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翡翠の鎖4

「ドウツキ」

「えっ、あっ、何?」


 ミッドの呼びかけに驚いて、俺は振り返った。俺の反応が過剰だったからか、ミッドも驚いたようだった。俺はミッドに何も言いだせず、再び、見えなくなったヴァン氏の背中があった方を見る。ミッドから、通信が送られてくる。


「……気になりますか、彼らのこと」

「うん……彼らにとって、家族って何だろうって思った。ニューロマンサーやトールのものと比べると、それはとても冷たくて……怖い」

「そう、ですね。この力を合わせねば、魔物に破壊されてしまうような世界でもなお、みながみな、手を取り合って平和に暮らしているわけではないのです」


 ミッドは俺の隣に歩いてきて、一緒にヴァン氏の背中があった方を見る。


「彼らには彼らの家族のかたちがある……そしてそれは、彼ら自身が変わろうと思わない限り、私たちの手に負えるものではありません」


 俺は彼を横目で見た。その疲れ果てた青の瞳が、どこか遠くを見ている気がして、何となく引き留めたいと思ったのかもしれない。俺は再び通信を送る。


「なあ。ミッド」

「何でしょう?」

「……俺ってミッドの家族なのか?」


 それを聞いたミッドは、俺を見つめ返す。生気のない、けれど穏やかな、いつもの目だ。


「あなたがあなたとして、そう望むのなら」

「ん、そっか」


 俺にはそれで十分だった。ミッドも、多分これでいいと思ったのだろう。

 話は終わって、彼はグリンツ氏の方に向き直る。よどみは、いつの間にかすっかりその姿をなくしている。


「それでは、グリンツ氏。ご同行をお願いします」

「何のつもりかは知りませんが、これで優位に立ったと思わないでください」


 相変わらず、俺たちを敵視するグリンツ氏だったが、銃を捨てて、大人しく歩き始める。クローディアがその背中を見て、大きくため息をつく。


「たった三日であのヒネた感じが変わるようには思わないけどなあ、あたし」

「それでもいいのですよ。ただ……」

「ただ?」


 聞き返すクローディアに、ミッドは目を伏せる。


「彼が兄と一緒にいられる時間は、この三日間の後、当座ないでしょう。もしかしたら、もうないかもしれません。それを考えた彼がどういう結論を出すか、見守るつもりです」

「んー、そう、か。それならみーくん、一緒に行っていい? お肌破れちゃったし……」

「あなたがボディーガードなら心強いです」


 「やった」と、銃を背中に担ぎなおしたクローディアが胸の前で軽く両の拳を握る。俺も彼女がいれば心強いと、そちらを向いて二度頷く。そして最後に、俺はロステル氏と名も知らぬ灰のムツアシの方へ向く。

 今もロステル氏に言葉が届いていることを祈って、通信を送る。


「そういえば、俺の名前、俺から名乗ってないよな。もういっぱい呼ばれてるけど……」


 彼の目がこちらを見る。いざ名乗るとなると気恥ずかしいけれど、俺はその目をまっすぐ見る。ミッドの青とも、クラクの青とも違う、ほんのりと灰の混じる青を。


「俺はドウツキ。銅の月で、ドウツキだよ」


 そう名乗ると、ふらふらとしながらも、彼は右手をさ迷わせる。俺は少し考えて、ゆっくりと右手を差し出してみる。

 彼は俺の手を握った。そして若干眉を寄せ、必死に自分の中にある言葉を手繰り寄せるように、唇を震わせる。俺はじっと、彼の言葉が形をなすまで、待つ。


「ロステル……で、いい。さん付けも、ファニング、も……いらない……」


 やがて憔悴した彼から声が出て、ほんの少し手を握る力が強くなった。彼の見せた笑顔と呼ぶにはあまりに疲れ果てた、硬くて見分けにくいものだった。だけど、確かに彼は俺を認識し、笑いかけて、「さん」付けなしで呼んでほしいと言った。

