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機械種と地球移民の街2

 俺は彼の後姿に背を向けて、鉄塔図書館の扉をくぐる。自動ドアを開くと、清浄な空気の何もない香りが、嗅覚センサーを無機質に通り過ぎていった。


 掃除が行き届いた白い床の上を歩きながら、俺は周りの景色を観察する。入り口のマップには、各種福利厚生や権利の手続きなどの案内が示されていた。図書館と名は付いているが、役所も兼ねているようだった。壁に貼り付けられたポスターや電子広告は、すぐに俺の視界に入る。「当図書館は開かれています。安心してご利用ください」「機能停止した躯体の不要パーツは鉄塔図書館まで」「他種族にも優しくしましょう」「アンドロイド用お悩み相談室はこちら」――。先に見たポスターといい、親切でありながら、どこか高圧的なものを感じるのは俺の気のせいだろうか。何だか、息苦しい。

 些細な表現の違和感に気を取られながら、俺は一階の広大な図書空間にたどり着いた。清潔かつ無機質な白を基調とした景色が、俺の視界いっぱいに広がる。

 実際に見た鉄塔図書館の内部は、図書館と聞いて俺が想像していたものとは少々風景が違った。本棚の中には紙の書物もあるにはある。だが少数だ。機械に挟まれた、色付きの透明な板が並んでいる。本棚に近付いて何気なく一冊だけ取り出してみると、奇妙な模様が板いっぱいに広がっているのが分かる。どうもこの板を挟む機械が読み込み端末のようで、手元のスイッチを押すと、内容が板の表面に浮かぶというシステムのようだ。あとは指でなぞって、ページをスライドさせるだけだ。

 俺が何も考えずに取り出した電子書籍は、ひどく主観的な歴史書だった。人工皮膚の残る方の手で文字をなぞる。読めないことはない。が、文字の密度に威圧される。目がつるつると文面を滑るようだ。


(宇宙を漕ぐ船に乗って、我らはこの未開拓の世界にたどり着いた……未開の地は燃えていた……我ら機械種の優れた文明を、広く、えー、広く、知らしめることで、平和を、えーと、も、もたらすことが、使命だと……)


 機械種、というのは宇宙というところを辿って、この世界に来たらしい。つまり『この世界』は、今まさに開拓中なのだ。もう一つ調べたい単語が見つかったので、俺はひとまずこの書物をさらに読み込む。


(地球移民は経済という優れた外交の概念を持つ、同じく宇宙を漕ぐ船に乗って来た炭素生命体である。彼らは自らを人間と呼称する。我々は使役される労働者階級である機械類、加えてアンドロイド及びガイノイドの救済が必要であると断定した。我らは、彼らが使うrobotを差別用語として断定した。彼らを理解し、真の解放に導くのが我らの使命である)


 そこまで読んで、俺は歴史書をしまった。機械としては意味がないが、思わず眉間を揉む。俺はあんまり、この文体と思考が好きでないらしい。回路が窮屈さを感じて悲鳴を上げている。記憶は無いが、自分のことを勝手に救済されるものであるとか、使役される労働者階級だとか言われるのは、いい気分ではない。ただ、彼らの文明において、robotが「労働者階級に対する蔑称」であることは、無用な諍いをさけるべく、記録の片隅に留めておくべきだと判断する。俺のことはアンドロイドと呼ぶが、ロボットとは呼ばないということだ。


(クラクは気が滅入るとは言っていたけれど、ニュースも気にならないわけじゃないんだよなあ)


 続いて俺は図書館の片隅にあるニュースコーナーへ向かった。椅子の側の棚には、灰色のくすんだ紙に文字を印刷したものから、電子書籍と同じ板状のものまで、いろいろなかたちの新聞が配置されている。


 誰も座っていない白い椅子に腰かけて、俺は電子書籍型の新聞を取る。一面記事に躍る「Neuromancer未だ見つからず」という文字から、少しずつ情報を追っていこうと試みる。


