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岸壁の港街に住むひとびと1

 次に俺が休止状態から起動状態になったのは、どこからか鳥の鳴き声が聞こえる朝だった。

 俺は目を開けて身を起こした。ごく自然に体を支えて起こす動作をしたのだが、右腕はきれいにくっついていた。握ったり、開いたりしても何の違和感もない。

 ケーブルが引き抜かれていたこともあって、はだけたままのシャツのボタンを留め、ベッドから降りながらヴォルカースの姿を探す。通信デバイスを耳につけ、彼の映っているだろう画面を見ると、彼は画面の向こうで突っ伏して寝息を立てている。

 動いてもいいものかと迷ったが、好奇心が勝ってラボの外へ出る。建物の中にまで入った涼しい空気が、頬を撫でていく。


 ――家の裏手にお墓がありますから、明日会いに行ってあげてください。


 昨日、ヴォルカースにそう言われたことを思い出した俺は、そのまま玄関に向かい、ドアを開ける。草原のざわめきが聞こえて、心地よさに俺は一度目を閉じ、深呼吸の仕草をする。

 そのまま、視線を巡らせて、俺はゆっくりと家の裏手に進んでいく。草を踏む音が、規則的に響く。


(あった)


 裏手に回れば、墓はすぐに見つかった。錆びた古風な剣が、土に深く刺されている。柄の形と併せれば、まるで地球の十字架のようだ。


(これが、俺に脚を貸してくれた人のお墓)