 俺は頷いて、ロステルの手を握り返した。それは多分、握手という行為のかたちをしていた。お互いにお互いを認識して、そっと手を離す。


「一件落着かな。それじゃあ、あたしは一足先に行っておくね」


 俺とロステルの様子を見守っていたクローディアが、満足げに頷いて乗合馬車の乗り場の方へと歩いていく。黒いポニーテールが上機嫌に、朝の風に揺れている。

 ただ、彼女の腕のかすり傷は人工皮膚の内側の金属を露出させてしまっていて、俺をほんの少し不安にさせるのだった。


「さて、朝早くから行動してお疲れでしょう。ファニング家の車の速度と乗り心地は保証しますから、ゆっくりお休みください」

「……うん、そうだな。俺も疲れた」

「今回もよく頑張りました」


 ふうっと深い息を吐き出す仕草をする俺に、ミッドが二度、俺の背中を軽く叩く。俺は弱く笑みをこぼして、歩き出す。その後ろから、ロステルとミッドがついてくる。そして、ムツアシがとことことついてくる。


「そういえば、あの時のはしごを昇った時、ミッドは大丈夫だったのか?」

「無い肝は相当に冷えましたが、死なせませんので、今後注意してくださるなら問題ありません」

「頼りになるなあ……」


 ミッドは俺のことを大事にしてくれている。だからこそ、冷静になるとあの行為は危なかったと思うので、今後も危ないことはできるだけ避けようと考える。

 キャンプ場を抜けて、俺たちは中央の乗合馬車のところへとたどり着く。そこには馬やムツアシに引かせていない、百合の紋章がついた箱のような乗り物がある。扉は開かれていて、中には柔らかな椅子としっかりしたテーブルが備え付けられている。すでに、グリンツ氏とクローディアが中にいて、クローディアは手を振ってくれている。


「むしろグリンツ氏の奇襲の時、あれが一番冷えました。霜が付くかと」

「そんなに」

「ええ、そんなにです」


 彼なりの冗談であろう言葉を聞いて、俺は指で頬を持ち上げる彼に、困ったように眉を下げて笑う。

 やがて荷物を持った俺たちは箱のところまでたどり着く。怯えるかと思ったロステルも乗ってくれる。俺は彼を、グリンツ氏と挟む形になって座り、ミッドはクローディアの隣に腰かける。

 ムツアシは後方の重機を乗せるところに、一緒に乗せることになったらしく、丁重に誘導されてベルトを付けられる。


「バッテリーはそこの足元にあるから、好きにお使い。それと、この箱は飛ぶから、シートベルトはちゃんとつけておいておくれね」

「飛ぶのか、これ」


 箱の上のスピーカーから、ヴァン氏の声が聞こえて、俺は座ったところにあるシートベルトを引っ張り出して装着する。ロステルが緩慢な動きをしているのを見て、手伝おうかと思ったが、それより早くグリンツ氏が彼にシートベルトをつけて、速やかにそっぽを向く。俺は苦笑いをするしかできない。


 やがて扉は閉じ、箱は小さな駆動音と共に軽く浮上する。そして、ゆっくりと空へ向かい、俺たちに負担をかけないレベルから、ゆるやかに加速を始める。後ろの窓からは、走り出す重機を乗せた乗り物が見えるが、それも乗合馬車と比べるとはるかに速い。

 俺はドアの方に寄りかかり、目を閉じる。躯体に疲労は感じないが、なにせ回路が熱を帯び、くたびれている。空の景色も見たいけれど、今新しい情報を詰めることは難しい。


「おやすみなさい、ドウツキ。着いたら起こします」

「分かった……おやすみ、ミッド」


 躯体から力を抜いて、意識の電源を休止状態にする。

 夢も見ないほど深く眠る俺の奥に、あのブローチの光に似た小さな輝きが灯っているのが見えた。それは、あの日機械の街で見た、星の海に浮かぶ銅の月に少し似ていた。

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