 Neuromancer。これは大昔に地球移民が描いたSF小説に出てきた名前らしい。その名前を冠した地球移民産アンドロイドが消息不明である。


 シリアルコードはMid_Bird-004。


 超常現象を発生させる奇妙な個体として研究中に脱走。遠くの街を未曽有の大停電に陥れたらしい。この時に、誰かひとりが死亡している。研究が公正なものであったかどうかは現在調査団が調べていて、鉄塔図書館は彼らの報告を急きながら待っているという状態だ。


 そして、Neuromancerは今、この機械の街に来て、同族の頭部から記憶装置を奪って回っているかもしれない――と。クラクの言っていた通りのことが記されていた。


(何のために? そんなの、やっぱり正気の沙汰じゃない)


 研究が公正なものだったかどうか、調べなければならないほどの状況だったらしい。その個体はどんな状態なのだろう。どこか、悪くしているのかもしれない。ささやかな推測と同情を並べることはできたが、どれも俺の回路の中で空を切るような感覚をもたらすばかりだ。


(そうだ、そのニューロマンサーの品番の情報ってないかな?)


 俺は新聞の板を元の場所に戻して立ち上がると、図書館の一角に配置された検索用データベースに移動した。背もたれ付きの椅子に座り、輪郭だけ投影されたキーボードを指先で叩く。


(えーと、何だっけ。そう、Mid_Bird、と)


 不思議と、言葉を打つ指はなめらかに動いた。まるで人間のように、体が覚えているということだろうか。思案するうち、検索結果が一件だけ出る。


 『Mid_Bird -人と機械のはざまを飛ぶ鳥たち-』と題された本であるが、あいにくと紙媒体で貸し出し中らしい。返却予定日は明日。それはそうだ。渦中の存在を知りたいものは、俺ばかりではないだろう。

 ただ、サンプルとして画面に映る表紙の顔に見覚えがあった。


(これ、ミッドだよな?)


 黒い髪と青い瞳、そして黒ずくめの礼服に見覚えがある。俺が見た彼は表情のひとつも見せなかったけれど、表紙の彼は花籠を抱えて柔らかく微笑んでいる。

 俺は花籠の中の花にも見覚えがあった。ミッドの庭にもあった花だ。


(ジニアの花だ)



 地球由来の花の一つ。確か地球の花には、ひとつひとつメッセージが籠っていたはずだ。奇妙な焦燥感が回路を這い上がる。

 ノイズが走る。突如、図書館の天井が曇り始めて、灰色の雨が降り始める。どこかで誰かがすすり泣いている声がする。


(何だ? 雨? 屋内にそんなの降るわけないのに?)


 戸惑う俺の視界が、雨粒でいっぱいになる。目の前のディスプレイが水に濡れて歪んで、不穏なノイズを走らせ始める。


 その画面の向こうから、真っ黒な影が俺を見つめていた。それは、ゆっくりと手を伸ばしてくる。雨の音が迫ってきて、聴覚センサーが痛いほどの轟音に変わってくる。

 目が逸らせない。ディスプレイから指先がゆっくりとかたちを為して現れる。キーボードの隙間から双葉が咲いて、芽が伸びて、ジニアの花が咲き始める。


 ――帰ってきて。お願いです。帰ってきて。


 誰かが俺を呼んでいる。雨と雷の向こうから。どこで受けたかも分からない苦痛が、俺の回路の中でフラッシュバックする。

 怖い。熱い。痛い。嫌だ。必死になって、ぎゅっと目を閉じ、顔を背ける。それを全て、拒絶する。


(やめてくれ!)


 はっと我に返ると、図書館は元の小奇麗さを取り戻していた。雨なんてどこにもなかったし、キーボードの合間からジニアが咲いているわけもなかった。ただ、検索窓に、「帰ってきて」と記されていたことだけが、俺の回路を震わせた。


(誰だろう。今の声は。追い払っちゃ、いけないものだったのかな)


 漠然とした焦燥感の名残が消えていく。俺は制御不能になっていた感情を見送ることしかできなかったが、なぜだか焦りが消えていくことを、とても悲しいと思った。

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