 機械の街のミッドの家で彼の腕とドッグタグは見たが、全体を見たわけではない。下に埋まっているのだろうかと、俺は片膝をつく。


「そこには思い出しか埋まってないよ」


 後ろから声がして振り向くと、クローディアの姿があった。彼女は軽く手を挙げて、俺に挨拶をする。


「おはよ、ドウツキちゃん、調子はどう?」

「ああ、大丈夫。クローディアは?」

「昨日はふてくされて寝てた。ポニーテールをほどいた後はオフなんだけどなあ」


 むくれた顔をして、彼女は俺の隣まで歩いてくる。彼女の腕の人工皮膚も元通りだ。彼女は俺の調子が良さそうなのを見て、うんうんと頷く。


「また来るかもしれないし、今日は注意しとく」

「そうだな……何も起こらないならいいけれど……」


 俺はクローディアの方から、再び墓の方に視線を向け、彼のことについて知っていることを呟く。


「勇敢な人だったって聞いてる」

「うん……三番目――ランドル君は、ヴォルっちと親友でさ。あたしもよく話してたんだ」


 初めて聞いたその名前が、丁度剣の柄のところに刻印されていることに気が付いて、俺はその文字列を指でなぞった。

 クローディアは俺の隣にしゃがんで、一緒に錆びた剣を眺める。


「自分は人をもっと助けたいんだーって、夜駆になるなんて言い出して、本当になっちゃったんだ。かっこよかったよ」


 懐かしむように表情をほころばせながら、彼女は土へ視線を落とす。しかし、すぐに顔を上げて、俺の方を見る。


「ドウツキちゃん、もしも今日、港町の方に行くんだったらさ。花束をひとつ買って来てくれない?」

「それは構わないけれど……どういう花がいいかは、お店の人に聞いてみたらいいかな?」


 毎度、Neuromancerの遺した知識にばかり頼るわけにもいかない。俺がそう訊ねると、彼女は頷いた。


「うん。それでいいと思う」


 彼女はポケットから金貨を一枚取り出すと、俺に手渡した。


「あとはお小遣いね」

「何だよ、みんなして俺を急に子どもみたいに扱って。財布もこれだし」


 俺がポーチからムツアシの財布を出すと、それを見たクローディアは笑いを堪えられなかった様子で吹き出す。


「やだ、かわいい」

「あっ、笑った!」

「ごめんって」


 彼女が明るく笑う様子に、俺も仕方ないなといった気持ちで笑みをこぼす。彼女たちからしてみれば、俺というのはできたばかりの末弟のようなものなのだろう。

 それはきっと、彼女たちがニューロマンサーの死を受け入れて、俺を俺として見てくれている証拠でもあるはずだ。俺は、今はそう考えることにした。


「おはようございます」


 そんな俺たちの後ろの方から声が掛かった。俺たちが立ち上がって後方を見ると、買い物袋をぶら下げたミッドが立っていた。


「おはよう、ミッド」

「みーくん、おっかえり。買い出し?」

「ええ。今日一日分の食事を。昨日、炭水化物を出さなかったことを指摘されましてね」


 そう言いながら、ミッドは紙袋に入ったパンへ視線を向ける。そういえば、穀物の類を買い忘れた気がする。「あっ」と口を開く俺に、ミッドは首を横に振る。


「カバーしようにも、それどころではありませんでしたからね」

「一応、襲撃にも気を付けよっかって話をしたところだよ。あたしかみーくんが、家に残った方がいいんじゃない?」


 クローディアの提案に、ミッドは玄関のドアの方を見ながら思考する。


「私が残りましょう。料理もしなければなりませんしね。クローディア、一応こちらからも針についての情報収集をしたいので、お願いできますか?」

「武器屋さんにでも行ってみよっか」

「それで問題ありません。ドウツキには別のことを頼みたいので。ともあれ、食材を置いてきます。少しお待ちを」


 ミッドが俺を見たので、俺は首を捻る。彼はゆっくりと買い物袋に視線を移して、玄関のドアに向けて歩き出す。

 待て、と言われたので俺はもう一度、墓の方を見る。そして覚えているなりに、祈りの仕草をしようとしたが、俺は祈り方が分からない。


「こういう時、どういう風に祈ればいいんだろう」

「ポーズは必須じゃないし、気持ちでいいんだよ。目を閉じて、その人の事を思い描くだけでもいいと思うよ」


 クローディアの助言に納得して、俺はしばらくランドルという人のことを思い描いてみることにした。

 彼は勇敢だったというから、墓に立てられた剣片手に魔物に切り込むことだってあっただろう。加速装置を使って、攻撃を避けたりしたんじゃないだろうか。

 今得た情報で、俺は彼のかたちを想像した。それはとても眩しいような気がした。

 最終的に、俺は彼が苦しまずに壊れたことを願って、目を開ける。

 それから少しして、ミッドが封筒を片手に俺のところへやって来る。


「お待たせしました。こちらを、ファニング家にいるヴァン氏に届けてください。prototypeからと言えば、通して貰えるでしょう」


 丁寧に蜜蝋で封がされた封筒を、俺は受け取る。蜜蝋には、百合と蝶の印がついている。

 俺は港町の一番上にあるファニング家の屋敷を見る。ロステルやグリンツが苦しい思いをしたという、あの場所を、俺も確かに見たいと思っている。


「ただ、昨日のこともありますから、ボディガードをつけてもらいます。私は、この町の中ですと逆に目立ちますので」


 ミッドの表情がかすかに翳ったことに対して、俺は心当たりがあった。

 彼は人間らしいと賞賛されたアンドロイドで、ここは人間が主な町だ。そして彼は、人間らしいという評価が嫌いだが、その方向において有名人である。そう、「有名」なのだ。


「あー……」

「すみません。逆に危険に晒す可能性が高いのです」


 やむを得ない状況だ。俺だって、ミッドに頼りきりなのはいけないとは思うので、頷くに留めた。


「それで、ボディーガードって誰を?」

「ふらわー」


 オーニソガラムの庭のあたりから甘ったるい声がする。耳に通信装置を引っかけたアマナが壁の後ろから、にょっきり顔を出した。手を振られたので、俺も軽く振り返す。


「なるほど、心強いな」

「住人は養分でないと伝えてあります。ついでに何か、彼女に食事を買ってあげるとよいでしょう」


 ミッドからも一枚の金貨を貰う。アマナが俺のところに近づいて、周囲を落ち着きなくまとわりつき始めるので、頭を撫でてみようと手を伸ばす。


「ほあー。いしそつーができることはとうとい……」


 アマナはのほほんとした笑顔を見せる。別に頭を撫でるという行為に、問題はないらしい。少しムツアシと反応が似ていると思ってしまったことは、黙っていることにする。


「ああ、そうだ。ムツアシは?」

「少し離れたところで草を食んでいると思います。……いました、あそこですね」


 ミッドが指差した方向を見れば、灰色の丸い身体が見えた。ミッドが言った通り、草原の草をのんびりとした速度で食んでいる。

 俺たちの気配に気づいたが、アマナの姿を見るなり毛を膨らませてしまった。相変わらず彼女のことを警戒しているようだ。


「ロステル氏たちに洗うのを任せるつもりです。動物とのふれあいも、たまにはよいでしょう」

「みーくん、二人のことお願いね」

「お任せください」


 いつもの調子でミッドは頷いて、家の中に入っていく。俺はそれを見送って、アマナとクローディアに視線を向ける。


「それじゃあ、俺たちも行こう」

「あいあいさー」

「さくっと用事を終わらせて、遊んでおいで」


 クローディアの先導で岸壁の港町の方へと歩き出す頃には、潮風はほんの少しの熱を帯び始めていた。


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