっこりと笑う。自然と、俺の警戒心はほどけていく。


「今日は一人でここに来たのか?」

「ええ。ずっと一人。たまに図書館の子どもたちとは遊ぶけれど。あなたは?」

「俺は、そうだなあ、俺も一人かな」


 家にミッドはいるが、彼が俺にとってどういう存在か分からなくて、一人と答える。イデアーレはそれを聞いて、柔らかく唇の端を上げる。


「そう、わたしたちはお揃いね」


 嬉しそうにそう言った後、不意に彼女は両手を口もとに寄せる。


「あっ、いけない。わたし、落とし物をしてしまったの。来た道を戻って来たけれど、どこにも見つからなくて」


 それを聞いて俺は確信し、ポケットから例の硝子板を取り出した。相変わらず、傷ひとつない。


「これ? だとしたら、ぶつかった時にきっと落としたんだと思う」


 イデアーレは目を見開いて、ゆっくり手を伸ばしてくる。彼女が落とさないように、そっと俺は手渡した。彼女は透明な硝子板をじっと見つめていたが、そのうち両手で包むように持ち直した。



「ありがとう、ドウツキ。これ、とっても大事なものなの」

「見た目は普通の硝子板だけど、それは何?」

「星の海が入った硝子よ。この透明な板の中に、たくさんの星が見えるの。わたしたち、おんなじ機械なのに見えるものが違うのね」


 彼女は興味深そうに俺を見たあと、大事そうに硝子板を縞猫柄のポーチにしまった。ポーチは正面から見ると、なかなか味のある笑いを浮かべている。


「ねえ、ドウツキは地球移民に造られた機械なんでしょう? 地球移民とあなたたちの事、教えて欲しいわ!」


 イデアーレは椅子にちょこんと座ると、俺を見つめる。俺はひとまず、向かいに座ることにする。すると彼女は隣までやってきた。期待の眼差しが少し辛くて、俺は視線を逸らす。


「ああ、いや、俺はデータが壊れてるんだ。だから、人間とか機械とか、まだよく分からなくて」

「そんなにも人間みたいなのに?」

「俺、人間みたいなのかな?」

「感情表現はもちろん、言い回しもそうだし、呼吸の仕草をしているみたいだし。それに、ほら。あなたは瞬きをしているわ」


 指を差され、言われて初めて気が付いた。俺は瞬きをしているらしい。


「左目も?」

「ええ、黒い左目も、白い右目も、ちゃんとしているわよ。左目も壊れちゃったのね。かわいそう」

「本当に何したんだろうな、俺。気が付いたらこんなだし」


 顔の人工皮膚半分と目玉一個、ついでに両脚。そしてデータの欠損と混濁。単に雨に打たれて機能停止したと考えても、少々損傷が大きすぎるとは俺も思っていた。そのことを思えば、一度はなりを潜めた焦燥が沸き上がってくる。


「それでも、何故かは分からないけれど、俺はちゃんと俺のことを知らなきゃいけない気がしてるんだ」


 真剣に眉を寄せた俺から出たその一言は、まるで別人が発したもののようだった。最初、俺はそれを自分が口走ったなどと思わなかった。だから、俺はイデアーレがきょとんとした顔で見ているのがどうしてか、しばらく理解できないでいた。

 俺が通信でそんなことを言ったと自覚した頃に、イデアーレは白い頬に人差し指を当てて小首を傾げた。


「そう、自分がなにものかを知るって、大事なことだわ。アンドロイドの皮膚って思ったより丈夫だもの。そんなひどい破れ方、そうそうないわ?」


 そして、彼女は俺を覗き込んで優しく笑いかけてくれる。


「きっとあなたは大変なことを乗り越えて生存したのね。それは、それだけで素晴らしいことよ」


 そう言われると、くすぐったいながらも温かい気持ちが回路を満たすのを感じた。俺は戸惑いながら感謝する。


「あ、ありがとう」

「当然のことをしただけよ。同じ機械で造られたあなたたちには優しくしなくっちゃ」


 感謝に対して、イデアーレは何でもない顔でそう返した。なるほど確かに、この街に住む機械の子らしい発言だと、ポスターのことを思い返しながら俺は思った。


「機械種ってみんなそんな感じなのか?」

「そうね。わたしは、あなたたちを知るために作られたところがあるから特にだけれど。機械種はみんな、あなたたちのことが大好きよ。この宇宙のどこかにある世界で、おんなじ素材でできている存在がいたんだもの。夢中になってしまうのも、当然ね」


 イデアーレは疑う余地がないとばかりに言い切って、胸を張った。


「でも、あなたたちはわたしたちが考えていたより、ずーっと繊細だわ。あのエンゼルランプの咲いた家に住んでるミッドだって、そうね」


 思わぬ相手から思わぬ名前が出て、俺は驚く。瞬きを何度かして、どう切り出すか思考する。


「イデアーレも、ミッドのことを知っているのか?」

「あら、知り合い? Mid_Bird型アンドロイドといえば彼で、彼だけが製品名であるミッドバードを名乗ることを許されているの。特に歌では結構な有名人よ」


 イデアーレは椅子に座ったまま、足をぶらつかせて天井を見上げる。その青緑の目は一切瞬きをしない。


「彼にインストールされた歌は人間に賞賛されたのにいつからか、彼は歌わなくなったわ。今はもう、逃げるように各地を転々としてるらしいの」

「それは、なんで?」


 なぜ、各地を転々としているのか。なぜ、そんなことをしているのに俺を助けて、ここに留まっているのか。疑問はたくさんあった。しかしそのどれもが、焦点をぴったり合わせることができなくて、霧散する。一方のイデアーレは、やはりまっすぐ天井を見ている。


「わからない。だから、わたしは人に造られたあなたたちを、もっと知りたいって思うの。愛される仕草を学んだだけじゃ、ちっともわからないんだもの。わたし、あなたたちのことをもっと知りたいし、守る必要があるなら、守ってあげたいわ」


 このまっすぐな瞳を見て、俺の回路は言い知れぬ衝撃を受けた。自分の仕事に忠実でありながら、自己を確立しているように見える彼女がまばゆく見えた。人間に近いと彼女に評価された俺は頷くことしかできないというのに。そのまっすぐさを恐れて、話題を逸らそうとするのに。


「そういえば、イデアーレ。さっきはずいぶんと急いでいたようだけど、もういいのか?」

「ええ、用事はもう終わったから。結構話してしまったわね。でも、とっても楽しかったわ!」


 ぴょんと椅子から降りて、イデアーレは後ろ手を組んでこちらに向いて笑いかける。彼女は確かに愛される仕草を学んでいた。俺は彼女のことを、とても立派な機械だと思った。


「ねえ、ドウツキ。明日もここに来る?」

「特に予定はないから、来ようと思えば、来られるよ」

「じゃあ、明日のお昼にまた会いましょう! わたし、あなたのことも知ってみたいもの!」


 眩しい笑顔だと感じたのは、彼女にカーテンから漏れる陽の光が当たっていたからというだけではないだろう。俺は頷いて、手を振って談話室から出ていく彼女を見送る。そして、一人になって、ふうっと息を吐き出す仕草をする。彼女は、彼女のできることをしようとしている。では、俺にできることとは何だろう。考えてみるが、答えはまだ出てこない。


 気が付けば、太陽が傾いている。そろそろ、一度帰った方がいいかもしれないと、俺も椅子を立ち上がる。

 俺が部屋を出てドアを閉めると、談話室は空っぽになった。

:登場人物:


イデアーレ 機械種の少女。人間に作られた存在ではない。アンドロイドに対し優しく在ろうとする。

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